1930–1940sは、大恐慌・ファシズム・第二次世界大戦を背景に、写真の制度や表現が大きく動いた時代です。このページでは、日本写真、戦争写真、ドキュメンタリーなどの表現を手がかりに、この時代の写真家と写真史の流れをたどります。
ドロシア・ラングはサンフランシスコで商業ポートレートスタジオを経営していたが、1932年の大恐慌の絶頂期に、スタジオの窓から路上の失業者行列を見て外に飛び出したことがドキュメンタリー写真への転換点となった。
詳細を読むウォーカー・エヴァンズはFSA(農業安定局)のために1935–37年に南部を中心に農村の貧困を記録したが、同局の本来の使命——ニューディール政策宣伝のための写真提供——に対して意図的に距離を置いた。
詳細を読むリー・ミラー(1907–1977)はアメリカの写真家。ヴォーグ誌のファッションモデルから写真家へと転じ、シュルレアリスム実験・ファッション写真・戦争報道という三つの位相を生涯通じて横断した。
詳細を読むジョージ・ロジャー(1908–1995)はイギリスの写真家。第二次世界大戦の従軍写真家として活動し、戦後はアフリカを中心に長期ドキュメント写真を展開した。マグナム・フォトスの創設メンバーのひとりである。
詳細を読むアンリ・カルティエ=ブレッソンは1926年からシュルレアリスム運動と接触し、ルネ・クルヴェルの紹介でアンドレ・ブルトンと出会った。
詳細を読む土門拳が戦後に提唱した「リアリズム写真」は、戦前のサロン写真(技巧的な美的追求)と、自身が戦時中に携わったプロパガンダ写真報道への反省から生まれた。
詳細を読むウィリアム・ヴァンディヴァート(1912–1989)はアメリカの写真家。「Life」誌のスタッフ写真家として活動し、マグナム・フォトスの創設メンバーのひとりである。
詳細を読むロバート・キャパはブダペスト生まれのアンドレ・フリードマンが1933年のパリで作り上げたペルソナだった。
詳細を読むW・ユージン・スミスは1948年から1956年にかけて『ライフ』誌でフォト・エッセイという形式を確立した。
詳細を読むビル・ブラント(1904–1983)はイギリスの写真家。1930年代の社会記録から出発し、肖像・風景・ヌードへと活動を広げた。
詳細を読むブラッサイ(本名:ジュラ・ハラース、1899–1984)はハンガリー生まれ、パリを拠点に活動した写真家。夜のパリの記録のほか、グラフィティ、肖像、文学・芸術サークルとの交流でも知られる。
詳細を読む長谷川伝次郎(1894–1976)は日本の写真家・旅行者。チベット・満洲を含む辺境地域の撮影と出版で知られ、主流の展覧会史とは異なる経路で写真を用いた人物として記録されている。
詳細を読むフランソワ・コラー(1904–1979)はスロバキア生まれ、主にフランスで活動した写真家。産業報道・広告・ファッション写真を横断しながら、1930年代のフランス写真文化を担った。
詳細を読む鈴木八郎(1900–1985)は日本の写真家・編集者・写真史家。撮影者としての実践と、編集・批評・カメラ文化の歴史研究を並行して行った、複合的な役割の人物である。
詳細を読むマヌエル・アルバレス・ブラボ(1902–2002)はメキシコの写真家。メキシコ革命後の変動期に活動を始め、ストリート写真・静物・身体・廃墟・近代的アレゴリーにまたがる実践を、100年に及ぶ生涯を通じて展開した。
詳細を読むマルセル・ボヴィス(1904–1997)はフランスの写真家。雑誌・広告・都市写真を軸に活動し、戦後はル・グループ・デ・カンズ(Le Groupe des XV)に参加して写真の芸術的地位の確立を求めた。
詳細を読むマーガレット・バーク=ホワイト(1904–1971)はアメリカの写真家。「フォーチュン」「ライフ」誌の主要カメラマンとして、産業・恐慌・戦争を幅広く撮影した。
詳細を読むロベール・ドアノー(1912–1994)はフランスの写真家。パリの街頭写真で知られるが、労働・産業・肖像の分野でも長く活動した。
詳細を読む金丸重嶺(1900–1977)は日本の写真家・評論家・教育者。1930年代の日本モダン写真運動において、実践・批評・教育の三方向から日本近代写真の制度を整えた。
詳細を読む植田正治(1913–2000)は鳥取県境港生まれの写真家。1930年代に活動を開始し、鳥取砂丘や山陰地方の風景を舞台に独自の演出写真「植田調」を確立した。
詳細を読むアンセル・アダムス(1902–1984)はアメリカの写真家。アメリカ西部の大判風景写真と、写真教育・技術論への貢献でその名を残す。
詳細を読むアーサー・ロススタイン(1915–1985)はアメリカの写真家。ロイ・ストライカー率いるFSA写真プロジェクト最初期のメンバーとして、大恐慌期の農村危機を記録した。
詳細を読むベン・シャーン(1898–1969)はリトアニア生まれのアメリカ人芸術家・写真家。画家として広く知られるが、1930年代のFSA期に行った写真の実践も、その社会的ビジョンを理解するうえで重要である。
詳細を読むデヴィッド・シーモア(本名:ダヴィド・シミン、1911–1956)はポーランド生まれの写真家。スペイン内戦の報道からキャリアを始め、戦後はマグナム・フォトスの創設メンバーとして活動した。
詳細を読むヘレン・レヴィット(1913–2009)はアメリカの写真家。ニューヨーク、とりわけブロンクスやハーレムなどの路上で子どもたちを中心に撮影した作品で知られる。
詳細を読むジャック・デラーノ(1914–1997)はウクライナ生まれのアメリカ人写真家。FSA・OWIの写真家として活動した後、プエルトリコに移住して写真・映画・音楽の多分野で活動した。
詳細を読むジョン・ヴァション(1914–1975)はアメリカの写真家。FSA(農業安定局)・OWI(戦時情報局)での記録活動から始まり、後に「Look」誌などの雑誌写真家として活動した。
詳細を読む影山光洋(1907–1981)は日本の写真家・フォトジャーナリスト。朝日新聞のカメラマンとして報道写真に従事する一方、家族・子どもの長期記録でも知られる。
詳細を読むマイナー・ホワイト(1908–1976)はアメリカの写真家・批評家・編集者・教育者。写真の知覚理論とメディテーション的実践の発展に貢献し、雑誌「Aperture」の創刊(1952年)に関与したことでも知られる。
詳細を読むラッセル・リー(1903–1986)はアメリカの写真家。FSAの主要写真家のひとりとして、農業・労働・農村コミュニティを中心に大規模なドキュメント活動を行った。
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