アンドレ・ケルテス(André Kertész)は、ストリート写真とドキュメンタリーを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、ストリート写真とドキュメンタリーを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。
アンドレ・ケルテス(André Kertész、1894–1985)はブダペスト生まれ。ハンガリーで撮影を始め、1920年代半ばにパリへ移住、1936年にニューヨークへ渡り後半生をアメリカで送った。
ケルテスの写真は、都市の日常のなかに潜む視覚的な偶然——光、影、反射、人と空間の一瞬の関係——を、静かな形式秩序として結晶させる試みだった。《風刺的ダンサー》(1926年)や《ムードン》(1928年)は、奇抜な演出を用いることなく、観察の精度と詩的な感受性によって場面を構成する。小型のライカカメラの採用は、路上での素早く目立たない撮影を可能にし、彼の視覚的感受性を技術的に支えた。パリ時代には『ヴュ』をはじめとするグラフ誌に写真を発表し、インターウォー期の国際的なアヴァンギャルドと印刷メディアの交差点で活動した*1。ニューヨーク移住後は商業誌の環境のなかで同じ視覚的知性が異なる制度的文脈に置かれることになった。彼の写真はスペクタクルに依存せず、日常の断片的な情景の中に潜在する視覚的対応関係を「発見」することで成立する。後の路上写真やポエティック・ドキュメンタリーの多くがケルテスの先例を参照したのは、記録と形式の均衡をこれほど繊細に保った写真家が少ないからだ*2。
ICPやMoMAはケルテスを、近代写真における感情的な抑制と形式的な精確さの両立を示した先駆者として位置づける。アメリカでの認知は遅れたが、1964年のMoMA個展以降に国際的評価が確立し、当時の記録にはすでに若い写真家たちが彼を重要な先人として挙げていたことが残っている*3。