1939年生まれ。《俗神》(ゾクシン)《ヒロシマ 1945–1979》など都市・民俗・原爆後の日本を主題とした長期連作で知られる。日常の表面と国家的外傷の記憶を結びつける方法によって、戦後日本写真の重要な位置を占める写真家。
1939年生まれ。1970年代初頭の《アウティスティック・スペース》に始まり、都市の大衆文化・民俗・習俗を記録した連作群を展開した。1980年代以降は広島をめぐる長期プロジェクト《ヒロシマ 1945–1979》に取り組み、原爆後の生存者・遺物・街並みを丹念に記録した。東京都写真美術館は土田の作品について、自己表現と厳密なドキュメンタリーの間を往来するものとして位置づけている*1。
土田の写真の特徴は、ドキュメンタリーとしての明快さと強い連作的思考の組み合わせにある。各シリーズでは人々の衣装・公共の習俗・祭礼的な表示・日用品の表面といった素材に繰り返し注意が向けられる。《ヒロシマ》シリーズとその後継作では、対象が原爆と結びついた遺物・皮膚・建物・追悼の痕跡へと移り、「歴史は壮大な語りの中よりも、日常の物のなかに残存する」という認識が方法の基底をなす*2。
スミソニアン国立アジア美術館は土田の写真を、プロヴォーク後の日本の視覚文化における重要な証言として位置づけており、彼の仕事が1970年代の日本写真を支配した高コントラストの闘争的映像言語とは異なる方法論——より穏やかで類型的な観察と連作の論理——を選んだことを強調する*2。
《俗神》(ゾクシン)シリーズは日本各地の民間信仰・習俗・祭礼を収めた写真群であり、急速に近代化する社会のなかに残存する前近代的な習慣の痕跡を記録した。これらの写真は単純な民俗的資料ではなく、変容する社会の内部で持続するものと失われるものの境界に向けられた批評的な視線をもつ*3。
《ヒロシマ》シリーズが世界的に知られることで評価の軸が広島に集まることになったが、ZEN FOTO GALLERYをはじめとする最近の受容は、都市・大衆文化・民俗を扱った初期の連作群の重要性も等しく評価しており、土田の写真家としての全体像を広島一点での読解を超えて提示しようとしている*3。
東京都写真美術館・スミソニアン国立アジア美術館・ZEN FOTO GALLERYによる評価は共通して、土田が広島の長期プロジェクトを通じて戦後日本の外傷的な歴史を最も深く掘り下げた写真家のひとりだったことを示しつつ、都市・民俗・大衆文化を扱った広い連作群のなかに彼の仕事を位置づけている*1。