オリーヴォ・バルビエリは、1970年代末の地方都市とピンボール機から、人工照明、中国の都市化、世界都市の空撮へ制作を展開した。客観的に写そうとした現実が幻想的に見えた経験から、写真を場所の記録であると同時に、見る尺度が作るイメージとして扱う。〈Viaggio in Italia〉、〈Artificial Illuminations〉、〈site specific_〉では、長時間露光、選択的焦点、空撮を使い、都市が広告、模型、観光、計画の像に近づく過程を示した。
バルビエリは、都市を上空から一望する写真へ、模型を接写したようなぼけを持ち込んだ。道路や建物は広い範囲まで写っているが、鮮明な場所は一部に限られ、どこが重要かをすぐには決められない。初期の〈Viaggio in Italia〉では名所中心のイタリア像から地方都市の日常へ向かい、夜景では人工照明が街の外観を作る時間を長時間露光へ重ねた。〈site specific_〉では空撮、ティルトとスイング、色彩調整を組み合わせ、都市を「全部見た」という感覚を崩した。この方法によって都市写真は、街の形を伝えるだけでなく、私たちが街をどの大きさと順番で理解しているかまで示すものになった。
本サイトでは作品画像を掲載していません。下記の公式アーカイブで作品をご覧ください。
目次 · Table of Contents
1970年代のモデナとボローニャ—日常のイメージへ向かう
バルビエリは1954年にカルピで生まれ、ボローニャで教育学を学びながら、1970年代前半に撮影を本格化した。1977〜78年の〈Flippers〉では、倉庫に残されたピンボール機を撮り、アメリカの大衆文化がイタリアの地方都市へ入る様子を、絵柄、金属、電球の反射から捉えた*23。同時期に知り合ったルイジ・ギッリは、ウジェーヌ・アジェ、アウグスト・ザンダーから、ウィリアム・エグルストン、スティーヴン・ショアまでを若い作家へ紹介していた*26。写真は名所を美しく再現する道具から、看板、商品、道路、郊外が日常の見え方をどう作るかを調べる媒体になった。1984年の〈Viaggio in Italia〉への参加は、その関心を地方都市と郊外の風景へ結びつけた*21。
記録しようとするほど、現実が奇妙に見える
バルビエリは、周囲の世界を客観的かつ無菌的に記述しようとした結果、写った世界が幻想的に見えたと振り返っている*26。カメラは建物や物の形を残す一方、人の目とは異なる色、縮尺、切断を生む。彼が関心の中心を「写真」より「イメージ」と表現するのは、同じ場所が写真、広告、映画、建築模型、観光ポスターによって別々の現実感を得る状況を扱うためだった*3。MAXXIの公開対話も、現実と仮想のあいだを長期的に扱ってきた作家として彼を紹介している*2。
人工照明と長時間露光—都市が夜ごとに作る外観
1980年代の〈Artificial Illuminations〉では、蛍光灯、白熱灯、自然光が混在する夜の場所を長時間露光で撮影した。フィルムは光源ごとの色温度を人の目とは違う色で記録する。バルビエリはそのずれを使い、ピンクの空、緑や青に発光する道路、窓の光が都市の輪郭を選び直す画面を作った*26。露光時間が長くなるほど、営業時間、住居の灯り、交通、電力の持続が一枚へ重なる。〈Ersatz Lights〉の紹介も、世界各地の異なる光源が都市を人工的な色の環境へ変える点を説明している*12。初期の夜景から後年の空撮までを通観した回顧展は、現実の場所が撮影条件によって別の像へ変わる関心の連続を示した*18。
地上から上空へ—都市の尺度を切り替える
〈site specific_〉は2004年に始まり、ローマ、モントリオール、ラスベガス、上海、ニューヨークなどへ展開した。MAXXIは、バルビエリが1990年代から選択的焦点を使い、2003年以後は世界40都市以上を上空から扱ったと整理している*25。本人は9・11後、脅かされる地上の身体から上空を飛ぶ側へ視点を反転させたと語った*11。ヘリコプターから見ると、道路、記念碑、人、車は同じ平面へ近づく。地上の身体感覚をいったん切ることで、都市を理解したという感覚が、どの距離と縮尺から生まれるかを検討できた。
ティルトシフト—一望できる画面で、局所しか見せない
ビューカメラのティルトとスイングは焦点面を傾け、画面の一部だけを鮮明にする*6。遠景の前後がぼけると、実在の都市は接写された模型のように見える*13。俯瞰写真は広い範囲を均等に示し、全体を把握できるという信頼を生みやすい。バルビエリはそこへ浅い焦点を持ち込み、一望する視線と局所しか読めない視線を衝突させた。色の変更や細部の整理も、通常の見方を解体し、現実と表象の関係を考えさせる操作として用いられる*8。鑑賞者は都市を広く見ながら、どの部分を手掛かりに読むかを決め続ける。
都市は自分自身のアバター—観光、模型、再開発
建築計画や再開発は、完成前から模型やCGで共有され、完成後も空撮映像、地図、広告で消費される。バルビエリは都市を「自分自身のアバター」と呼び、現実の場所がすでに代理像として働くことを示した*15。Arquitectura Vivaも、その仕事を知覚と現実解釈の研究として位置づけている*14。ラスベガス、上海、ローマ、万里の長城、ナイアガラの滝を同じプロジェクトへ含めたのは、訪問前から共有されるイメージと、現地の物理的な場所を比較するためだった。Apertureは〈site specific_〉を、世界各地の場所が視覚文化の中でどう変形されるかを追う試みとして説明する*7。テーマパークへの関心も、街全体が「見せるための装置」として作動する状況へ及んでいる*9。
《Site Specific: Las Vegas 05》—演出された都市をさらに模型化する
MoMA所蔵の《Site Specific: Las Vegas 05》(2005)は、ホテル、道路、駐車場、プール、人間を巨大な娯楽装置の部品として見せる*5。ラスベガスでは建築が別の都市や時代を模倣し、光と映像が外観を更新し続ける。選択的焦点は、その作られた現実をさらに模型のように見せ、都市そのものが演出と複製から成立していることを強調する。Apertureの解説が示すように、ローマとラスベガスではティルトシフトを用い、上海では都市の性質に応じて方法を変えている*7。
上海、ニューヨーク、ロンドン—都市ごとに焦点と高度を変える
〈site specific_〉では、都市ごとに方法が変わる。上海では高層建築と建設途中の地表、ニューヨークでは密集した街区と記念碑、ロンドンではオリンピック開発と既存インフラが、それぞれ異なる構造を作る。中国、インド、ロンドンの撮影を扱う対話は、急速に変化する都市と人間の尺度を考える仕事として紹介している*9。ロンドン展も「現代都市の形」を捉えることを目的に挙げる*19。焦点の範囲、撮影高度、色を都市ごとに変えることで、共通の視覚規格と各都市の差を同時に示した。
写真と映画、数千枚からの編集
各都市では数千枚を撮影し、最終的に十数点まで絞り込む。都市の構造をどの像へ圧縮するかという編集が、制作の中心を担う*11。SFMOMAとICPの所蔵・アーカイブは、静止画と映像が同じ〈site specific_〉の中で制作されたことを示す*4。写真では一つの配置が停止し、映画ではヘリコプターの移動と時間が残る。十年間の空撮をまとめた写真集は、都市ごとの差と、道路、群衆、建築に共通して現れるパターンを往復させる*16。
〈Viaggio in Italia〉から世界都市へ—風景像への問いの変化
空撮のミニチュア効果だけを見れば、バルビエリの初期作との連続は見えにくい。The Guardianが紹介した車、果物、郊外、夜景の写真にも、日常物が広告や舞台装置のように見える瞬間がある*17。〈Viaggio in Italia〉が共有した出発点は、絵葉書が固定した「美しいイタリア」から、郊外、幹線道路、地方都市の日常へ視線を向けることだった。MAXXIは、ルイジ・ギッリ、ガブリエレ・バジリコ、グイド・グイディを、それぞれ身近な風景、都市形態、ヴァナキュラーな場所の観察から説明している*25。バルビエリはこの課題を、人工照明、中国の建設、世界都市の空撮へ進め、場所を見る前から働くイメージの力を対象にした。中国での長期制作を扱う展覧会も、急速な建設と都市のイメージ化が並行する過程を主要な問題として示している*24。
グルスキーとの比較—情報の総体と焦点の断絶
アンドレアス・グルスキーも、俯瞰、大判カラー、都市や群衆を用いて、現代社会の構造を一画面へ集めた。The Metは、グルスキーが1990年代にプリントを壁面規模へ拡大し、工業、電子技術、自動化によって形づくられた都市景観や内部空間を扱ったと説明している*20。グルスキーの画面では広い範囲へ情報が配され、鑑賞者は細部を移動しながら全体のシステムを追う。バルビエリは鮮明な領域を局所へ限定し、大きなぼけを残すことで、画面のどこを読むべきかという根拠そのものを不安定にする。
模型化の批評—記録を保ちながら、尺度と中心を疑う
バルビエリの画面には、カメラの前にあった建物、道路、車、人の配置が残る。そこへ焦点面、撮影高度、色の操作が加わると、事実そのものと同時に、事実をどの大きさ、距離、重要度で理解するかが問題になる。本人との対話は、場所について複数の判断を促す色と視点の変換を伝えている*10。知覚の攪乱を扱う論考は、俯瞰が与えやすい支配感を、画面のどこを信頼するか判断し続ける経験へ変える点を論じる*13。MAXXIの回顧展は初期の地方都市、人工照明、絵画複製、中国、空撮を一つの探究として構成し*1、〈Spazi Altri〉も中国での三十年を通じ、選択的焦点が社会、経済、建築の急変を捉える中で形成されたことを示す*22。模型化は都市を玩具へ変える効果に留まらず、開発、観光、国家的記念、資本が作った中心を、一時的な配置として見直すために働く。
- アンドレアス・グルスキー ― 俯瞰と大判カラーで、グローバルな都市・消費・群衆を一枚の情報空間へ構成した。
- ベルント&ヒラ・ベッヒャー ― 建築を比較可能な類型へ変えた方法は、都市を構造として読む後続写真の基盤となった。
- トーマス・デマンド ― 現実を模型へ作り直してから撮影し、写真とモデルの関係を別方向から検証した。
- コンセプチュアルアート ― 「写真ではなくイメージに関心がある」という媒体への懐疑から、都市を光学的変換によって批評の対象とした。
- 大判カラー写真 ― 細部と壁面規模を保ちながら都市を展示空間へ持ち込む。