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PHOTOGRAPHERS/EUGÈNE ATGET · ドキュメンタリー
EA
§ 055 — Photographer Index — ドキュメンタリー

ウジェーヌ・アジェ

Eugène Atget 1857–1927
Countryフランス Period1890–1920s Channel読む報道写真 · DOCUMENTARY
Abstract

ウジェーヌ・アジェは、画家や建築家に販売する「芸術家のための資料」として、旧パリの街路、店頭、庭園、都市周縁を約三十年にわたり撮影した。主題別に整理された写真群は都市の変化を記録する資料となり、死後にはシュルレアリスム、ドキュメンタリー写真、街路写真の文脈から評価された。

この写真家が変えたこと

アジェは、街路、中庭、商店、庭園、建築細部を主題別に撮影し、写真を一枚ごとの商品であると同時に、検索と比較が可能な都市資料として扱った。1920年の書簡では、自らの仕事を芸術的・記録的なコレクションと記し、その保存を求めている。実用、分類、保存を結びつけた写真群は、死後の写真家や美術館による評価の基盤となった。

Keywordsドキュメンタリー都市記録写真アーカイブ旧パリシュルレアリスムフランス
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04背景と時代

アジェは俳優として活動したのち、1888年頃に写真を始め、1890年には画家向けの植物、風景、物品の資料写真を制作し始めた。1897年からは当時のパリを系統的に撮影し、街路、教会、邸宅、中庭、階段、商店、行商人、室内、郊外の庭園へ対象を広げている。*8 制作目的は、看板、書簡、台帳、販売記録に具体的に残されている。1891年頃までに掲げた「Documents pour artistes」という看板は、写真を画家、建築家、工芸家へ参照資料として販売する仕事を示す。*23 メトロポリタン美術館によれば、八千点を超えるネガは「パリの室内」「パリの乗り物」「小さな職業」などの項目に整理された。*1 MoMA所蔵の手書き台帳《Répertoire》には、主題と撮影番号を管理した痕跡が残る。*22 同じ都市を先に撮影したシャルル・マルヴィルは、1862年以降、パリ市の公式写真家として、都市改造で失われる街路と新しい都市設備を行政の委嘱で記録した。*10 アジェの仕事は個人による商業活動として始まり、長期的な撮影、分類、公共機関への販売を通して旧パリのコレクションへ発展した。

§ 02 / 04表現の核心

分類と反復――資料を都市の系列へ置く

アジェの方法の基礎には、主題を分類し、似た対象を繰り返し撮影する作業がある。ゲッティ美術館所蔵のアルバム《Documents pour l’histoire du Vieux Paris》では、個々の写真が「旧パリの歴史」のための資料群としてまとめられている。*18 Paris Muséesは、扉のノッカーや街路を行く馬車を連続して撮る目録的な方法と、霧、光、反射に敏感な写真を、同じ仕事の内部に位置づけている。*4 中庭、階段、店頭を反復して撮影した写真からは、入口の幅、舗装、壁面、陳列、光の方向といった場所ごとの差異を比較できる。メトロポリタン美術館がアジェの写真群を、フランス文化の建築、景観、人工物を集めた視覚的な総覧と説明する背景には、この分類と反復がある。*1

「芸術家のための資料」から「旧パリのコレクション」へ

残された資料からは、資料写真の販売とコレクションの保存という二つの目的が確認できる。「芸術家のための資料」という看板、植物、風景、建築細部、主題別のアルバムは、写真を再利用可能な視覚資料として供給していたことを示す。*3 1920年11月12日に美術行政官ポール・レオンへ送った書簡で、アジェは二十年以上にわたり「自らの仕事と個人的な発意」によって、16世紀から19世紀までの都市建築に関する芸術的資料を集めてきたと説明し、完成した芸術的・記録的コレクションについて「旧パリのすべてを所有していると言える」と記した。*23 同じ書簡では、ネガのコレクションが価値を理解しない者の手に渡り、消失することへの懸念を述べ、公共機関による保存を求めている。*21 1920年に旧パリの芸術と建築に関するネガの一部をフランス政府へ売却した後も撮影を続け、保存研究では、商業上の制約から離れて自身の楽しみのために制作した時期として説明されている。*23 アジェ本人の実用的な目的と、死後に与えられた空虚、夢、近代性をめぐる評価は、異なる時点に属する。

光の変化と撮影時間

ICPは、アジェの写真の特徴として、早い時間帯の拡散した光と広い視野を挙げている。*2 ゲッティ美術館も、アジェが夜明けにパリを歩き、街路、店頭、建築装飾、階段、街頭の職業人を撮影したと説明している。*5 一方、MoMA所蔵作品の保存研究は、資料として細部を明瞭に示す必要があった時期には明るい日中も用い、後期には早朝や夕方の光を選ぶことが増えたとする。*23 写真には人通りの少ない街路が多いが、行商人、労働者、娼婦、見物人も撮影されている。人物が写る場合も、職業、場所、周囲の建築や路面を読み取れる形で記録された。18×24センチ判のガラス乾板と三脚を用いる撮影は、画面の範囲を定め、建築と都市の細部を同時に記録する手順と結びついていた。MoMAは、乾板と感光紙を密着させ、太陽光で焼き付ける工程を紹介している。*6

街路、中庭、階段――都市空間の連続

初期の《St. Étienne du Mont, rue de la Montagne Sainte Geneviève》では、坂道、建物の壁面、教会へ続く街路が一つの空間として記録されている。1898年の制作で、アルブミン印画であることがNGAの作品情報から確認できる。*16 1912年の《22 rue Quincampoix, cour》では、狭い入口から中庭の奥へ視線が通り、壁、戸口、石畳、生活用品が同じ画面に収められた。*13 正面から建物を捉えた写真と、路地や階段の奥行きを取り入れた写真が併存し、都市は建築物の一覧と移動空間の連続として記録されている。SFMOMAの所蔵一覧にも、教会、街路、運河、商店、橋、城館などが並び、対象が記念的建築から日常の仕事と都市周縁まで及ぶことを確認できる。*12

ショーウィンドウの反射とシュルレアリスム受容

1925年の《Magasin, Avenue des Gobelins》では、ショーウィンドウ内のマネキンと商品に、向かい側の建物、樹木、空が重なる。NGAの作品ページも、ガラス面に街路景観が反射していることを記録している。*15 反射によって店内と街路が一つの平面に現れ、商品陳列と都市景観が同時に写る。アジェはこれらを資料写真として制作したが、マン・レイとシュルレアリストは別の文脈から評価した。メトロポリタン美術館によれば、マン・レイの提案で1926年に『ラ・レヴォリュシオン・シュルレアリスト』へ掲載された写真は、人気のない街路やマネキンのいる店頭を通して、記憶と欲望が交差する「夢の首都」の像として受け止められた。*24 1912年の《Pendant l’éclipse》も掲載作の一つであり、日食を見上げる群衆を後方から捉えている。*14

庭園、霧、水面――後期の光

アジェの対象は街路に加え、サン=クルー、ソー、ヴェルサイユ、リュクサンブールなどの庭園へ広がった。ゲッティ美術館の《Parc de Saint-Cloud》を含む作品では、彫像、階段、水面、樹木が、歴史的庭園の構造と光の状態を伝えている。*19 MoMAは、第一次世界大戦後、とりわけ1925年春のソー公園で制作された写真群を、後期の重要なまとまりとして紹介している。*3 庭園写真では、建築や彫像の位置関係が明瞭に記録される一方、霧、逆光、水面の反射、枝の重なりも画面に残る。Paris Muséesは、目録的な撮影と、霧、光、反射への感受性をアジェの仕事の二つの側面として扱っている。*4

§ 03 / 04代表作・方法・媒体

《St. Étienne du Mont, rue de la Montagne Sainte Geneviève》

《St. Étienne du Mont, rue de la Montagne Sainte Geneviève》(1898)は、教会を単独の記念物として切り取らず、坂道と隣接する家屋を含む街路空間として記録した初期作である。NGAの作品記録には裏面の管理番号も記載され、個々のプリントが分類された資料群の一部であったことを確認できる。*16

《22 rue Quincampoix, cour》

《22 rue Quincampoix, cour》(1912)は、中庭へ続く狭い通路と、その奥に重なる戸口、壁面、石畳を一枚の画面に収めている。MoMAはこの作品をアボット=レヴィ・コレクションに由来するアルブミン印画として所蔵しており、作品ページには画像、制作年、技法、来歴が掲載されている。*13

《Magasin, Avenue des Gobelins》

《Magasin, Avenue des Gobelins》(1925)は、マネキン、商品、値札と街路の反射を同じ画面に記録した作品である。NGAの作品ページでは画像を拡大して、店内の陳列と反射した建物、樹木、空を確認できる。*15 ショーウィンドウを撮影した一連の作品は、のちにシュルレアリストがアジェを評価する主要な対象となった。*24

18×24センチ判、ガラス乾板、コンタクトプリント

アジェは18×24センチ判のガラス乾板と大判ビューカメラを用い、ネガと印画紙を密着させるコンタクトプリントを制作した。保存研究によれば、アルブミン紙、ゼラチン系の焼出し印画紙など複数の印画紙を使用し、洗浄、定着、調色を行っている。*23 MoMAは、1898年から1927年に少なくとも八千五百枚の写真が制作されたと説明している。*13 National Gallery of Artの作家ページでは多数の所蔵作品が公開され、作品ごとの制作年、技法、画像を比較できる。*11

§ 04 / 04批評と写真史上の位置

マン・レイとシュルレアリスム

1920年代、アジェの近隣で活動していたマン・レイを通して、シュルレアリストは旧パリの写真を知った。1926年には《Pendant l’éclipse》を含む複数の作品が『ラ・レヴォリュシオン・シュルレアリスト』へ作者名を示さず掲載された。*14 彼らが注目したのは、人気のない街路、マネキンのいる店頭、街路と商品が重なる反射である。メトロポリタン美術館は、これらが「夢の首都」としてのパリ、記憶と欲望が交差する都市迷宮の像として受け止められたと説明している。*24 マン・レイによる選択と掲載は、資料写真として流通していた作品をシュルレアリスムの文脈へ移す契機となった。

ウォーカー・エヴァンスとアメリカのヴァナキュラー

ウォーカー・エヴァンスとアジェの接点は、店頭、看板、手書き文字、日常的な物を正面から記録する方法にある。メトロポリタン美術館は、エヴァンスの《Votive Candles, New York City》に見られる商業看板と手書き看板への関心について、シュルレアリストが評価したアジェのショーウィンドウ写真の影響を指摘している。*25 同館は、エヴァンスが都市のありふれた事物を網羅的に記録し、アメリカのヴァナキュラーから新しい写真言語を形成したと説明する。アジェの店頭写真は、その初期の参照例の一つとして位置づけられている。

アンリ・カルティエ=ブレッソンと初期のパリ

アンリ・カルティエ=ブレッソン財団は、若いアンリ・カルティエ=ブレッソンが初期作品でアジェの模倣を試みたと紹介している。*8 財団の別資料では、アジェとシュルレアリストの影響を受けた初期を経て、1930年代以降のカルティエ=ブレッソンが、パリの街路で人が移動し、空間を占める様子へ関心を向けたと説明されている。*26 両者の関係は、同じパリを撮影したという共通点に加え、カルティエ=ブレッソン自身の初期制作にアジェの参照が確認できる点にある。

ベレニス・アボットと美術館による保存

ベレニス・アボットはマン・レイを介してアジェと出会い、1927年に肖像を撮影した。アジェの死後はジュリアン・レヴィーらと残存する作品とネガを取得し、四十年以上にわたり展覧会、出版、執筆を通じて紹介した。*7 メトロポリタン美術館所蔵の《Boutique, Marché aux Halles, Paris》は、1925年のネガからアボットが1929年頃にプリントした作品として登録されており、死後の保存と再プリントの一例を示す。*17 1968年にはMoMAが千四百十五枚のガラス乾板と約八千点のヴィンテージプリントを取得し、保存、分類、展覧会、研究を引き継いだ。*9 現在MoMAは約三千点の作品情報を公開している。*20 アジェの現在の評価は、本人が築いた実用的な都市コレクション、シュルレアリストによる選択、アボットによる保存と出版、美術館による収蔵と研究という複数の段階を経て成立した。

§ REL 関連する写真家・運動
関連する写真家
  • シャルル・マルヴィル ― パリ市の委嘱で都市改造前後を記録し、アジェに先行する都市資料を残した写真家。
  • マン・レイ ― アジェの店頭と無人の街路をシュルレアリスムの文脈へ導入した写真家。
  • ベレニス・アボット ― 死後の作品とネガを保存し、展覧会と出版を通じて評価を広めた写真家。
  • ウォーカー・エヴァンス ― アジェの店頭写真を参照し、アメリカの看板と都市の日常を記録した写真家。
  • アンリ・カルティエ=ブレッソン ― 初期にアジェを模倣し、パリの街路を継続して撮影した写真家。
関連する運動
  • ドキュメンタリー ― 都市の細部を分類し、長期に蓄積する記録の方法。
  • シュルレアリスム ― 無人の街路、マネキン、反射を夢と無意識の都市像として読んだ運動。
  • モダニズム ― アジェの細部、階調、反復を写真固有の形式として評価した批評的文脈。
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