ダイアン・アーバス
双子・巨人・ヌーディスト・「フリーク」と呼ばれた人々を、フロントフラッシュの直接的な光で撮影。既存の社会規範と「正常性」を内側から崩した写真家。
ニューヨークのギャラリーシステムに写真が本格参入し、シャーマンら「ピクチャーズ世代」が表現の流用・引用を通じて視覚表現の構造を批判した時代。エグルストンのMoMA展(1976年)がカラー写真の美術的地位を確立。日本では「私写真」の流れが深まった。
ベトナム戦争の映像・フェミニズム運動・エイズ危機(1981年〜)が写真の政治的文脈を変えた。シャーマンの「無題のフィルム・スチル」(1977-80年)はハリウッド映画の視覚的記号を使って表象の構造を批判し、マッピルソープは古典的美学でゲイのセクシュアリティを可視化した。日本では森山大道・中平卓馬がプロヴォーク後の「写真とは何か」を問い続けた。
「ピクチャーズ世代」は写真が現実を記録するという前提を疑い、写真が既存のイメージを引用・操作・再生産することを前景化した。これにより写真は「記録」から「表象のシステムへの批評」へと変わった。エグルストンのカラー写真は全く別の方向——平凡な日常の視覚的豊かさ——を美術的価値として確立した。
ベトナム戦争終結(1975年)・フェミニズム第二波・エイズ危機(1981年)・ベルリンの壁崩壊(1989年)。
1970年代ニューヨークで写真が美術館・ギャラリーに本格参入。エグルストンのMoMA展(1976年)がカラー写真の美術的地位を確立した。
シャーマン・レヴィン・プリンスらの「ピクチャーズ世代」が流用・引用で視覚表現の構造を批判。写真論と写真実践が接続された。
荒木・深瀬・潮田らの「私写真」が日常・家族・愛・死を主題として展開。プロヴォーク後の日本写真の方向性が確立した。
双子・巨人・ヌーディスト・「フリーク」と呼ばれた人々を、フロントフラッシュの直接的な光で撮影。既存の社会規範と「正常性」を内側から崩した写真家。
東京・都市・夜・犬・性・廃墟を、高コントラストのザラザラしたスナップで撮影し続けた写真家。プロヴォーク後の半世紀にわたる実践で国際的に評価された。
「無題のフィルム・スチル」(1977-80年)で自ら被写体となりハリウッド映画の視覚的記号を再演。女性表象の構造を批判したピクチャーズ世代の中心的存在。
花・セレブリティ・黒人男性の身体・ゲイの性的イメージを古典的な美学的バランスで撮影。美学と倫理・体制と反体制の境界を問い続けた。
南部の平凡な日常をダイ・トランスファープリントで撮影。1976年MoMA展がカラー写真を美術として認定する起点となった。
プロヴォーク誌の中心的存在として「アレ・ブレ・ボケ」を理論化。後に自ら「植物図鑑」へと転換し、写真の記録性と客観性を徹底的に追求した。
映画館・海景・蝋人形・化石を長時間露光で撮影し、時間・記憶・知覚の哲学的問いを写真に込めた。コンセプチュアル写真の国際的評価を日本写真として獲得した。
冷蔵庫・本・家族の部屋を長年にわたって撮影した私写真・タイポロジーの先駆者。日常の物質に時間と記憶の痕跡を見出した。
アメリカの道路・街・食事をラージフォーマットカラーで記録した「American Surfaces」と「Uncommon Places」は、ニュー・トポグラフィクスの基盤を作った。
英国北東部の脱工業化地域・失業者・漁村コミュニティを大判白黒で記録した「In Flagrante」(1988年)。サッチャー政権下の社会変動を刻んだ写真集。
ローリングストーン誌・ヴォーグ誌で著名人の演出的ポートレートを撮影。ジョン・レノンの最後の写真でも知られ、雑誌写真が文化アイコンとなる時代を担った。
ラージフォーマットカラーでアメリカを横断した「American Prospects」(1987年)。日常の光景に潜む矛盾・ユーモア・悲しみを収めた写真集。
バーバラ・クルーガーは1945年ニュージャージー州ニューアーク生まれ。パーソンズ美術大学でダイアン・アーバスとマービン・イズラエルに学んだのち、コンデ・ナスト社の雑誌「マドモアゼル」でアートディレクターを20代前半で務めた。
1945年カリフォルニア生まれ、2014年パリ没。1975年の《ニュー・トポグラフィクス》展に参加し、郊外の工業地帯・空き地・無名の建造物を精緻な白黒で記録した。
1938年ニューヨーク生まれ。1960年代のストリート写真から始め、1970年代にカラーへと転換した。
1937年生まれ。アメリカ西部の郊外化・環境的変容を静謐な白黒写真で記録し、1975年の《ニュー・トポグラフィクス》展に参加した中心的な写真家。
1936年アラバマ生まれ、2016年没。アラバマ州ヘイル郡を生涯にわたって撮り続けた写真家・画家・彫刻家。
1958年ドイツ、モアース生まれ。生物学者として訓練を受けた後、1980年代末から写真へと転向した。
1955年ランス(フランス)生まれ。写真・オブジェ・彫刻・インスタレーションを横断する現代美術家。
1966年マドリード生まれ。インスタレーション・パフォーマンス・映像・写真を横断する現代美術家。
サントス・R・バスケスは、展覧会参加記録は確認できる一方で作品内容の資料が限られる作家。アーカイブでは、作品評価を断定せず、1970-80年代の展示制度と資料の空白を示すsource-gapの例として扱う。
1940年生まれ、2019年没。《風姿花伝》(1976年)を代表作とし、祭・街・日常の断面に潜む異質な時間と身振りを独自の白黒写真で記録した。
1946年生まれ。アフリカ・中東・チベットなど過酷な自然環境と宗教的な巡礼地を長年にわたって記録し、祈りの形と大地の関係を写真で追い続けた。
1950年東京生まれ。ガラパゴス諸島での撮影を契機に野生動物写真の道に入り、アフリカ・海・ネコなど多彩な対象を世界各地で撮影してきた。
1948年生まれ。ベトナム・カンボジア・ラオス・沖縄・コソボなど戦争の傷跡が残る地域を長年にわたって記録した日本のドキュメンタリー写真家。
1939年生まれ。《俗神》(ゾクシン)《ヒロシマ 1945–1979》など都市・民俗・原爆後の日本を主題とした長期連作で知られる。