杉本博司Hiroshi Sugimoto

自然史博物館のジオラマ、映画館の投影光、海の水平線、蝋人形の肖像、数理模型や光学実験を、大判カメラと長時間露光で撮影してきた作家。杉本博司は、被写体の内容だけでなく、展示・映画・肖像・科学模型・暗室技術が「本物らしく見える像」を生む過程を作品化し、写真が時間や歴史をどのように像へ変えるかを問い続けている。

基本情報
日本
生没年 1948–

経歴

1948年東京生まれ。1970年に渡米し、1974年からニューヨークと日本を往復しながら制作を始めた。初期の仕事を理解するうえで重要なのは、杉本が写真を露光、現像、プリントまで含む制作形式として扱っていた点である。東京国立近代美術館の展覧会は、杉本の芸術の原点をゼラチン・シルバー写真に置き、1970年代末からの制作ノートを、撮影と現像の手順を知る資料として展示対象に含めている*1。初期の代表的連作には、自然史博物館の展示を撮影した〈Dioramas〉、映画館の上映時間を一枚の画面に収める〈Theaters〉、海と空の水平線を反復する〈Seascapes〉がある。東京国立近代美術館はこれら三つを「Time, Light and Memory」の章にまとめ、時間、光、記憶という主題が早い段階から杉本の制作に組み込まれていたことを示している*1。1976年に制作された〈Dioramas〉第一作の《Polar Bear》は、MoMAの公式ページで購入作品・オブジェクト番号287.1977として登録されている*2。1981年にはニューヨークのSonnabend Galleryで〈Movie Theaters〉、1988年には〈Dioramas, Theatres, Seascapes〉がニューヨーク、東京で巡回し、1989年には国立国際美術館で同名の展覧会が開かれた*3。2000年代以降は、森美術館「End of Time」、Fondation Cartier「Étant donné: Le Grand Verre」、Fundación MAPFREとFoamによる「Black Box」、Hayward Gallery、UCCA、MCA Australia巡回の「Time Machine」などを通じて、写真だけでなく、科学模型、建築、古美術、舞台芸術を横断する作家として紹介されている*3

表現解説

写真が本物らしさを作る場所

杉本の出発点である〈Dioramas〉は、自然史博物館の展示を撮影した連作であり、剥製の動物、背景画、展示照明が作る人工的な自然を、写真の中で現実のように見せている。制作の契機は、1974年にアメリカ自然史博物館を訪れた杉本が、剥製の動物と描かれた背景による展示を片目で見ると突然現実のように見えた経験にあった*4。ここで写真は、人工物を現実のように成立させる装置として働いている。具体的には、剥製、背景画、展示照明、博物館の分類展示、片目で見る遠近法、大判カメラの細密な描写が重なり、そこにいなかった動物の「生きているような姿」が写真面で成立する。MoMA所蔵の《Polar Bear》は1976年のゼラチン・シルバー・プリントとして登録されており、〈Dioramas〉の代表作を公式コレクションページで確認できる*2。このシリーズでは、博物館展示が作った自然の模型を写真がさらに本物らしい場面へ変える。杉本が撮っているのは、自然そのものよりも、自然が現実らしく見える仕組みである。

映画の時間を光として残す

〈Theaters〉では、映画館のスクリーンに上映される一本の映画全体が、一回の長時間露光によって白い発光面へ変換される。杉本は、自然史博物館で撮影していた頃に「映画一本を一つのフレームに撮ったらどうなるか」と自問し、映画開始時にシャッターを開き、二時間後に閉じる実験によって白く輝くスクリーンを得たと述べている*5。この光は、通常は暗闇に沈む劇場内部を照らし、スクリーン、客席、天井、壁面装飾を一つの写真の中に浮かび上がらせる。メトロポリタン美術館の《Avalon Theatre, Catalina Island》の解説も、映画の投影光によって劇場内部が可視化されることを説明している*6。このシリーズでは、映画の筋書きや登場人物よりも、上映時間そのものが写真の画面にどう残るかが中心になる。MoMA所蔵の《U.A. Walker, New York》は、1978年2月23日のゼラチン・シルバー・プリントとして登録されている*7。ここでは、決定的瞬間を切り取る写真観から離れ、上映の持続を光の量として蓄積し、その光によって建築空間まで写し出す働きが前面に出ている。

水平線、原初の記憶、反復

〈Seascapes〉は、海と空をほぼ同じ比率で二分する構図を世界各地で反復することで、場所の差異と、ほとんど変わらない水平線の経験を同時に提示する。杉本は、水と空気を生命の条件として捉え、海を見るたびに祖先の家を訪れるような安心感を覚え、「見ることの旅」に出ると述べている*8。この発言を踏まえると、〈Seascapes〉では撮影地ごとの風景情報よりも、水、空気、光が接する水平線を同じ条件で見続けることが重要になる。〈Time Exposed〉として発表された海景は1980年から1991年にかけて制作され、空と海が接する場所の変化を扱うものとして、1991年にCarnegie Museum of Artと日本のIBM Courtyardで同時期に展示された*9。世界各地の海を同じ水平線の形式で撮ることで、地名、撮影年、気象、光の濃淡は、一つの画面構造の中で比較できる差として残る。たとえばメトロポリタン美術館所蔵の《Ligurian Sea, Saviore》は、特定の海を示す題名を持ちながら、画面上では地理情報よりも水平線、濃淡、光の状態が前面に出る*10。〈Seascapes〉の反復は、海を水平線、濃淡、光の状態へまで切り詰めても、見る者がなお海として受け取ることを示し、場所の記録と抽象的な構成を同じ画面に重ねている。

歴史を再撮影する肖像

〈Portraits〉では、杉本は歴史上の人物を直接撮影することができないという当然の条件を、蝋人形を撮影するという方法によって写真の問題へ転換している。このシリーズでは、ホルバインによるヘンリー8世像、マダム・タッソー館の蝋人形、杉本自身のルネサンス光研究、写真という代替的な記録方法が重ねられる。杉本は、写された人物が生きて見えるなら「生きているとは何か」を問い直すべきだと説明している*11。グッゲンハイム・ビルバオ美術館の展覧会ページは、このシリーズがドイツ・グッゲンハイムの委嘱から始まり、歴史的人物を黒い背景と劇的な光によって等身大に近い白黒肖像として提示したことを説明している*12。このシリーズで「本物らしく見える」条件は、王侯の肖像画、蝋人形館の復元、黒い背景と劇的な照明、ゼラチン・シルバー・プリントの精密さの組み合わせにある。絵画から蝋人形へ、蝋人形から写真へと人物像が移されることで、歴史上の顔は、複数の媒体を通って作られた像として現れる。

見えない形、光、電気を写真へ移す

杉本の後年のシリーズでは、写真の対象が数学、科学史、光学へ広がる。〈Conceptual Forms〉では、東京大学に残された19世紀から20世紀初頭のドイツ製数理模型や機械模型が撮影され、数学的な線、ゼロ、無限が「発見」ではなく人間の発明として扱われる*13。この連作では、写真は見える物体を記録しながら、その背後にある数式や概念の形を扱っている。Fondation Cartierの「Étant donné: Le Grand Verre」展では、このシリーズが数学的形態と機械的形態に分けられ、デュシャンの《大ガラス》と関連づけた空間構成として発表された*14。〈Opticks〉ではニュートンのプリズム実験とゲーテの色彩論を参照し、色を自然科学が分割した七色だけでなく、そのあいだの名づけにくい色として撮影するために、ほぼ廃れたポラロイド・フィルムを用いたと杉本は説明している*15。〈Lightning Fields〉では、フランクリン、ファラデー、タルボットへの関心を背景に、電気放電を乾板に作用させることで、科学史上の発見を暗室で再演し、自分の目で検証したいという意図が示されている*16。ここで写真は、物の表面に加えて、数学的仮説、光の分解、電気の痕跡といった、通常は直接見えない条件も像として現す装置になる。

なぜ写真だったのか

杉本の連作は、作品ごとにあらかじめ定めた撮影方法から始まる。「映画一本を一枚に撮る」「海と空の境界を同じ構図で撮り続ける」「蝋人形を歴史上の人物として撮る」といった方法は、露光時間、大判カメラ、暗室作業、ゼラチン・シルバー・プリントの階調、展示空間のスケールを通って、目の前の像として成立する。東京国立近代美術館が、絶滅危惧種のようになりつつあるゼラチン・シルバー写真を杉本芸術の原点として位置づけるのも、撮影から現像、プリントまでの手順が、作品の見え方と切り離せないためである*1。杉本自身の発言からは、この方法が時間への関心と深く結びついていたことも分かる。Time Sensitiveのインタビューで杉本は、化石を数百万年前の時間の記録として捉え、自分の個人史、人類史、生命史がどのように始まったのかに関心があると述べている*17。杉本はさらに、時間感覚の獲得を人間の意識の始まりに関わる問題として考え、その好奇心を調べるためにカメラを使うと説明している*17。同じ対話では、化石や石器に触れる経験が、個人の記憶ではなく、人間という存在の記憶をたどる感覚につながることも語られている*17。この時間への関心は、懐古的な思い出ではなく、生命の始まり、人間の道具制作、意識の発生を、現在の身体感覚からたどろうとする問いとして整理できる。その関心は、各シリーズの形式にも直接関わっている。同じインタビューで杉本は、カメラが過去を調べるためのタイムマシンとして働くこと、〈Theaters〉では映画の持続が白い光に戻ること、〈Seascapes〉では時間を止める場合もあれば、時間を流してフィルムに何が現れるかを見る場合もあることを語っている*17。〈Dioramas〉についても、片目で距離感が失われると人工の展示が現実らしく見えるという経験が、単眼のカメラと大判カメラによる撮影へつながったことが説明されている*17。Art21でも杉本は、化石を時間と歴史の記録として捉え、写真を「時間の化石化」として説明している*18。このため杉本にとって写真は、目の前の対象を記録するだけの手段ではなく、時間が物質へ残る仕組み、光が像になる過程、記憶や歴史が現在の画面に戻ってくる条件を扱う方法になっている。〈Theaters〉では上映時間と投影光が白いスクリーンに蓄積され、〈Seascapes〉では水、空気、光が接する水平線が反復され、〈Dioramas〉や〈Portraits〉では展示、蝋人形、照明、カメラの描写力によって、作られたものが現実らしい像として現れる。UCCAは、杉本の作品が時間と記憶への問い、記録と創造のあいだにある写真媒体の曖昧さ、そして写真の本質を再考させる性格を持つと説明している*19。Fraenkel Galleryも、杉本の仕事が時間、経験論、形而上学を扱い、古典的な写真技術を基盤に、写真が見えない力の痕跡をどう記録できるかを探るものだと説明している*20。こうした制作は、1960年代以後に写真が自分自身の条件を問い始めた美術の流れとも重なる。メトロポリタン美術館の「Photography on Photography: Reflections on the Medium since 1960」は、1960年代以後、機械的に複製され、印刷物、パスポート、証明写真ボックスのように文化の隅々へ広がった写真が、芸術家にとって媒体そのものを考える道具になったと説明している*21。The Metは、デジタル化が進むなかで杉本とジェームズ・ウェリングに注目が向いた理由として、コンセプチュアリズムへの関心とアナログ写真の物質的基盤への注意を早くから結びつけていたことを挙げている*21。杉本の場合、時間、記憶、光を作品化しようとする過程で、露光、フィルム、暗室、プリント、展示空間そのものが前面に現れ、写真が時間を蓄積し、現実らしさを作り、見えないものを像として残す働きまで見えるようになる。

批評と受容

杉本の受容では、白黒の静謐な画面やミニマルな構図に加えて、写真の真実性、時間、展示制度、歴史的記憶を扱う制作としての側面が重視されてきた。この受容では、杉本の写真は、静かな白黒画面としてだけでなく、写真が現実らしさや時間を作る手順を可視化した制作として読まれている。The Metの展覧会解説が杉本をこの文脈に置くのは、杉本の写真が、概念を提示するだけでも、古典技法を守るだけでもなく、二つを同じ画面の中で働かせているからである*21。〈Theaters〉の白いスクリーンや〈Portraits〉の蝋人形が強い現実感をもつのは、発想の明快さと、露光・現像・プリントの精度が切り離せないためであり、この点が、デジタル画像が広がる時期にも杉本のアナログ写真を同時代的な問題として読ませている。杉本が現代美術の広い文脈で読まれる理由は、写真専門の文脈を越えて、現代美術館、科学史、建築、舞台芸術、古美術、サイトスペシフィックな空間制作の場で繰り返し扱われてきた点にある。Fraenkel Galleryによる略歴では、杉本の実践が1970年代から写真を中心に展開しながら、建築、彫刻、舞台、インスタレーションへ広がり、歴史、時間的存在、経験主義、形而上学を探るものとして説明されている*20。Museum Brandhorstの「Revolution」は、夜の海景を90度回転させ、水平線を垂直線に変えるシリーズである。同館はこのシリーズを、バーネット・ニューマンを想起させる垂直構成として紹介している*22。夜の海景を90度回転させると、水平線は画面を縦に貫く線になり、海や空の情報は、暗い面、光の層、垂直方向の緊張として見える。この操作によって、杉本の海景は、撮影地を示す風景写真であると同時に、線と面の関係を見せる抽象的な画面としても読まれる。Benesse Art Site Naoshimaは、杉本の仕事を時間、人間の知覚、意識の起源という主題に結びつけ、直島の《護王神社》や江之浦測候所へ至る空間制作とも接続している*23。UCCAの「Time Machine」は、過去50年の制作を11シリーズ127点で構成する回顧展として、〈Seascapes〉〈Theaters〉〈Lightning Fields〉〈Portraits〉などを含み、ロンドンのHayward Galleryが企画した展覧会として紹介されている*19。愛知国際芸術祭2025の作家紹介は、〈Dioramas〉〈Seascapes〉〈Theaters〉〈Architecture〉〈Portraits〉〈Conceptual Forms〉を挙げ、長時間露光による時間の圧縮、生と死、現実と虚構、自然と人工の反転を主題としている*24。この受容を踏まえると、杉本の位置づけは、コンセプチュアル写真やミニマリズムという分類に加えて、博物館、映画館、海、蝋人形館、科学模型、光学実験、建築空間を横断しながら、写真が記録として信じられる条件を検証してきた作家として説明できる。

1980年代末から90年代の受容は、個展が増えたという事実だけでなく、作品がどのような言葉で批評されたかからも確認できる。杉本は1981年にSonnabend Galleryで〈Movie Theaters〉を発表し、1988年にはニューヨークのSonnabend Gallery、東京の佐賀町エキジビット・スペース、ツァイト・フォト・サロンで〈Dioramas, Theatres, Seascapes〉を発表した*3。1989年の国立国際美術館「近作展5 杉本博司展」は、〈ディオラマ〉〈劇場〉〈海景〉35点を関西で初めて紹介し、大型カメラによる精密な空間描写と「沈黙した時間」をとらえる作風が注目を集めていると記録している*25。同時期の批評では、静かな画面の美しさだけでなく、見かけの下にある空虚、時間の痕跡、現実らしさの不安定さが論点になった。Artforumの1988年レビューは、海、博物館ジオラマ、劇場を撮った杉本の写真を、強い静止性を持ちながら具体性の高いイメージとして扱っている*27。別のArtforumレビュー要旨では、外見の下にある空虚を露わにする道具として「時間の痕跡」が読まれている*28。これは、杉本の作品が「きれいな白黒写真」として受け取られただけでなく、見えているものの確かさを揺らす写真として批評されたことを示している。1990年代にはSonnabend Gallery、Fraenkel Gallery、ロサンゼルス現代美術館、メトロポリタン美術館などでの個展に加え、New York Times、Artforum、Village Voice、New Yorker、Los Angeles Timesなどのレビューが続き、〈Seascapes〉〈Motion Picture〉〈Still Life〉はギャラリー市場だけでなく批評欄でも継続的に扱われる対象になった*26。後年の批評は、この読みをさらに分岐させている。Memo Reviewは〈Dioramas〉について、離れて見ると野生写真のように成立する一方、近づくと背景画や合成素材の不自然さが見え、錯覚が割れていくと記述し、杉本の写真を「時間を止める」だけではなく、時間を折り畳み、引き延ばし、写真媒体の限界を試すものとして読んでいる*29。The Arts Deskは〈Opticks〉を評価しつつも、抽象絵画と比較した場合には、絵画の表面に現れる手の痕跡や感情的な厚みが見えにくく、科学実験のように見える危うさがあると批判している*30。浅田彰はREALKYOTOで、デジタル化によって銀塩写真の材料が失われていく状況を背景に、杉本を「最後の写真家」と呼ぶ読みを提示しつつ、それを単純な称賛ではなく、写真という媒体が物質的条件から終わりへ向かう局面に立つ作家として論じている*31。このように、杉本の受容は、静謐さや技術的完成度への評価だけでなく、現実らしさの作られ方、時間の扱い、写真と映画・博物館・蝋人形・科学実験の境界、そして銀塩写真という媒体の終わりをめぐる批評として展開してきた。

杉本博司 写真集

杉本博司 写真集 1
杉本博司の写真集を探すためのAmazonリンク。
写真集を Amazon で見る ↗ ※アフィリエイトリンクを含みます
杉本博司 写真集 2
同じ作家を別の本や別の掲載でたどるための関連リンク。
写真集を Amazon で見る ↗ ※アフィリエイトリンクを含みます
杉本博司 写真集 3
関連写真集や近い版を探すためのリンク。
写真集を Amazon で見る ↗ ※アフィリエイトリンクを含みます

作品画像を各美術館・コレクションの公式ページで確認する。

外部リンク

出典