日本写真は、写真史の流れを考えるうえで重要な表現のひとつです。1960–70年代に国際的に評価された日本発の写真表現。このページでは、関係する写真家や時代の流れをたどります。
冨重利平(本姓・篠倉、1837〜1922年)は、九州における明治写真史の最重要人物の一人である。
詳細を読む横山松三郎は天保9年(1838年)に択捉島(現在のロシア領千島列島)で生まれた。家族は廻船問屋を経営していたが、父の死後(1848年)に函館へ移住した。
詳細を読む屋須弘平(1846–1917)は日本生まれの写真家で、渡航後はグアテマラに定住し「Juan José de Jesús Yas」の名で活動した。
詳細を読む亀井茲明(1858–1896)は日本の公家・伯爵で、日清戦争(1894–95)の記録写真事業を組織した人物として写真史に名を残す。
詳細を読む鹿島清兵衛(1866–1924)は、横浜・銀座を拠点とした明治の貿易商・写真愛好家で、「写真大尽(しゃしんだいじん)」の異名で知られる。
詳細を読む鳥居龍蔵(1870–1953)は日本の人類学者・考古学者で、北海道・台湾・沖縄・朝鮮・満洲・モンゴル・中国西南部・後に南米にわたる広範なフィールドワークに写真を体系的に活用した。
詳細を読む福原信三(1883–1948)は東京生まれ。資生堂二代目社長として企業経営を担いながら、写真を芸術として位置づけるための制度的基盤の整備に尽力した写真家・文化組織者である。
詳細を読む野島康三(1889–1964)は埼玉生まれ。写真家・スタジオ経営者・展覧会主催者として活動し、絵画的写真からより近代的な写真表現への移行期において、日本の写真史上重要な役割を果たした。
詳細を読む中山岩太(1895–1949)は兵庫県生まれ。1918年からニューヨーク、のちパリで当時の国際的なアヴァンギャルドを直接吸収し、帰国後は関西を拠点に日本の近代写真の展開を先導した。
詳細を読む安井仲治(1903–1942)は大阪生まれ。関西の写真文化と密接に結びつきながら、短い生涯の中で戦前日本写真史に最も重要な軌跡のひとつを残した写真家として、没後に高い評価を得ている。
詳細を読む土門拳が戦後に提唱した「リアリズム写真」は、戦前のサロン写真(技巧的な美的追求)と、自身が戦時中に携わったプロパガンダ写真報道への反省から生まれた。
詳細を読む岩宮武二は、寺社・庭園・工芸・仏像・民具といった日本の伝統的文化形態を主題に、ドキュメントと形式的探求の境界に立つ写真実践を展開した。
詳細を読む長谷川伝次郎(1894–1976)は日本の写真家・旅行者。チベット・満洲を含む辺境地域の撮影と出版で知られ、主流の展覧会史とは異なる経路で写真を用いた人物として記録されている。
詳細を読む鈴木八郎(1900–1985)は日本の写真家・編集者・写真史家。撮影者としての実践と、編集・批評・カメラ文化の歴史研究を並行して行った、複合的な役割の人物である。
詳細を読む金丸重嶺(1900–1977)は日本の写真家・評論家・教育者。1930年代の日本モダン写真運動において、実践・批評・教育の三方向から日本近代写真の制度を整えた。
詳細を読む植田正治(1913–2000)は鳥取県境港生まれの写真家。1930年代に活動を開始し、鳥取砂丘や山陰地方の風景を舞台に独自の演出写真「植田調」を確立した。
詳細を読む東松照明は1930年に名古屋で生まれ、戦時中に軍需工場に動員された世代として、終戦と同時にアメリカ軍の占領を直接経験した。
詳細を読む1933年生まれ、2021年没。写真家集団「VIVO」のメンバーとして知られ、代表作『地図』(1959〜1965年)でフォトブック史に独自の位置を占める。
詳細を読む1934年生まれ、2012年没。家族・妻・孤独・自己崩壊を主題とした強烈に個人的な写真で知られる。
詳細を読む森山大道は1938年大阪府池田市生まれ。父の職業柄、幼少期から東京・広島・千葉・島根・大阪と各地を転々とした放浪の生い立ちが、後の「さすらう眼差し」の原型となった。
詳細を読む影山光洋(1907–1981)は日本の写真家・フォトジャーナリスト。朝日新聞のカメラマンとして報道写真に従事する一方、家族・子どもの長期記録でも知られる。
詳細を読む荒木経惟は電通の広告写真家として働く傍ら、同社の秘書として働いていた青木陽子(ヨーコ)と1971年7月7日に結婚した。
詳細を読む1921年生まれ、2022年没。日本各地の祭礼・民俗・民間習慣を主な被写体とし、急速な近代化が進む戦後日本において失われつつある風俗・文化を長年にわたって記録した。
詳細を読む田沼武能は、終戦直後の東京から始めた60年以上にわたる記録活動で、戦後日本の市民生活と都市の変容を写し取った。人間の存在を歴史の尺度とする市民的・人道的なまなざしが、同時代の対抗的な日本写真とは異なる位置を与えている。
詳細を読む1933年山形生まれ。戦後日本の前衛文化を背景に、舞踊家・作家との協働による演劇的・象徴的なモノクロ連作を発表した。
詳細を読む1940年生まれ、2024年没。セレブリティのポートレート・ヌード写真・建築・雑誌・写真集にわたる広範な活動で知られる。
詳細を読む1939年生まれ。《俗神》(ゾクシン)《ヒロシマ 1945–1979》など都市・民俗・原爆後の日本を主題とした長期連作で知られる。日常の表面と国家的外傷の記憶を結びつける方法によって、戦後日本写真の重要な位置を占める写真家。
詳細を読む1948年東京生まれ。《シアター》《シースケープ》《ポートレイト》など長期連作によって、時間・記憶・錯覚をめぐる哲学的問いを大判白黒写真の形式に結晶させた。
詳細を読む1940年生まれ、2019年没。《風姿花伝》(1976年)を代表作とし、祭・街・日常の断面に潜む異質な時間と身振りを独自の白黒写真で記録した。
詳細を読む1946年生まれ。アフリカ・中東・チベットなど過酷な自然環境と宗教的な巡礼地を長年にわたって記録し、祈りの形と大地の関係を写真で追い続けた。
詳細を読む1954年生まれ。森山大道のワークショップ写真学校で学んだのち、直接フラッシュと近接距離による対立的なストリート写真《Photo Express: Tokyo》などで1970〜80年代の日本写真を代表する作家のひとりとなった。
詳細を読む1950年東京生まれ。ガラパゴス諸島での撮影を契機に野生動物写真の道に入り、アフリカ・海・ネコなど多彩な対象を世界各地で撮影してきた。写真集・映像・テレビ番組を通じて、日本において野生動物写真を最も広く普及させた写真家のひとり。
詳細を読む1947年群馬生まれ、横須賀育ち。1970年代から写真活動を始め、横須賀・身体の傷跡・女性の経験・衣服の残留物を通じて個人の痕跡と歴史的記憶を重ね合わせる写真を展開してきた。
詳細を読む1938年東京生まれ、2015年没。写真家・批評家。
詳細を読む1948年生まれ。ベトナム・カンボジア・ラオス・沖縄・コソボなど戦争の傷跡が残る地域を長年にわたって記録した日本のドキュメンタリー写真家。
詳細を読む1957年生まれ、彫刻を出自とする写真家・教育者。長時間露光・光の軌跡・身体的な介入を通じて、日常的な環境を時間と行為が堆積するフィールドへと変換する。
詳細を読む1958年岩手県陸前高田生まれ。採石場・爆破・地下水路・都市河川など産業的に変容した風景を大判カラーで長期にわたり記録してきた。
詳細を読む1936年生まれの写真家・批評家・編集者。舞台公演や人物の記録写真を撮影する傍ら、日本の美術館写真コレクションの形成に関する執筆・編集にも携わった。
詳細を読む1972年滋賀県生まれ。
詳細を読む1951年大阪生まれ。西洋美術史の正典的なイメージ——ヴェラスケス、マネ、フリーダ・カーロなど——に自らの身体を挿入することで知られる。
詳細を読むオノデラユキ(1962年生まれ)は、ルール駆動の連作・暗室実験・大判手製プリントを特徴とし、写真過程を概念的な問いの生成装置として扱う写真家。
詳細を読む長島有里枝(1973年生まれ)は、セルフポートレートと家族写真を通じて女性の身体的自律・ジェンダー・表象の政治を問う写真家・作家。
詳細を読む志賀理江子(1980年愛知生まれ)は、宮城県北釜に長期滞在し地域住民と協働で撮影を続けた写真家。
詳細を読む蜷川実花(1972年東京生まれ)は、高彩度の色彩・花・金魚・ポートレートを軸に写真・映像・空間インスタレーションを展開する写真家・映画監督。2001年度木村伊兵衛写真賞受賞。
詳細を読む林典子(1983年生まれ)は、キルギスの花嫁誘拐・ヤジディ教徒の祈りなど国際社会で報道されにくい問題を長期取材するドキュメンタリー写真家。2013年にVisaポール・イマージュのVisa d'Or受賞(日本人初)。
詳細を読む横田大輔(1983年埼玉生まれ)は、フィルムを反復的に現像・スキャン・再撮影・焼損・折りたたむなど物理的・化学的・デジタルなプロセスを連鎖させ、写真の物質性そのものを主題とする写真家。第45回木村伊兵衛写真賞受賞(2019年)。
詳細を読む冨重徳次は、明治の熊本写真史を代表する写真師・冨重利平の弟子として、幕末明治の写真師データベース(shashinshi.biz)に記録されている人物である。
詳細を読む