野町和嘉は、サハラ、ナイル、エチオピア、チベット、メッカを数年単位で取材し、地形、労働、巡礼、祈る身体をカラー写真に記録した写真家である。広告写真の明快な構成、1970年代に拡大した海外渡航とカラー国際誌、サハラで見た少年の礼拝、車と航空機による広域移動、同じ土地への再訪が、その形式を作った。『サハラ』『バハル』『チベット』『メッカ巡礼』を通して、事件の瞬間から離れ、流域と巡礼路の時間を報告した仕事と、異文化を「大地と祈り」の物語へまとめる問題を検討する。
野町は、フォトジャーナリズムの取材単位を事件から、砂漠、河川、巡礼路へ移した。航空写真と遠景で土地と人の移動を示し、接写で祈りや労働を担う個人を記録し、乾季と雨季、源流と河口、巡礼の出発と到着を数年分の写真集へ収めた。広告写真とカラー誌の伝達力を長期取材へ結びつけた一方、異なる宗教と社会を「祈りの原型」という共通項でまとめる構成には、歴史や政治の差を小さくする危険もある。
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目次 · Table of Contents
広告写真の構成力を、海外ドキュメンタリーへ持ち込む
野町和嘉は1946年に高知県に生まれ、写真家・杵島隆に学んだ後、1971年に独立した*1。独立前の仕事は広告写真であり、商品の主題を短時間で伝える構成、色面の整理、印刷で目を引く光を身につけた。Nippon.comは、野町が広告写真の明快なメッセージ性と鮮烈な色彩を、のちのドキュメンタリーへ意識的に生かしたと説明している*7。報道写真へ移った後も広告の技術を保持し、言語や歴史背景を共有しない海外の読者へ、地形、人物、儀礼の関係を一枚で伝えるために使った。
1972年のサハラ――地平線から、水と生活へ
転機は1972年、25歳で訪れたサハラ砂漠だった。野町は地平線への憧れから北アフリカへ渡り、砂と岩の風景を撮るうちに、水を探し、家畜を養い、移動する人々へ関心を移したと記している*3。地形への関心は無人の絶景から、水場、牧草、交易路、昼夜の温度差が生活を決める仕組みへ移った。人物を広い砂漠の中へ置く構図は、自然の大きさだけでなく、人がどの距離を歩き、どこで水と日陰を得るかを伝えるために必要になった。
少年の礼拝と「祈りの原型」という作業仮説
宗教への関心を決定的にしたのは、北アフリカで同行した16歳の少年の礼拝だった。野町は後年、冗談を言っていた少年が砂丘の向こうで立ち、屈み、跪き、額を地面へつける動作を繰り返す姿を記している*10。写真が直接記録できるのは信仰の内面ではなく、身体の向き、地面との接触、反復される動作、歩いた距離、群衆の流れである。この経験から、顔の肖像だけでなく、身体を取り囲む砂漠、高原、宗教建築、巡礼路を同じ作品へ入れる方法が生まれた。
野町は砂漠や高原を、個人が自分を超える尺度に直面する「宗教的空間」と捉え、チベットの五体投地を見た後には、イスラーム、キリスト教、仏教を横断する「祈りの原型」を探るようになった*8。2005年の「地球巡礼」展で野町は、効率と利便性を共通の価値とするグローバル化が各地を画一化する一方、自らの文化への帰属意識が宗教の復興として強まっていると記した*16。「祈りの原型」は身体動作の共通性を探すだけでなく、均質化が進む世界で、土地ごとの文化が何によって維持されるのかを考えるための取材上の枠組みだった。立つ、跪く、額を地面へつける、周回する、長距離を歩くといった身体行為を、サハラ、チベット、メッカ、ガンジス、アンデスへ連続させた。一方、この共通性は、各地の国家、民族、階級、宗教制度の違いを小さく扱う可能性も持つ。
1970年代の海外旅行とカラー誌が作った発表回路
野町の長期海外取材は、個人の意志だけで成立したわけではない。1970年代には日本から海外へ渡る費用と交通条件が改善し、旅行ブームと異文化への関心を背景に、『National Geographic』『GEO』などのカラー誌が国際的な読者を得た*7。1978年の『サハラ』は平凡社へ持ち込んだダミーブックから、イタリアのモンダドーリ社を含む共同企画へ進み、複数国で刊行された*7。カラー印刷と国際共同出版は、数百日の取材を職業として支える一方、複雑な地域を即座に理解できる強い一枚へ整理する圧力も与えた。
広域移動と長期滞在を組み合わせる
野町はサハラへ1993年まで10回、延べ800日以上戻った。1980年から1982年のナイル取材では、日本から運んだランドクルーザーと航空機を用い、白ナイルと青ナイルの流域を5回、約400日かけて移動した*7。短い旅行では珍しい風景が中心になり、一地点だけの滞在では、源流と河口、乾季と雨季、牧畜と農耕を結ぶ経路を扱えない。車と航空機で地形の全体を確認し、同じ土地へ戻って季節、祭礼、労働、家族の時間を撮る取材設計によって、地域を点の集合ではなく、移動と生活が続く流域として示した。
遠景と接写――地理の全体と、個人の身体
Luminous Landscapeは、野町の特徴として、広大な風景の中に人物を置く遠景と、顔や身体へ近づく接写の往復を挙げている*10。遠景では水場、牧草地、巡礼路、岩窟教会、カアバを周回する経路を確認できる。接写では疲労、年齢、手足、衣服、食事、家畜との距離が記録される。野町の写真集では、高所や航空機から撮った地形と群衆の写真に、地上で撮った個人の近景が続く。前者が移動経路と集団の構造を、後者がその経路を歩く身体を示す。
カラーと劇的な光――伝わりやすさが生む選別
野町のカラー写真は、砂、岩、水、衣服、宗教建築を強い輪郭と色面で整理する。白い巡礼衣、赤土、青い影、金色の砂、岩窟内の暗さは、気候、時刻、素材、儀礼上の役割を異なる言語圏の読者にも短時間で区別させる*7。その一方、日の出、砂丘の反射光、岩窟へ差す光は、撮影当時の生活を叙事詩的で記念碑的な場面へ整える。海外批評が野町をセバスチャン・サルガドやスティーブ・マッカリーと比較するのは、この強い伝達力による*10。道路、都市化、商品流通、政治制度より、地形、衣服、儀礼、光を中心に記憶させる選別も、同じ形式の中に含まれる。
『サハラ』――砂漠の景観から、移動する生活へ
『サハラ』は、砂と空の幾何学だけでなく、オアシス、遊牧、交易、採集、祈りを一つの地域の連作へ置いた。公式サイトの〈Sahara Horizon〉では、無人の鉱物的風景から、砂に結びついた人々の生活へ関心が移る過程を、野町自身の文章と作品で確認できる*3。地平線と小さな人物を組み合わせる構図は、移動と水の距離を示すと同時に、生活を「大地に耐える人間」という象徴へまとめる力も持つ。
『バハル』――ナイルを、国境を越える流域として撮る
『バハル アフリカが流れる』は1983年に刊行され、白ナイルと青ナイルの源流域から河口までを、民族、牧畜、宗教、地形の連続として構成した*2。川の全景、増水、牛、集落、儀礼、顔の近景を交互に置き、水系に接続する複数の国と生活を一冊へ収めた。同作と『サハラ悠遠』によって、野町は1984年に第3回土門拳賞を受賞した*1。一つの事件を追う報道とは異なり、河川そのものを取材の単位とした仕事である。
『チベット』――聖地までの高度、距離、五体投地
1988年からの中国「長征」取材はチベット高原へつながり、1994年に『チベット 天の大地』として刊行された*2。公式サイトの〈Tibetan Plateau〉では、カイラス山、マナサロワール湖、遊牧地、寺院、巡礼路が同じアルバムに並ぶ*4。高原の遠景は巡礼の距離を示し、擦り切れた衣服、手袋、額、地面の跡は、五体投地による移動が身体へ残した痕跡を示す。聖地を建築物だけでなく、高度、寒さ、歩行、宿泊を含む行程として撮った。
『メッカ巡礼』――許可、入信、群衆の全体像
1994年、野町はサウジアラビアの出版社からメディナ撮影を依頼され、同年にシャハーダを行ってイスラームへ入信した。Nippon.comは、聖地取材を可能にする条件と、サハラ以来のイスラームへの関心の両方を背景として記している*7。1995年から2000年にかけてメッカとメディナを取材し、タワーフ、アラファト、ミナー、ムズダリファへ続く巡礼の行程を、上空から見た群衆と地上の個人で記録した*6。公式〈Mecca〉では、カアバを周回する円環、礼拝、移動、休息を連続して確認できる*5。
英語版『Mecca, the Blessed, Medina, the Radiant』は、野町の写真にイスラーム思想家セイエド・ホセイン・ナスルの文章と歴史資料を組み合わせた*11。『A Photographer’s Pilgrimage』はサハラ、チベット、メッカ、アンデスを「祈りの道」として一冊にまとめた*12。写真と解説文の組み合わせは、宗教儀礼を建築、歴史、巡礼の順路から説明する一方、異なる信仰を一つの精神史へ統合する構成でもある。
『シベリア収容所1992』――祈りの外側にある国家と歴史
野町の仕事を祈りと巡礼だけでまとめると、報道写真家としてのもう一つの軸を落とす。1992年3月、ソビエト連邦崩壊直後の極東シベリアで、ハバロフスク近郊の矯正労働収容所を撮影した。日本写真家協会の展覧会資料は、国家の統制が緩んだ短い時期に、受刑者が労働力として使役される制度と、その内部で淡々と続く日常を記録した仕事として説明している*19。ここで広大な土地は宗教的な崇高さを示す背景ではなく、国家が人を隔離し管理した場所であり、人物の反復する生活は信仰より制度の時間を示す。このシリーズは、野町の長期取材と環境を含めた人物表現が、聖地だけでなく、政治体制と歴史の記録にも用いられたことを示している。
参加者になっても、撮影制度の外には出られない
メッカは非ムスリムの立ち入りが認められず、野町の撮影はサウジアラビア側の依頼、特別な許可、入信、複数回の巡礼参加を経て成立した。東京都写真美術館は、1995年から2000年の取材を、メッカと巡礼を長期に記録した仕事として位置づけている*6。入信によって儀礼の順路へ入れたが、それだけで撮影者が共同体の完全な内部者になったわけではない。撮影可能な場所、上空からの視点、公開できる場面は、宗教制度と国家の許可によって作られた。作品の特別な視点は、このアクセス条件と切り離せない。
長期記録が「変わらない伝統」を作る危険
変化の途中にある文化を、消滅前の純粋な姿として保存しようとする民族誌の構造は「救済のパラダイム」として批判されてきた*13。野町の画面で道路、国家機関、観光客、通信機器、都市の仕事が少なく、儀礼と自然環境が中心になると、撮影当時の人々は「古来から変わらない文化」の担い手として読まれやすい。2015年のFUJIFILM SQUARE展は、作品を「人と大地のドキュメント」と評価する一方、撮影地の生活環境と精神文化を「ほとんど変わらない」ものとして紹介した*15。この受容は、野町の写真が土地と生活を強く結びつける力と、変化する社会を永続的な伝統として読む危険の両方を示している。『National Geographic』自身も、過去の誌面が非西欧の人々を異国的で自然に近い存在として描き、人種、権力、政治を十分に扱わなかった歴史を認めている*14。野町の「祈りの原型」も、宗派や社会の異なる身体動作を一つの普遍性へまとめるため、各地の制度と歴史を後景へ退かせる場合がある。
ただし、野町の取材は単発の旅行ではない。サハラ、ナイル、エチオピア、チベットへ戻り、異なる季節と年代を撮った。2025年の世田谷美術館展は初期作と再訪作を並べ、政治的不安定化、都市化、携帯電話の普及などによって撮影地の生活が変わったことを展示の前提にしている*9。壮大な礼拝の像だけでなく、再訪によって記録された変化を読むことで、作品を「失われる伝統」の保存に限定せず評価できる。
事件から、流域と巡礼路へ――カラー・ドキュメンタリーの位置
野町が海外取材を始めた1970年代には、週刊『LIFE』の刊行終了と並行して、海外の土地と文化を大判カラーで紹介する『National Geographic』『GEO』などの月刊誌が力を持った*7。野町は写真が遠隔地の状況を伝える機能を保ちながら、戦争や政治事件の発生時刻を取材単位にはしなかった。砂漠を横断する生活、ナイルの流域、巡礼者の順路、季節ごとの祭礼を数年かけて撮影し、航空写真、遠景、接写を一冊に収めた。
野町の形式は、広告写真の構成力、海外渡航の拡大、カラー国際誌と共同出版、車と航空機による広域移動、数百日に及ぶ再訪、そして「祈りの原型」を地形と身体から探す本人の仮説から成立した。写真史上の特徴は、フォトジャーナリズムの伝達力を保ちながら、取材対象を事件から流域と巡礼路へ、撮影時間を瞬間から数年へ移したことにある。同時に、その明快な色彩と壮大な構図は、異なる社会を「大地と祈り」という普遍的な物語へ整理する。長期記録の強さと、国際誌的な異文化表象の限界を同じ作品の中で検討する必要がある。
国際的な受容では、野町の報道性と造形性が同時に評価されてきた。2013年から2014年にローマのMACRO/La Pelandaで開かれた「Le vie del sacro」は、約200点を7部に分けた初の西欧回顧展で、公式資料は人物と風景が融合する絵画的な構図と、現実的でありながら超越性を帯びる光を評価した*17。2014年には、日本写真協会が国際的な写真文化への功績を対象とする国際賞を野町へ授与している*20。この評価は、長期取材の実績とともに、強い色彩、地平線、群衆を一目で理解できる画面が、国境を越えて流通したことにも支えられている。
その後の回顧展は、野町を「聖地の写真家」だけで整理しない方向へ進んでいる。2023年の高知県立美術館展は、「人と大地のドキュメント」、世界遺産、〈シベリア収容所1992〉の三部で215点を構成し、宗教的空間と国家制度の内部を撮った仕事を同じ経歴の中に置いた*18。野町の形式を理解するには、祈る身体を大地の尺度へ置く写真と、収容所で制度に拘束された身体を記録する写真の両方を見る必要がある。広い地理と長い時間を一枚と写真集へ整理する方法は共通しているが、そこで示される力は、宗教、自然、国家によって異なる。
- ドキュメンタリー ― 再訪と写真集によって、土地、生活、宗教の時間を記録する方法。
- フォトジャーナリズム ― 国際誌と報道媒体を通じ、遠隔地の生活を広い読者へ伝えた発表回路。
- 野町和嘉公式サイト - Photo Albums
- Crevis - 野町和嘉写真展「聖地巡礼」
- FUJIFILM SQUARE - 野町和嘉プロフィール
- FUJIFILM SQUARE - From Beyond the Horizon
- 日本写真家協会 - 野町和嘉「祈り」QUEST VOL.2
- サライ.jp - 祈りと風土のあいだに立ち続けた写真家
- Tokyo Art Beat - Kazuyoshi Nomachi "Pilgrimage"
- 高知県立美術館 - 地平線の彼方から
- Klat - Kazuyoshi Nomachi: The Ways of the Sacred
- 世田谷美術館 - 展覧会プレスリリース
- SFMOMA - Distant Relations