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PHOTOGRAPHERS/LOUIS VAIRE
LV
§ 062 — Photographer Index —

ルイ・ヴェール

Louis Vaire
Country1900s / 1900年代 Period1890–1910s Channel写真史の入口 · PHOTO HISTORY
Abstract

このサイトでは「ルイ・ヴェール(louis-vaire)」として登録されているが、資料上は Louis Vert(ルイ・ヴェール、1865–1924)として確認される。パリの街頭職業人を1900年から1906年にかけて記録し、ミュゼ・カルナヴァレに作品が所蔵される。アジェ、ジェニオーとともに20世紀初頭のパリ街頭記録写真を代表する一人として位置づく。

この写真家が変えたこと

ルイ・ヴェールはSFP(フランス写真協会)に関わるアマチュアとして、1900年から1906年にかけてパリの街頭職業人を類型化でなく個人の動作として記録した。ICPがアジェ、ジェニオーとともに並べて展示したことで、アジェ一人による神話化ではなく複数の実践者による厚みとして1900年代パリ街頭写真を再構成する視座が生まれた。

Keywords
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 03 背景と時代

ルイ・ヴェール(Louis Vert、1865–1924)は、ムゼ・ドルセーおよびICPの記録によって確認されるパリの街頭記録写真家である。このサイトのエントリ名「louis-vaire」は表記の揺れによるもので、実際の写真家はLouis Vertである。*1

ヴェールは1865年に生まれ、1924年に没した。フランス写真協会(SFP:Société Française de Photographie)に関わるアマチュア写真家として活動し、1900年から1906年頃にかけてパリの街頭職業人を集中的に撮影した。作品の大部分はミュゼ・カルナヴァレに収蔵されている。*2

ルイ・ヴェールの活動を記録した研究書として、アラン・フルキエ著『Louis Vert (1865–1924): photographe de l'animation de la rue à Paris』がある。このモノグラフは彼の仕事を体系的に整理した主要な学術的参照点である。*2

ヴェールが集中的に撮影した1900年から1906年という期間は、1900年のパリ万博直後から始まる。パリ万博は近代的な都市技術・交通・建築を世界に示す場であり、その直後の期間にヴェールが伝統的な街頭職業人を記録していたという時間的な文脈は、変化の時代における消えゆく都市生活の記録という意味を与えている。フォトグラフィカ誌のSFP文脈論文も、このアマチュア写真運動と街頭記録の関係を論じている。*7

§ 02 / 03 表現の核心

パリの「小さな職業」の記録——消えゆく都市的生業の視覚的目録

ルイ・ヴェールの写真の主題は、1900年前後のパリで生計を立てていた街頭職業人(petits métiers)だった。錫職人(étameur)、ビラ貼り職人(afficheur)、荷運び人(portefaix)、カフェオレ売り(marchande de café)、くず拾い(chiffonnier)、船頭(bateliers)、柳細工職人(vannier)、栗売り(marchand de marrons)など多様な職種が記録されている。これらの職業の多くは、工業化・近代化のなかで1910年代以降に急速に姿を消した。*3

パリ市立博物館コレクション(Paris Musées)はヴェールの複数の作品をオンラインで公開しており、それぞれの職業人を接近した距離で捉えた画面構成は、民族誌的な類型化よりも個人の仕事の動作と表情を記録しようとする姿勢を示している。1900年のパリ万博を前後する時期は、都市が急速に変化する時代であり、ヴェールの写真はその変化の直前に、伝統的な街頭生活を記録した視覚的な目録として機能している。*4

アジェジェニオーとの並置——三つの視線と方法論の差異

ICPはかつて「ジェニオー、アジェ、ヴェール——プティ・メティエとパリジャンの類型」という展覧会を開催し、ウジェーヌ・アジェ、ポール・ジェニオーとルイ・ヴェールを同一の文脈に並べた。*6

アジェが都市の形態(建築、ショーウィンドウ、街路)を記録したのに対し、ヴェールとジェニオーは人物と職業に焦点を当てた。ヴェールの写真は、ジェニオーのようなブルターニュとの往来がなくパリの街頭に集中しており、主題の範囲においてより徹底したパリの記録者だったとも言える。ヒストワール・パール・リマージュのコレクションもヴェールの花売り写真を参照資料として公開しており、ベル・エポックのパリを伝える視覚的証拠として位置づけている。*19

SFPとアマチュア写真運動——制度的文脈

ルイ・ヴェールはSFP(フランス写真協会)に関わるアマチュア写真家として活動した。19世紀末から20世紀初頭のフランスでは、アマチュア写真運動が盛んで、街頭記録、旅行写真、科学写真など多様なジャンルにアマチュアが参入していた。ヴェールのパリ街頭写真は、この広い意味でのアマチュア文化の中で生まれた実践の一例として位置づけられる。SFPの教育資料『アマチュアの共和国』も、この時代のアマチュア写真運動の文脈を示している。*8

ミュゼ・バルベリーニの研究資料も、この時代のパリ街頭写真を「新しい芸術」の文脈で論じており、ヴェールのような記録者が何を意味していたかを理解するための参照点として機能している。ロジェ=ヴィオレ・ギャラリーのデータベースにはヴェールの行商人写真(1900年頃)が含まれており、国際的な写真アーカイブの中に位置づけられている。*21

主要作品とカルナヴァレ・コレクション——制度的認知と保存

ミュゼ・カルナヴァレのコレクションには、ヴェールの多数の作品が収蔵されている。《Étameur》(錫職人)、《Balayeuse, place de l'Hôtel de Ville》(市庁舎広場の清掃員)、《Portefaix》(荷運び人)、《Marchande de café》(コーヒー売り)、《Bateliers》(船頭)、《Vannier》(柳細工職人)、《Afficheur》(ビラ貼り職人)、《Chiffonnier》(くず拾い)などがある。*3

これらの作品は、ある職業が存在したという事実記録であると同時に、その職業人が日常の動作の中にある姿として捉えられており、記録と詩のあいだに位置する。スクアル・フォトグラフィーのアーカイブには花売りの写真(1900–1906年)が含まれており、別の角度からヴェールの主題の広がりを確認できる。また、ルーヴル堰との関係を示す「ボート貸し人」(loueur de bateaux)の写真もカルナヴァレ・コレクションに含まれる。*15

§ 03 / 03 批評と写真史上の位置

ルイ・ヴェールは、アジェほど写真史の主要な語りに組み込まれてこなかったが、アラン・フルキエによる研究書の刊行により、彼の仕事は体系的に整理されるようになった。フルキエのモノグラフはヴェールの活動を包括的に論じた唯一の学術的文献であり、一次的な参照点として機能している。*2

ムゼ・ドルセーがヴェールのデータを収録し、ICPが彼をアジェ、ジェニオーとともに展示したことで、1900年前後のパリ街頭記録という文脈においてヴェールの位置が確認されるようになった。ミュゼ・カルナヴァレへの収蔵は、彼の写真がパリの都市記憶遺産として制度的に認められていることを示している。*1

近年の写真史研究では、アジェのような孤高の作家像と対比しながら、ヴェールやジェニオーのような複数の実践者による記録の厚みとして20世紀初頭のパリを再構成しようとする方向が見られる。BnFのアジェ関連展示も、同時代の街頭記録者との比較においてこの時代を捉え直す文脈を提供している。*20

MITのデジタルオブジェクト管理システム(MIT DOME)にはヴェールを含む「ジェニオー、アジェ、ヴェール」展のカタログ記録が収録されており、ICPの展覧会がアカデミックなアーカイブに残されている証拠として機能している。また、ルーヴル美術館近くでボートを貸し出す「テュイルリー公園のボート貸し人」(loueur de bateaux aux Tuileries)の写真など、パリの公共空間の記録としての視点も確認できる。Wikimedia Commonsにもミュゼ・カルナヴァレ所蔵のヴェール写真のカテゴリーが設けられており、デジタル環境での資料へのアクセスが広がっている。*22

§ REL 関連する写真家・運動
関連する写真家
  • ポール・ジェニオー ― ICPの展覧会「ジェニオー、アジェ、ヴェール——プティ・メティエとパリジャンの類型」で三者が並置された。同じく街頭職業人を主題としながら、ジェニオーはブルターニュとの往来がある点でヴェールと対比される。
  • ウジェーヌ・アジェ ― 建築・街路・ショーウィンドウに注目した同時代の都市記録者で、ICP展覧会でヴェールと並置されたことで両者の方法論の差異が明確になった。
関連する運動
  • ドキュメンタリー ― ヴェールの街頭記録は、消えゆく都市的生業を記録した初期ドキュメンタリー写真の実践として位置づけられる。
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