アマリア・ウルマンは、2014年の《Excellences & Perfections》で、自身のInstagramアカウントを数か月間にわたる演技の場として使った。セルフィー、ホテル、食事、下着、キャプション、ハッシュタグ、投稿間隔を組み合わせ、都会へ移った少女、性的魅力を階級上昇へ利用する女性、ウェルネスによって回復する女性を順に演じた。作品が検証したのは、投稿の真偽そのものではない。同じ人物による似た調子の写真が時間をかけて積み重なると、作られた生活が実生活の記録として読まれる*4。その読み方にジェンダー、階級、消費、若い女性作家への期待がどう入り込むのかを、Instagramの画面と利用者の反応から示した*10。
シンディ・シャーマン以後の演出写真は、衣装、化粧、構図によって女性像が作られることを一枚の画面で示してきた。ウルマンは、人物が数か月の投稿履歴から信じられていくSNSでは、一枚の完成写真だけでは足りないと考えた。既存のInstagramアカウントで三つの女性像を演じ、セルフィー、文章、位置情報、投稿間隔、コメントを同じ作品にした。演出写真の作品単位を一枚の画像からアカウント全体へ移し、写真を見る行為と投稿者の生活を評価する行為が同時に進む仕組みを可視化した点に、彼女の写真史上の位置がある。
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ウルマンは1989年にアルゼンチンで生まれ、スペインのヒホンで育ち、ロンドンのCentral Saint Martinsで学んだ。公式サイトには、ネット作品、写真、パフォーマンス、映像、映画が同じ制作履歴として並び、《Excellences & Perfections》《Privilege》《Sordid Scandal》《El Planeta》へ続く関心を確認できる*1。その中心にあるのは、階級、外見、消費、仕事、身体が人の価値を決める仕組みである。本人はロサンゼルスについて、人々が人生を編集して他者へ見せる方法に関心があり、街を移動すると階級差が視覚的に現れると語っている*19。
《Excellences & Perfections》が始まった2014年、Instagramは日常写真を共有するサービスから、生活、身体、趣味、職業を継続的に見せる自己宣伝の場へ変わりつつあった。写真の信頼は、撮影された出来事だけで決まらない。投稿者の過去の写真、フォロワー数、位置情報、キャプション、ハッシュタグ、投稿の間隔が一緒になって、その人物の生活らしさを作る*4。ウルマンはこの仕組みを外から説明する代わりに、普段使っていたアカウントへ脚本化した投稿を流した*7。通常の投稿と同じ場所に作品を置かなければ、鑑賞者がどのような写真を実生活として受け入れるのかを確かめられなかったからである*14。
この選択には、美術界で若い女性作家の作品と外見が同時に評価される状況も関わる。ウルマンはRhizomeの公開討論で、女性作家はどのように見え、振る舞うことを求められるのか、私たちは画像をどう消費し、画像は私たちをどう消費するのかと問いかけた。写真家が自分の身体を見せることが、作品の宣伝、性的評価、キャリア形成へ直結する状況を扱うには、ギャラリーの壁よりも、外見と人気が数値化されるSNSが適していた*20。
なぜInstagramで演じる必要があったのか
ウルマンが調べようとしたのは、セルフィーの加工を見破れるかどうかではない。SNSでは、同じ人物が似た場所、言葉、生活習慣を繰り返し見せることで、個々の写真を越えた「その人らしさ」が作られる。スタジオで演出写真を撮り、展覧会で虚構として提示すれば、観客は最初から役柄を読む*6。《Excellences & Perfections》は作品名を伏せ、普段のInstagram投稿と同じ速度で進められた*10。ホテルの鏡、料理、花、下着、涙、治療、運動が数か月にわたって続くことで、フォロワーが写真の間を補い、一人の生活史を組み立てる過程まで作品に含めた*12。
なぜ既視感のある女性像を使ったのか
ウルマンは実験的な形式を理解させるため、観客がすでに知っている類型を選んだと説明している。物語は、都会へ来た無垢な少女、消費と性的魅力によって上昇しようとする女性、破綻後に健康的な生活へ戻る女性という三段階で進む。これらは個人の告白というより、Tumblr、ファッション広告、ゴシップ、ウェルネス文化で繰り返されていた筋書きである*6。既視感のある写真だから、フォロワーは少ない情報から恋愛、収入、職業、精神状態まで推測できた*8。作品は、その推測が女性性と階級について共有された型に依存していることを明らかにした*13。
ロサンゼルスはこの演技に具体的な条件を与えた。ウルマンは、ファッション産業が集まり、知人と偶然会わずに別人として過ごしやすい都市だったと話している。同時に、ホテル、整形、美容、フィットネス、高級店といった場所は、身体と消費による階級移動を示す背景として機能した*5。都市を選んだ理由は、ロサンゼルスらしい美学を借りるためだけではなく、実在しない生活を現実の場所で撮影し続ける実務上の必要にもあった*19。
コメントが明らかにした判断の基準
フォロワーの反応は、作品公開後の評判ではなく、演技の進行中に人物像を作る材料になった。無垢な少女、性的に自己演出する女性、健康を取り戻した女性には、異なる称賛、心配、非難が寄せられた。ウルマンは後の《Privilege》でも、観客の反応が作品の展開へ影響すると語っている*5。コメントやフォロー解除が記録したのは、鑑賞者が単に虚構へ騙されたという事実ではない。若い女性の身体、妊娠、成功、浪費、回復について、どの振る舞いを好ましいと判断するかが具体的な言葉として残った*14。
フェミニスト・パフォーマンスからSNSへ
女性像を自ら演じる方法には、シンディ・シャーマンをはじめとする演出写真と、身体を使ったフェミニスト・パフォーマンスの前史がある。ウルマンはその方法を、一枚の完成写真から、日常的に更新される公開アカウントへ移した。シャーマンの映画スチル風写真では、衣装、化粧、構図が女性像の型を一枚に凝縮する*2。ウルマンの場合は、投稿の継続、文章、位置情報、閲覧者の反応が人物を作る*3。Tateが《Performing for the Camera》へ作品を含めたことは、この仕事をインターネットの新奇性だけでなく、カメラに向けた演技の歴史として読む契機になった*17。
《Excellences & Perfections》2014年
作品は2014年4月から9月まで、ウルマン本人のInstagramアカウントで進められた。セルフィー、レストランやホテルの写真、花、衣服、食事、ポールダンス、胸部手術を装う写真、謝罪、回復を示す投稿が、三つの人物像の順に公開された*4。実際に経験した行動と演出した出来事を混ぜたため、一枚ごとに真偽を判定しても作品全体は理解できない*6。写真の信頼を生んだのは、投稿がSNS上で見慣れた順番に並び、人物が変化しているように読めたことである*10。
投稿、キャプション、時間、インターフェイス
この作品で写真は、キャプションやハッシュタグから切り離せない。短い文章が恋愛や健康状態を示唆し、位置情報が生活水準を補い、投稿の空白が破綻や回復を想像させた*4。したがって作品の媒体は、セルフィーの集合だけでなく、Instagramの時系列表示とプロフィール画面である*7。RhizomeのWebrecorderが画面構造ごと保存したことは、後の展示で写真だけを抜き出すと失われる部分を示している*11。
《Privilege》2015–16年
《Privilege》では、企業オフィスを背景に、誇張された本人、妊娠、鳩のBob、廉価な装飾品を使い、仕事、女性の身体、階級、政治的言語を扱った。ウルマンは妊娠を九か月という期間を作る脚本上の装置として用い、観客に脚本の存在を理解させる人物も導入した。前作より虚構の手がかりを見せたことで、問題は「本物だと思わせる」ことから、既知の演技に観客がどう参加するかへ移った*5。安価で複製しやすい既製品を使う選択も、経済的必要と、企業的な空間が均質な商品で作られる現実に基づいていた*9。
アーカイブと展示
SNS作品は、サービスの仕様変更、画面設計の更新、アカウント削除によって構成そのものが変わる。《Excellences & Perfections》では、写真、キャプション、コメント、プロフィール、投稿順が一体であり、画像だけを保存しても作品の進行は残らない。RhizomeのWebrecorderはInstagramの画面と操作を保存し、後のデザイン変更で失われた表示形式まで再現した*4。一方で、コメントを書いた利用者のプライバシーや、誰がSNS上の記憶を所有するのかという問題も生じる*11。保存は作品を固定する作業ではなく、どの画面と反応を公開記録として残すかを決める新たな編集になった*21。
その後の映像作品《Sordid Scandal》では、オンライン上のペルソナだけでなく、家族史、噂、アーカイブ映像、語り手の権威が事実をどう形づくるかを扱った。長編映画《El Planeta》でも、困窮した母娘が服装や振る舞いによって別の生活を装う姿を通じ、経済状態と他者に見せる自己のずれを描いている*15。媒体がInstagramから映像へ移っても、誰が語り、どの断片が生活の証拠として採用されるかという問題は継続している*22。
「だました作品」で終わらせない
《Excellences & Perfections》は、Instagram上の偽装やいたずらとして紹介されることが多かった。しかし「写真は嘘をつける」という結論だけなら、演出写真とデジタル加工の歴史ですでに扱われている。ウルマンの作品では、高度な合成よりも、見慣れたホテル、食事、下着、自己啓発の言葉、定期的な投稿が虚構を日常として支えた*7。フォロワーは一枚の写真を無条件に信じたわけではない*14。Instagramで他者の日常を読む際の慣習に沿い、反復される写真と文章から一貫した人物を作ったのである*18。
階級、消費、若い女性作家の身体
《Excellences & Perfections》の三つの人物像は、好みの違いだけでなく、階級上昇の物語を含む。ホテル、整形、ブランド、健康的な食事は、身体を管理し、魅力を資本へ変える手段として写る。ウルマン自身、消費が与える快楽と身体的・感情的な痛み、ロサンゼルスで可視化される階級差に関心を語っている*19。若い女性作家が作品と同時に容姿や振る舞いを評価される状況を扱うため、彼女は、自分の外見が商品として評価されるSNS上で、その評価の仕組みを演じた*20。
SNS写真が作る真実らしさ
ウルマンの写真史上の位置は、Instagramを早く使ったことだけでは説明できない。彼女は、写真の信頼が撮影時の光学的な記録に加え、投稿順、文章、プロフィール、フォロワーとのやり取りから生まれる状況を作品にした*3。一枚の中で役柄を完成させる演出写真に対し、アカウントの更新を続けることで人物像を成立させ、見る者の評価をコメント欄へ記録した*16。Rhizomeによる保存作業が示すように、この作品を後世へ残すには、写真だけでなく投稿順、旧インターフェイス、キャプション、反応まで保存対象に含める必要がある*21。
- シンディ・シャーマン ― 映画や広告が作った女性像を一枚の演出写真で可視化した先行者。ウルマンは役柄をSNSの連続投稿へ移した。
- ソフィ・カル ― 私生活、追跡、文章、写真を用いて事実と物語の境界を扱う作家。ウルマンのオンライン日記形式と比較できる。
- ヒト・シュタイエル ― デジタル画像の流通、真実性、制度を論じる作家。ウルマンでは同じ問題がセルフィーと自己宣伝の水準に現れる。
- アーティ・ヴィアカント ― オンライン画像と展示物の変換を扱うポストインターネット世代。ウルマンはそこへ人格と観客反応を含めた。
- ステージド写真 ― 撮影前に役柄や場面を作る方法。ウルマンは一場面ではなく数か月の投稿順序を脚本化した。
- フェミニズム写真 ― 女性の身体が誰に見られ、どのように価値づけられるかを写真の制度から問う流れ。
- ポストインターネット ― オンラインでの流通とオフライン展示を分けずに作品の条件として扱う動向。
- コンセプチュアルアート ― 完成画像だけでなく、ルール、期間、受容過程を作品の中心に置く考え方。