サントス・R・バスケスは1963年生まれ、ロサンゼルスを拠点に活動した写真家。1999年のウィーンでのカラー写真展、2000年の個展、ウィリアム・リーヴィット、クリストファー・ウィリアムズとの三人展、《capitol never sleeps, Citrus District, Los Angeles, California》、アンソロジー『PHOTOart』への収録へと活動をつないだ。地区名を含む長い題名、正方形に近いプリント、展示と出版の移動を手がかりに、ロサンゼルスの一地点がどのような作品として提示されたかをたどる。
バスケスは、ロサンゼルスの都市写真を名所や典型的な街景へまとめず、地区名まで記す長い題名と、正方形に近いプリントを組み合わせた。《capitol never sleeps, Citrus District, Los Angeles, California》では、都市名、地区名、州名が画像を特定の地点へ結びつけ、銀塩白黒プリントの寸法、エディション、展示条件までが作品情報として示される。2001年にはウィリアム・リーヴィット、クリストファー・ウィリアムズと並び、2007年以後は『PHOTOart』の印刷ページへ収録された。都市の画像を、地名、プリントの物質、展示相手、出版媒体が重なる作品として提示した。
本サイトでは作品画像を掲載していません。下記の公式アーカイブで作品をご覧ください。
目次 · Table of Contents
ロサンゼルスで制作し、ウィーンで発表する
basis wienはサントス・R・バスケスを1963年生まれ、ロサンゼルス在住・活動の作家として登録し、写真とカラー写真を主要媒体に挙げている*1。1999年4月から6月にギャラリー・メッツァニンで開かれたイ・ジヨンとの二人展は、「ロサンゼルスの若い現代美術」を紹介する企画で、バスケスの出品をカラー写真と記した*2。
その後、同ギャラリーで2000年の個展、2001年のウィリアム・リーヴィット、クリストファー・ウィリアムズとの三人展、2005年の「Homage to the Square」へ参加した。ギャラリーの展示歴は、2008年のアートフェア参加まで活動を記録している*4。
ロサンゼルスで撮られた写真は、地区名と都市名を題名に保ったままウィーンへ運ばれた。《capitol never sleeps, Citrus District, Los Angeles, California》という題名は、撮影地から離れた会場でも画像の位置をロサンゼルスのシトラス地区へ結び直す。地名とプリント情報が、作品の場所と移動経路を同時に伝えている。
《capitol never sleeps》――地区名を題名に刻む
《capitol never sleeps, Citrus District, Los Angeles, California》(1999年)は、2005年の「Homage to the Square」で、銀塩白黒プリント、イメージサイズ32.4×33.3センチ、エディション1/IIIとして出品された*13。題名は作品を「ロサンゼルス」という大きな都市像へまとめず、シトラス地区という具体的な場所へ結びつける。
ほぼ正方形の画面と細長い地名の題名は、異なる働きを持つ。画面は一地点を視覚的に閉じ、題名はその外側にある地理を言葉で指定する。都市写真の意味が画面内の建物や光だけで決まらず、どこを撮った像として提示されたかまで含む構成になっている。
1999年のカラー写真――絵画と並ぶ展示空間
1999年の二人展では、イ・ジヨンが絵画、バスケスがカラー写真を出品し、マルティン・プリンツホルンが企画を担当した*2。ロサンゼルスの写真は、都市紹介の資料より、絵画と同じ壁面で比較される現代美術として提示された。
この展示では、画像の内容に加え、写真という媒体、題名、プリントの大きさ、隣に置かれる作品が鑑賞条件を作る。バスケスの写真は、撮影地から離れた観客が、画像と地名の関係を読み直す場を得た。
2000年個展――写真を言葉で検討する
マレン・リュプケ=ティドウは同展の開会講演を自身の活動歴に記している*9。『ウィーン新聞』にはクラウディア・アイグナーによるギャラリー評が掲載された*3。
個展に開会講演と新聞評が伴ったことで、作品はギャラリーの壁面から批評の言葉へ移った。ロサンゼルスの地名を持つ写真がウィーンでどのように読まれたかを、展示と記事が別の角度から記録している。
リーヴィット、クリストファー・ウィリアムズとの三人展
2001年9月から11月には、ウィリアム・リーヴィット、サントス・R・バスケス、クリストファー・ウィリアムズの三人展がギャラリー・メッツァニンで開かれた*5。リーヴィットはロサンゼルスの室内や舞台装置を用い、断片から物語を作る観客の習慣を扱う*10。クリストファー・ウィリアムズは、撮影機材、照明、印刷、額、題名、展示設計までを写真の意味を作る条件として扱う*11。
三人展は直接的な影響関係より、バスケスの作品が読まれた比較環境を示す。都市の舞台性、写真の制作条件、地区名を伴うプリントが同じ会場で並び、被写体だけでなく提示方法まで含めて写真を考える文脈が形成された。
「Homage to the Square」――プリントを物体として見る
2005年の「Homage to the Square」は、ヨゼフ・アルバース、ドナルド・ジャッド、トーマス・ルフ、ヴォルフガング・ティルマンス、ローレンス・ウィナーらとバスケスを並べた*6。作品リストでは《capitol never sleeps》が題名、技法、寸法、エディション、価格とともに記載され、ギャラリーで交換価値を持つプリントとして扱われたことが分かる*13。
正方形を扱う作品群の中で、バスケスのほぼ正方形の都市写真は、画像内容と支持体の比率を同時に意識させる。ロサンゼルスの一地点を写した像が、壁面では寸法とエディションを持つ物体としてほかの作品に並ぶ。
『PHOTOart』――壁面の写真が印刷ページへ移る
ウタ・グロゼニック、トーマス・ゼーリヒ編『PHOTOart: Photography in the 21st Century』は、2007年にデュモンから刊行され、2008年にアパーチャー版が出た。120組を超える写真家を各四ページで紹介し、収録作家にバスケスを挙げている*7。バルティック・アーカイブの書誌も同書への収録を伝える*8。
ギャラリーで物体として見られたプリントは、書籍ではページ寸法、見開き、編集順序へ従う。地区名、都市名、州名を含む題名は、画像が縮小されても撮影地を保持する。『PHOTOart』への収録は、バスケスの写真がウィーンの展示空間から国際的な写真アンソロジーへ移り、新しい比較関係を得た事例である。
コンセプチュアル写真の文脈で受容される
バスケスの作品は、1999年のカラー写真展、2000年の個展、2001年の三人展、2005年の「Homage to the Square」、2007年以後の『PHOTOart』へと、現代美術と写真出版の双方で紹介された。コンテンポラリー・アート・ライブラリーは、2001年と2005年の展示を作家ページで結びつけている*12。
この受容で繰り返し現れるのは、ロサンゼルスの場所を写した画像が、ウィーンの展示、他作家との比較、書籍のページへ移る過程である。受容は都市景観の内容に加え、地名を含む題名、プリントの比率、展示構成、出版形式を伴うコンセプチュアルな写真として進んだ。
都市の一地点を、題名とプリントの条件で保持する
《capitol never sleeps》では、ロサンゼルスの地区名、ほぼ正方形の比率、銀塩白黒プリント、寸法、エディションが一つの作品情報にまとめられている。画面は一地点を切り取り、題名はその地点を言葉で保持し、プリントは別の都市へ運ばれる物体となる。
《capitol never sleeps》が明確に示すのは、都市の一地点を、地名入りの題名、ほぼ正方形のプリント、展示と出版の移動によって保持する方法である。ロサンゼルスのシトラス地区と国際的な展示・出版の回路が、写真、題名、物体という具体的な要素で結ばれている。
- ウィリアム・リーヴィット ― 2001年の三人展に参加。ロサンゼルスの室内、家具、映画的な場面を演出し、都市とフィクションの接点を扱った
- クリストファー・ウィリアムズ ― 同じ三人展に参加。商業写真の制作工程、カメラ、印刷、展示条件を作品の主題にしてきた
- イ・ジヨン ― 1999年の二人展で絵画を出品し、バスケスのカラー写真と異なる媒体を同じ展示空間で構成した
- マレン・リュプケ=ティドウ ― 2000年個展の開会講演を担当し、バスケスの写真を同時代美術の議論へつないだ批評家
- コンセプチュアルアート ― 本文で、資料の少ない展覧会参加記録を、1970〜80年代の展示制度とsource-gapの例として扱う作家として説明される。
- ロサンゼルス・コンセプチュアル・アート ― 被写体だけでなく、演出、制作工程、題名、展示条件まで作品の読みに含める地域的文脈
- コンセプチュアル写真 ― 都市の地点を長い題名、プリントの色彩と寸法、展示相手との並びから考えさせる方法
- 都市写真 ― 都市全体の典型像を作るより、地区名まで特定した一地点を異なる場所と媒体で見直す実践
21世紀初頭のコンセプチュアル写真を国際的にまとめた選集。バスケスの作品を、同時代の写真家と比較しながら読み取れる。
書籍ページを見る ↗1999年の二人展、2001年の三人展、2005年の《Homage to the Square》など、ウィーンでの展示経路をたどれる。
展示記録を見る ↗