1940年生まれ、2024年没。セレブリティのポートレート・ヌード写真・建築・雑誌・写真集にわたる広範な活動で知られる。戦後日本のマスメディア拡張期に、写真を公共的な文化パフォーマンスと結びついた実践として展開し、商業写真・アート写真・エロスの表現の境界を問い続けた。
篠山の写真は、セレブリティ・演劇的な自己演出・身体・メディアの可視性・エロスの展示を主題とし、宣伝行為を写真的事件へと変換することを特徴とする。1960年代以降の文化的著名人のポートレートや長期にわたる写真集・雑誌の仕事が彼の重要性を定義しており、後年の美術館展示はスケールとメディアへのリーチの両方を強調している*1*2*3。
形式的な特徴として、被写体への直接的な対峙・大胆な演出・高い制作価値・多様なフォーマットへの適応力・撮影セッションを文化的パフォーマンスへと転じる本能が挙げられる*1*2。篠山にとって写真は、可視性そのものを主題とすることができる公共的なメディアであった。その方法は、パフォーマー・セレブリティとの協働とメディアの流通に依拠している*1*2*3。
歴史的文脈として、篠山の仕事は戦後日本のマスメディア拡張期——雑誌・セレブリティ文化・テレビ・出版・消費社会が写真実践を変容させた時代——に帰属する*1*2。よりドキュメンタリー志向の戦後日本写真家たちとは対照的に、篠山は商業写真・アート写真・セレブリティ像の制作という境界的な領域に立ち続けた。「アートかどうかという問いは、写真の中にある」(篠山)*2というその言葉は、写真メディアに対する自己意識的な姿勢を示している。篠山の意義は、メディアに満ちた戦後日本において「本格的な写真実践」の定義を更新したことにある*1*2*3。