フィリップ・テリエ=エルマン(1970年フランス生まれ)は、写真・映画・映像・インスタレーションを横断するアーティスト。映画的なフィクションが写真的イメージをいかに構造化するかを問い、演出・俳優・映画の文法を通じて主体性が視覚文化によっていかに書き込まれるかを探る。
1970年フランス生まれ。写真・映画・映像・インスタレーションにわたって活動するアーティスト。機関的な文脈は繰り返し、映画・演出的写真・現代の動的イメージ実践が交差する地点に位置づける。*1
主要なテーマは、欲望と同一化のモデルとしての映画、身体的な存在感、フィクション、セレブリティ、ステージされたイメージと社会的現実の間の不安定な境界である。写真と映画は隣接した形式として扱われる。CNAPとFRACの説明はステージされた状況・俳優・映画的引用・展示ディスプレイが中心的であることを示し、写真的イメージはしばしば完全には存在しない映画のスチルのように機能する。*2 代表作として、現実をステージングし映画的経験の虚構的部分を問う『American Tetralogy』、写真版を建築的なモダニスト展示空間に置くことでディスプレイ自体を意味の一部とする『Internationales / Intercontinental』シリーズがある。*3 CNAPはその実践を映画・テレビからの俳優をセットからのスチルに類似した状況にステージングするものとして説明し、FRACはグローバル化の下での映画によるモデルとセレブリティの生産を通じてオーブルを枠組みする。映画を単なる主題としてではなくモデル・ファンタジー・社会的スクリプトを生産する機械として使用する姿勢が実践の核心をなす。*1 1990年代以降に写真・映画・インスタレーションの間を流動的に移動する動向が広まった時代に登場した作家として、写真的イメージが映画的フィクションを自らの構造の一部として吸収する過程を示した点に意義がある。*2
受容はテリエ=エルマンの実践を映画的フィクションが写真的意味と社会的欲望を組織する力への探究として枠組みする。「ハイブリッド性」という一般論を超え、イメージが魅惑と条件づけをいかに製造するかを検討する実践として捉えることが重要である。*1