多和田有希は、写真が客観的な記録として流通しながら、記憶や無意識へ強く働くという二重性を出発点に、都市、群衆、家族、海を撮影したプリントを削り、燃やし、重ねてきた。《WHITE OUT》《Burnt Photographs》《I am in You》を通して、大量消費される画像に手の痕跡を戻し、写真を保存装置から、忘却、治癒、儀礼を試す物体へ変える過程をたどる。
多和田は写真の表面を装飾したのではなく、写真が現実の証拠と感情の代理物を兼ねる点を利用した。像に傷を加える行為が、群衆の見えない力を描き、都市に集められた被写体を静止から解き、海への恐れや家族の記憶へ触れる手続きとなる。写真を再び語らせるため、支持体そのものを制作の場にした。
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多和田有希が写真を専門的に学び始めたのは、東北大学在学中の交換留学でカリフォルニア大学サンタバーバラ校を訪れ、写真に惹かれたことが契機だった。卒業後はロンドン芸術大学キャンバーウェル・カレッジで写真を専攻し、東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻で修士、博士課程を修了した*1。キャンバーウェルでは、写された内容だけを構成するのではなく、写真の物理的な性質と表面へ手を加える可能性へ関心を向けた*12。
多和田が紙や表面へ向かった経緯は、素材実験だけでは捉えきれない。後年の公式ステートメントでは、写真が公的には客観的な媒体と見なされながら、個人の感情や無意識へ深く作用する点に、自らが写真を扱う理由を置いている*2。写真の表面は、写された内容と、その像へ触れる身体の反応が出会う場所となった。
東京藝術大学での修士論文「写真術を使った記憶での治療法」は、写真が精神的な治癒へどのように関わりうるかを写真療法から検討したものだった。博士論文「マジックリアリズムの今日的意味について」の審査要旨によれば、多和田は、類感呪術やアートセラピーに着想を得た触覚的な方法によって、静止した写真へオーラや感情の動きを導入し、日常の内部で働く目に見えない力を表そうとした*14。ここで治癒は、完成した作品が医学的な効能を与えることより、写真へ触れる過程で、記憶や恐れとの関わり方を組み替えることに置かれている。多和田が自画像へ焼きごてを当てた際、自分の顔が実際に焼かれているように感じたと記していることは、写真が紙の物体であると同時に、被写体の代理物として経験されることを示す*6。この二重性が、表面への加工を造形実験だけで終わらせず、記憶や感情を扱う行為へ向かわせた。
大量消費される画像に、写真をもう一度語らせる
多和田は公式ステートメントで、魔術的、治療的な効果を再現することだけを目的とせず、情報が過剰に流通する現代生活の中で、消費された写真を再び語らせる方法を探していると説明する*2。後年に言語化されたこの問題意識は、《WHITE OUT》以後の、削る、折る、燃やすという仕事を横断している。手作業は画像へ効果を足すだけでなく、誰かがその写真へ触れ、迷い、選び、元へ戻せない変化を加えた履歴を残す。
2025年にFotografie Forum Frankfurtで行ったワークショップでも、多和田は「写真を物体として経験すること」「触れることから物語を始めること」「痕跡が記憶と現実を開くこと」を課題に掲げた*11。カメラが記録した現実を捨てず、その表面へ傷、折れ、焦げを残すことで、撮影時には形を持たなかった記憶や感情を、写真の物理的な変化として現す。この考えが、多和田のいうマジックリアリズムを具体的な制作方法へ移している。
《WHITE OUT》――群衆の情報を消し、見えない力を描く
初期の代表作《WHITE OUT》では、スタジアムや都市に集まる群衆を撮影した大判プリントを、消しゴム、針、紙やすりで削っている。2007年の展覧会解説は、多和田が一人ひとりの表情より、人数が一定量を超えたときに発生するエネルギーを捉えようとし、画面を消すことで白い光の奔流を出現させたと説明している*7。
群衆写真は顔、服、座席、建築を細かく記録できるが、集団が生む熱狂、不安、同調、狂気は、特定の人物の姿としては写らない。多和田は情報を増やす代わりに、記録された人物の一部を削り、インクの下の白を光、煙、爆発のように働かせた。博士論文で述べられた、静止した写真へ「動き」を入れ、目に見えない感情の力を表すという考えが、ここでは消去の手つきとして実行されている*14。削ることは像を弱めるだけの破壊ではない。顔や衣服など、群衆を個人の集合として読む情報を減らし、撮影時には形を持たなかった集団の力を白い痕跡として加える、逆向きの描画となった。
《Burnt Photographs》――供儀のモチーフと「抜け殻」
《Burnt Photographs》では、制御しながら表面を削る方法に火が加わった。多和田は、プリントへ閉じ込められた被写体の魂のようなものを吸い出して解放する行為に制作を重ね、焼いた写真を、実体が去った後にも存在感を残す「抜け殻」と呼んでいる*6。
焼かれる被写体も無作為ではない。剥製動物、植物園の熱帯植物、観光用の踊り、寺社から切り離された宗教的遺物、故郷を離れて都市へ移った人々など、元の土地や用途から引き離され、都市で展示、演技、観察の対象となったものが選ばれた。多和田は、花、動物、仏像、光輪、踊る身体を、かつて供儀へ捧げられたモチーフと重ね、焼くことで静止した写真が有機体へ戻ると記している*6。写真は対象を都市の中へ持ち運び、見本として固定する媒体でもあるため、燃焼はその固定をもう一度変化へ開く行為となる。
消しゴムや針は手の動きと形を比較的細かく制御できるが、火は像だけでなく、紙の輪郭、強度、厚みを不可逆的に変える。多和田が自画像を焼いた際に、自分の顔が実際に焼かれているように感じたという経験は、写真と被写体を心理的に切り離しきれない状態を示している*6。像へ加えた行為が、その像の指す対象にも及ぶと感じられるこの構造は、似たものや接触したもののあいだに作用が及ぶと考える類感呪術の論理と重なる*20。焼く行為には加害、供儀、解放という相反する感覚が伴い、多和田自身も、禁忌を破る快感と、最終的には被写体に許される感覚を抱くと述べている*6。火による不可逆的な変化は、写真と被写体の心理的な同一視を、紙の損傷として引き受ける形式となった。
《I am in You》《Family Ritual》――恐れと家族の記憶へ触れる
《I am in You》では、東日本大震災後に強くなった海への恐れを背景に、打ち寄せる波の写真を母とともに焼いた。多和田は海の泡を残して水面を焼き消す作業を繰り返し、海への恐怖と傷を宥めようとしたことをギャラリーツアーで語っている*19。
ここでは海への恐れを別の象徴へ置き換えず、その海を記録した写真そのものへ火を当てている。過去の現実を指す像へ反復して触れ、残す部分と失わせる部分を母と選ぶことで、恐れは頭の中に閉じた感情から、共同で進められる具体的な作業へ移される。《Shadow Dance》《Family Ritual》では母系家族の写真やアーカイブ画像も用いられ、撮影者、写真の所有者、被写体、加工する者の役割が重なり、個人の記憶を家族のあいだで扱う制作へ広がった*4。治癒は恐れや過去を消し去る結果より、写真を介してそれらへ触れる順序と時間を作る過程として現れる。
欠損を空間にする――重ね、浮かせ、吊るす理由
多和田は焼いたプリントを一枚の壁面へ密着させず、複数の層として重ね、ピンで浮かせ、ときに天井から吊るす。東京都写真美術館の「見るは触れる」は、写真を写された内容だけでなく、支持体、表面、設置方法を持つ物質として捉え、《I am in You》をその中心的な例の一つとして展示した*5。
壁に掛けられた平面写真は、正面から像を読む見方を促しやすい。上村博は、写真を物体として経験させるには、作品の周囲を歩く、覗き込む、仰ぎ見るといった視点の移動を起こす展示が必要だと論じている*10。プリントを浮かせて重ねると、焼けた穴の向こうに別の水面や壁が現れ、焦げた縁は影を落とし、見る位置によって像の重なりが変わる。失われた部分は空白のまま終わらず、光を通し、別の像を見せ、鑑賞者を動かす空間として働く。
《WHITE OUT》と《Missing Folklore》――群衆と都市の無意識
《WHITE OUT》では群衆の像から情報を剥がし、集団全体に生じる力を白い形として現した。続く《Missing Folklore》では、消去の対象が建築、道路、夜景へ広がり、都市を特定する輪郭や標識が白い痕跡へ置き換えられた*3。『The Japan Times』は、都市写真の表面を削り、ぼかし、傷つけた大型作品群として同展を紹介している*8。
人物から都市へ対象が移っても、カメラが捉えた外観だけでは、その場を動かす感情や記憶を十分に表せないという問題は共通する。写真から地名、用途、個人を識別する情報を減らすと、都市は説明可能な場所から、熱、緊張、忘却が重なる心理的な場へ変わる。白い傷は、都市の現実を幻想へ置き換えるのではなく、現実の内部にありながら写真には直接写らない力を加える。
《Shadow Dance》から灰と陶へ――像を失った後に残るもの
《Shadow Dance》《Family Tree》《I am in You》では、焼かれた家族写真や海の写真が複数の層へ組み直され、像の欠損、支持体、影が一つの作品を構成する。2024年の作品集『Her smoke rose up forever』は、母系の記憶を扱う連作とともに、焼いた写真の灰を福本双紅の陶作品の釉薬へ用いる共同制作までを収録している*15。
福本との制作では、写真は像として読めなくなった後も、灰となって陶の表面へ定着する*16。プリント、焦げた紙、灰、釉薬という変化は、保存と消失を対立させない。画像の情報は失われても、その写真を構成していた物質と制作の履歴は別の支持体へ移される。多和田のいう抜け殻は、何も残らない破壊より、像が去った後の物質に存在を感じ取るための形式である。
2025年にウィーンのFotogalerie Wienで紹介された《Lachrymatory》では、参加者が持参した個人的な写真を燃やし、その灰を涙壺の釉薬に用いることで、個人的な記憶を触れられる形へ移し、イメージの物質性と記憶の儚さを問う作品として説明された*21。アルル国際写真祭を扱ったフランスの記事で、キュレーターの竹内万里子は、多和田が見つけた一般消費者の写真の残骸も用い、自身の家族と匿名の家族のあいだにある見えないつながりを扱うと説明している*22。私的な写真は、元の所有者や文脈を失った後も、燃え残りや灰として別の関係を作る材料になる。
2025年の《Scent of the Sky》では、鑑賞者や所有者の介入を作品の変化へ組み込み、最終的な状態と完成時点を所有者へ委ねる構造も試みられた*23。写真の変成は、紙から灰や陶へ移るだけでなく、誰が触れ、どこで完成とみなすかという時間と所有の問題へ広がっている。
ポスト・フォトグラフィー――複製画像に一回限りの履歴を残す
多和田は後藤繁雄らと「写真は変成する MUTANT(S) on POST/PHOTOGRAPHY」を企画し、写真を印刷、立体、映像、デジタル処理のあいだで状態を変える媒体として提示してきた*13。この企画を論じた北桂樹は、多和田の「今ならばまだマテリアルに語らせることができる」という発言を研究の出発点に置き、《THEGIRLWHOWASPLUGGEDIN》では写真集のために作られた画像が再利用され、展示空間の物質として反復される点を分析している*18。
ここでいうポスト・フォトグラフィーは、写真が終わった後を意味しない。一つの画像が本、プリント、切断された紙、インスタレーション、灰、陶へ移るたびに、別の時間と触れ方を得るという考えである。多和田は2025年、AIが現実に似た画像を生成する時代に、写真を手の痕跡が残る「触れられる夢」として扱うと述べた*12。削り、折り、燃やす行為はアナログ写真への回帰ではなく、無限に複製できる画像へ、特定の人が触れ、判断し、元へ戻せない変化を加えた履歴を残す。
治癒と儀礼――記憶との関わりを変える過程
多和田の修士論文、博士論文で扱われる治癒は、完成した作品が鑑賞者へ医学的な効能を与えることより、写真へ触れ、行為を反復し、他者と作業する中で、記憶や恐れとの関わり方を変えていく過程に置かれている。《I am in You》では、水面を焼き、泡を残す作業を母と続けることで、海への恐れが共同で扱える時間へ移された。作品が示すのは恐れを克服したという結果ではなく、その感情へ近づくために組み立てられた行為の順序と持続である。
焦げた縁、レース状の穴、重なった影は強い視覚効果を持つため、写真を燃やす技巧や手仕事の美しさだけが先に見え、家族史、恐れ、都市に集められた被写体という問題が後景へ退く危険もある。飯沢耕太郎は2018年の展覧会評で、物質的なあり方が目を引く一方、その背後には現実をこの方法で把握しようとする確信と切実さがあると評価した*9。作品を読む際には、傷の形だけでなく、何が写った写真を、誰が、誰と、どこまで変形したのかを見る必要がある。
写真の物質性とマジックリアリズム
写真史家、人類学者のエリザベス・エドワーズは、写真を写された内容だけで理解すると、写真が作られ、触れられ、保管され、損傷する物体であることが見過ごされると論じている*17。美術史家の伊藤俊治も、写真の支持体が短い歴史の中で変化を重ねてきたことを踏まえ、写真像は宿るための身体を探してきたと述べ、多和田の手作業を、写真に内在する魔術的な物質性とアウラを呼び覚ます試みとして位置づけた*2。東京都写真美術館の「見るは触れる」は、写真と映像を物質性を伴い、見る者の感覚へ働く媒体として取り上げた*5。多和田の仕事は、2000年代以降に活発になった写真の物質性とポスト・フォトグラフィーの議論に置くことができる。
写真の物質性をめぐる実践は、多和田だけに固有のものではない。2024年の国際展『I’m So Happy You Are Here』は、日本の女性写真家を、日常の観察、社会的役割への批評、写真形式の実験と拡張という三つの軸で構成し、プリントに加えてインスタレーション、映像、写真集を写真史の一部として提示した*24。多和田の作品も、この写真形式を平面の外へ広げる流れの中で紹介された。
ロンドンのThe Photographers’ Gallery Bookshopも作品集の紹介で、削る、燃やすという操作を、写真、絵画、彫刻の境界を越え、「物質的な媒体としての写真」の可能性を追う実践として説明している*25。これは学術的な位置づけというより海外での受容の一例だが、多和田が素材実験に閉じず、写真形式そのものを広げる作家として紹介されていることを示す。
多和田は支持体の露出を、写真の代理性と感情の問題へ進めた。写真が客観的な証拠として受け取られながら、被写体の代理物として感情へ作用する点を利用し、像へ加えた物理的な変化を、見えない力、恐れ、記憶を扱う行為へ変えた。博士論文でのマジックリアリズムは、現実から離れた幻想を作る技法より、目に見える日常の内部で働く感情やオーラを、触覚的な痕跡によって現す精神的治癒の過程として定義されている*14。
公式ステートメントが用いる「アウラ」や魔術的な力は、古い信仰をそのまま復活させるという意味ではない。大量に複製、消費される画像へ、傷、焦げ、手の迷い、家族との共同作業という交換不能な履歴を戻し、写真が感情へ働く力を改めて経験させるための語である。多和田の写真史上の位置は、写真を平面から立体へ広げた点に加え、写真の客観性では捉えにくいものを、現実の痕跡を持つプリントそのものへ働きかけることで表し、物質的な変化、精神的治癒、民間信仰の儀礼を一つの制作方法として組み立てた点にある。
- 楢橋朝子 ― 身体と水面の距離から、安定した視点を崩す日本の現代写真
- 山沢栄子 ― 被写体の記録から離れ、色と物質の構成へ写真を開いた先行世代
- 福本双紅 ― 焼いた写真の灰を陶の釉薬へ移す共同制作によって、写真の変成を別素材へ広げた陶芸家
- ポスト・フォトグラフィー ― デジタル、印刷、立体、展示を横断し、写真を変化する媒体として捉える枠組み
- 写真の物質性 ― 写された像だけでなく、紙、インク、傷、穴、影、設置を作品の条件とする考え方
- 写真療法 ― 写真を見る、選ぶ、加工する行為を、記憶や感情へ働きかける手続きとして用いる実践
《Family Tree》《Shadow Dance》《I am in You》などを収録。焼いた写真の灰を陶の釉薬へ移す福本双紅との共同制作まで、多和田の近年の展開を確認できる。
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