金丸重嶺(Shigene Kanamaru)は、日本写真を考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、日本写真を手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。
金丸重嶺(1900–1977)は日本の写真家・評論家・教育者。1930年代の日本モダン写真運動において、実践・批評・教育の三方向から日本近代写真の制度を整えた*1*2。
金丸は木村専一・木村伊兵衛・野島康三・名取洋之助らと並び、国際的なニュー・フォトグラフィーの潮流を日本に移植し、体系化した人物として位置づけられる*1。個々の作品よりも、教育・批評・商業写真の組み合わせによる「写真の近代化」への寄与が評価の中心であり、写真的モダニティが美術館や展覧会だけでなく、批評と教育の制度を通じて構築された事実を示している*2。
アートプラットフォームジャパンや国書刊行会による近年の再評価は、金丸を「新興写真の先駆者」として位置づけ、写真史の中でもっとも影響力ある仲介者・制度構築者の一人として再考する動きが広がっている*1*2。