アンドレ・ケルテス
ハンガリーからパリ、ニューヨークへと移動しながら、都市の日常と偶然の配置に私的な詩情を見いだした写真家。後のストリート写真や詩的ドキュメンタリーの形成に深く影響した作家と…
ストリート写真は、公共空間で起こる偶然の交差、人の身振り、看板、交通、匿名的な関係をとらえる写真実践である。都市のリズムの中でどこに身を置き、どの瞬間にシャッターを切り、見知らぬ他者との距離をどう保つかという倫理と方法が問われる。決定的瞬間やフォトジャーナリズムと重なりながらも、ニュース価値より都市経験そのものの複雑さを読むことに重心がある。
都市の匿名性と偶然が絶えず発生する路上を舞台に、視線と身振りの交差を写真形式へ引き受ける実践。単に街で撮れば成立するわけではなく、倫理と方法が問われる。
ストリート写真の核心は「路上で撮った」という事実ではなく、匿名の他者と偶然の出来事が絶えず交差する都市の経験そのものを写真の形式へ引き受けた点にある。
ストリート写真の源流は19世紀の都市記録にまでさかのぼれるが、現在イメージされる形が整うのは、小型カメラと感度の高いフィルムが普及してからである。ウォーカー・エヴァンズやカルティエ=ブレッソン、ウィノグランド、フリードランダー、森山大道らを並べると、同じ街路でも方法はかなり違う。正面性を保つ作家もいれば、ぶれや切断を積極的に使う作家もおり、ストリート写真は一つの様式ではなく、都市経験の異なる読解法である。*3
アジェの都市の痕跡、ヘレン・レヴィットの子どもたちの身振り、ウィリアム・クラインの攻撃的な近接、ウィノグランドやフリードランダーの過密なフレーム、森山大道のざらついた都市像は、同じ「街路」の写真でも目的がかなり違う。公共空間を偶然の劇場として読むのか、監視と消費の場として読むのかで、ストリート写真の倫理は大きく変わる。*6
この実践にはつねに監視や無断撮影の問題がつきまとう。撮る自由と撮られない権利の境界は時代と場所で異なる。現在では、無断撮影や男性中心的な視線の問題を抜きにストリート写真を称揚することは難しくなった。*7
それでもストリート写真は、写真が都市生活の無数の関係をどこまで掬い上げられるかを試し続けてきた。決定的瞬間、フォトジャーナリズム、プロヴォークと見比べると、街路をどう読むかの差が鮮明になる。*9
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