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PHOTOGRAPHERS/JAMES CASEBERE ·ステージド写真 ·UPDATED 2026.07
JC
§ 193 — Photographer Index — ステージド写真

ジェームズ・ケースベア

James Casebere
Country1990s / 1990年代 Period1990–2000s Channel写真史の論点 · コンセプチュアル
Abstract

ジェームズ・ケースベアは、紙、厚紙、石膏で刑務所、学校、地下道、郊外住宅、歴史建築の模型を作り、照明を当てて撮影する。模型は実在の建物をそのまま縮小せず、複数の建築資料、映画、記憶から壁、窓、廊下、階段を選び、カメラから見える範囲だけを組み立てる。実際の場所では調整できない光、視点、奥行きを模型で制御し、監視、隔離、所有、安心が空間によってどう作られるかを写真にした。ピクチャーズ・ジェネレーションとの関係、ガストン・バシュラール、マルティン・ハイデガー、近代建築への関心、トーマス・デマンドとの違いから、その方法をたどる。

この写真家が変えたこと

1970年代の構築写真は人物の演技や既成イメージを通じて、映画や広告が作る物語を問うことが多かった。ケースベアは刑務所や住宅の模型から住所と人物を外し、光、動線、縮尺を操作した。これにより、建築を舞台や記録対象から、人の行動、感情、社会関係を組織する仕組みへ変えて写した。その構造だけを取り出すために模型が必要だった。

Keywords 構築写真 模型建築 制度空間 刑務所 ピクチャーズ・ジェネレーション 気候危機
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

ケースベアは子どもの頃、学校建築に関わった父が家へ持ち帰る青図を眺め、自分でも架空の建物を描いた。後年のインタビューでは、建築家を志した時期と、図面から空間を想像した経験を語っている*15。ミネアポリス・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインでは、公共空間と政治を扱うシア・アルマジャニに学び、カリフォルニア芸術大学ではジョン・バルデッサリのもとで写真、言語、既成イメージを横断する制作環境に入った*16*12*10

1970年代の概念美術では、アースワークやパフォーマンスの多くが短期間で消え、写真が作品を後世へ伝える唯一の形になることがあった。ケースベアはこの関係を反転させ、「写真だけが残る」ように模型を一時的に作り、撮影後に解体した。模型は撮影後に解体され、立体が光と遠近法を通って一枚の像へ変わる工程そのものが作品になった*14

模型には実際の場所を撮る場合とは異なる自由がある。壁の高さ、窓の幅、廊下の長さを変え、異なる建築の要素を組み合わせ、カメラが見る一方向だけを作れる。撮影中も照明を動かし、水を張り、床の傾きを調整できるため、ケースベアは建築の用途を説明する情報を減らし、空間が身体へ与える圧迫、孤独、期待を強くできた。模型の継ぎ目を残す判断には、像へ没入させながら制作の仕組みも見せる構成主義とゴダールの影響がある*1。 実在空間では固定されている壁、窓、動線を作り直し、同じ画角の中で空間の効果を比較するために、模型という形式が必要だった。

ピクチャーズ・ジェネレーションは、1970年代後半から1980年代のアメリカで、映画、広告、雑誌、美術史から借りたイメージや、既成の型を演じた写真を通して、作者の独創性と大衆文化の影響を問い直した作家群を指す。シンディ・シャーマン、リチャード・プリンス、シェリー・レヴィーンらは、すでに見慣れた人物像や商品像が、欲望、性別、成功についての理解を作る仕組みを扱った*17。ケースベアは同じ問題を室内の背景へ向けた。映画や広告で繰り返される廊下、独房、郊外住宅には、「学校らしさ」「刑務所らしさ」「安全な家庭らしさ」を判断させる視覚的な型がある。実在の建物を撮影すると、その型は特定の住所と利用状況に結びつく。模型によって場所固有の情報を整理し、壁、窓、照明、動線だけを残すことで、社会が共有する空間のイメージを写真として検討できた。

§ 02 / 04 表現の成立と方法

なぜ模型を作るのか

建築家の模型は、建物全体の構造や施工後の姿を確認するために作られる。ケースベアの模型は、カメラが見る一方向に合わせ、壁、床、窓、階段の必要な部分だけで構成される。画面外の部屋や屋根を省き、紙や石膏の継ぎ目、わずかな歪み、縮尺の曖昧さを残す。ケースベアは、空間を認識させる最小限の要素を選び、鑑賞者の記憶が補う余地を残した*1

模型をカメラで見ると、紙の壁はコンクリートの量感を帯び、数十センチの廊下は身体を包む巨大な施設に見える。ケースベアは壁の高さ、窓の位置、光の角度を少しずつ変え、同じ空間が安心、孤立、監視のどれへ傾くかを確かめた。現実の建物では固定された構造を撮影前に作り直せるため、模型は建築が感情へ作用する条件を比較する実験装置になった。撮影後に模型を解体し、写真だけを完成形として残すことで、立体と照明が一つの現実らしい像へ変わる過程も作品に含めた*7

刑務所と監視

1980年代以降の刑務所、独房、監視塔、地下通路では、人間の代わりに扉、窓、反復する廊下が画面を支配する。見通しのよい通路は監視者の視線を通し、狭い開口部は収容者の移動と外界との接触を制限する。ケースベアは刑務所を、啓蒙期に成立した処罰、矯正、孤立の制度として調べた*2。Friezeの批評も、刑務所、学校、病院の模型を、建築が権威を見える形へ変える実践として論じている*8

制作時期はアメリカの収監人口が急増した時代と重なる。州・連邦刑務所の収監者は1980年に約33万人へ達し、その後も増加した*18。無人の独房は人種や階級ごとの収監実態を直接描かない。その代わり、同じ構造を何度でも増設できる制度の設計を見せる。人物を消した抽象化には、収監された人々の具体的経験を薄める危険もあり、この限界が作品の批評を支える重要な論点になる。

家の記憶と近代建築

シア・アルマジャニの授業を通じ、ケースベアはエドワード・T・ホール、ガストン・バシュラール、マルティン・ハイデガーを読んだ*14。バシュラールは屋根裏、地下室、隅、引き出しを、幼年期の記憶と想像を方向づける具体的な構造として考えた。地下室の暗さと屋根裏の明るさ、隅の狭さ、扉の開閉は、家の経験に高低、内外、安心、恐れの差を作る。ハイデガーは「住むこと」を、人間が場所、物、共同体との関係を築く営みとして論じた。ホールは身体間の距離や壁の配置が行動を変えることを研究した。ケースベアはこれらの議論から、建築が記憶を収める背景であると同時に、感情と行動を形づくる装置でもあると捉えた。

ケースベアは、これらの議論を住宅だけに適用せず、刑務所、学校、病院、公共建築へ広げた。家が記憶や安心を育てるなら、独房は孤立を反復し、学校の廊下は移動と整列を促し、病院の通路は身体を管理対象として扱う。家具や人物を減らした模型では、鑑賞者自身の記憶が空間へ入り込み、その直後に扉、窓、壁が示す制度上の命令へ気づく。建築史家アンソニー・ヴィドラーによる制度建築の研究も、刑務所連作を考える重要な手がかりになった*14。 近代建築が採光、動線、衛生、効率を設計した歴史は、同じ技術が教育、治療、矯正、居住を分類する仕組みにもなるという関心へつながった。ケースベアは住宅の記憶と制度建築の規律を、同じ壁、窓、廊下の問題として扱った。地下室や廊下を繰り返し、家具を減らし、扉や窓を強調する形式には、鑑賞者自身の家の記憶を呼び込み、その空間が身体へ求める移動、停止、服従を意識させる役割がある。

郊外住宅と所有

《Subdivision with Spotlight》では、同型の住宅が暗闇の中で舞台照明を受け、販売用模型の均質さが強調される。窓、芝生、道路は「安全な家庭」と「資産としての住宅」を同時に示し、住民の生活は想像の中に残る*6。《Landscape with Houses》では、金融危機後の住宅、信用、負債への関心が、人工的な新興住宅地とオランダ風景画を思わせる構図に結びついた*19。刑務所と郊外住宅は用途が大きく異なるが、どちらも区画、視線、移動経路によって望ましい生活を設計する。

光、色、水

初期の白黒作品では、強い明暗が監視写真やフィルム・ノワールに近い緊張を作った。1990年代以降、青い水、黄色い照明、緑や桃色の壁が加わり、空間の用途とともに不安、清潔さ、誘惑、安堵が伝わるようになった*7。水を張った模型では、床が鏡のように反射し、建築の境界が崩れる。浸水した刑務所、地下室、住宅は、抑圧された歴史や気候危機が現在の安全を内側から侵食する像として働く*3

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

《Spiral Staircase》

《Spiral Staircase》では、螺旋階段と湾曲する壁だけが写り、場所の名称も人物も示されない。National Gallery of Artは、同作を2003年のクロモジェニック・プリントとして記録している*5。明晰な階段の形と、入口も出口も見えない不確かさが同じ画面に共存する。階段は上昇や脱出の経路に見えるが、入口と出口が画面外にあるため、鑑賞者は用途を確定できない。ケースベアが扱う制度は、解説文として示される前に、こうした移動の予測として感じられる。

《Monticello》

歴史的建築を扱う作品では、模型の一般性に固有名が加わる。《Monticello》は、トーマス・ジェファソンの邸宅を啓蒙思想、共和制、奴隷制が同居した場所として参照し、建築の整然とした対称性に国家の自己像と抑圧された労働の歴史を重ねる。Sean Kellyの作家資料は、ケースベアが歴史的建築を、英雄の肖像に代わる政治的記憶の容器として扱ってきたことを説明している*4

デマンドとの違い――参照元

ケースベアとトーマス・デマンドは、模型を制作し、最終的に写真を発表し、撮影後の模型を保存しない点で近い。デマンドは報道写真や記録画像に写った特定の部屋、廊下、庭を、原寸大の紙と厚紙で再制作する。文字、汚れ、細かな偶然を除いた模型は、観客が覚えている報道画像と似ながら、事件を確定する情報を欠く。The Metは、既存のニュース画像を原寸大の紙模型へ置き換え、撮影後に模型を破棄する工程を説明している*20

ケースベアは、一枚の報道写真を設計図にする作品が少ない。刑務所、学校、郊外住宅について、建築資料、映画、個人的記憶を合わせ、特定の住所に対応しない空間を作る。デマンドの写真では「この画像はどの事件を参照するのか」が問題になり、ケースベアの写真では「なぜこの壁や廊下を刑務所、学校、家庭として感じるのか」が問題になる。

デマンドとの違い――模型

デマンドの紙模型は、元画像に含まれる使用痕や文字を消し、メディアに残った事件の記憶を空洞化する。ケースベアの模型は、光、奥行き、水、視線の高さを調整し、現実に存在しない空間へ身体感覚を与える。前者では元画像と模型写真の差が働き、後者では小さな模型と巨大に感じられる空間の差が働く。二人の比較から、模型写真がメディア画像の来歴と、建築が行動へ与える作用を、それぞれ異なる方法で扱うことが分かる*11

§ 04 / 04 批評・受容・写真史

構築写真と建築批評

1970年代後半のピクチャーズ・ジェネレーションでは、映画、広告、雑誌に流通する人物像や既成イメージを引用・再演し、社会が現実を理解する型が検討された*17。ケースベアは同じ問いを建築へ向け、実在の建物を撮影する代わりに、刑務所、学校、住宅を思わせる模型を作った。模型なら、住所、利用者、事件をいったん外し、壁、窓、廊下、光、動線だけを比較できる。こうして構築写真は、人物が物語を演じる場面を作る方法に加え、物語が始まる前から身体の動きや感情を組織する空間を調べる方法としても機能した。ケースベアの写真史上の意味は、建築を舞台や記録対象から、監視、隔離、所有、保護を生み出す社会的な仕組みへ変えて見せた点にある*11

美しさと抽象化の限界

均整の取れた構図、深い陰影、静かな水面は、刑務所や災害後の空間にも視覚的な魅力を与える。《Credit, Faith & Trust》では金融、宗教、公共建築の権威が、崇高な光と広い空間によって示される*9。この美しさは制度の力を身体感覚として伝える一方、抑圧を受ける具体的な人々を画面外へ追いやる。鑑賞者が魅力的な空間へ入りたいと感じた瞬間に、その空間が監視、隔離、信用、所有を組織していることへ気づく構造が、作品の批評性と限界を同時に作る。

写真だけが残る理由

模型は撮影後に解体され、写真が実在しない空間の唯一の完成形として残る。紙、石膏、塗料、水は、照明とレンズを通ることで、石、コンクリート、地下水、巨大建築へ見え方を変える。鑑賞者は写真を現実の建築として読み始め、継ぎ目や不自然な光から模型へ戻る。この往復によって、写真が空間を記録する媒体であると同時に、社会が共有する「刑務所らしさ」「家庭らしさ」を作る媒体でもあることが具体的に現れる*13

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
Movements / Contexts
  • 構築写真 ― 撮影前に被写体や空間を制作し、写真の現実性を検討する方法
  • ピクチャーズ・ジェネレーション ― 大衆メディアの像と作者性を問い直した1970年代末以降の潮流
  • 制度批評 ― 建築、展示、権威が鑑賞と意味を組織する仕組みへの批評
§ REF さらに読む
James Casebere: Works 1975–2010
Okwui Enwezorほか / Damiani / 2011

初期の模型写真から刑務所、住宅、浸水した建築までを通覧できる主要モノグラフ。

出版社ページで見る ↗
James Casebere: Emotional Architecture
Hatje Cantz / 2017

色彩、光、室内空間を通して、建築が感情へ作用する後期の展開を確認できる。

公式書籍一覧で見る ↗
§ SRC 出典