石内都Miyako Ishiuchi

1947年群馬生まれ、横須賀育ち。1970年代から写真活動を始め、横須賀・身体の傷跡・女性の経験・衣服の残留物を通じて個人の痕跡と歴史的記憶を重ね合わせる写真を展開してきた。戦後日本写真において最も独自の系譜を作り上げた写真家のひとり。

基本情報
日本
生没年 1947–

経歴

1947年群馬県生まれ、横須賀育ち。写真を独学で習得し、1976年から写真活動を本格化させた。代表的な連作に、アメリカ海軍基地のある街・横須賀の日常を記録した《横須賀ストーリー》(1976〜77年)、身体の傷跡を接写した《1・9・4・7》(1990年)、晩年の母の遺品を撮影した《マザーズ》などがある。広島の被爆者の遺品を撮影した連作も制作し、記憶・身体・物質の痕跡をめぐる写真を継続的に発表している*1

表現解説

石内都の写真の特徴は、身体・衣服・建物の表面という直接触れることのできる痕跡に対するきわめて近い視線にある。皮膚・布・剥落した壁——これらの表面には、安定したアイデンティティとではなく痕跡との出会いとして、歴史が現れる。フレームはしばしば断片化されており、傷んだ表面・使われた布・古い建物の窓のなかに公的な歴史が潜在する*1

《横須賀ストーリー》は、アメリカ海軍の存在によって形成された港町の日常——基地周辺の路地、女性たちの身体、夜の街——を記録したシリーズである。占領期以来の歴史的記憶と現在の生活が重なるこの場所が、石内の写真的関心の出発点をなしている。《1・9・4・7》では、自らの生年に合わせたタイトルのもと、女性の身体の傷跡・静脈・手足を接写し、個人の身体を時間と傷の記録として提示した*1

石内の方法は公的な歴史記念とは逆の戦略をとる。大きな出来事や象徴的な場所ではなく、それに触れた身体や物——母の遺品の衣服、被爆者の所持品——を通じて歴史に接近する。テートとSFMOMAの評価は、この方法を単なる個人的な記憶の記録ではなく、公的な歴史と個人的な痕跡の境界を問い続ける実践として位置づけている*2

1970年代のプロヴォーク以後の日本写真の文脈において、石内の仕事は男性的な都市対抗性とは異なる道筋をたどった。身体・ジェンダー・親密な物質の残留物を写真の中心に置くことで、戦後日本写真が扱う主題の射程を大きく広げた*1

批評と受容

SFMOMAとテートは、石内を現代日本写真における最重要の写真家のひとりとして位置づけ、横須賀・身体の痕跡・物質的記憶に向けた仕事が、個人的経験と占領・戦争・ジェンダーという大きな歴史を平板にすることなく接続している点を評価している。後年の批評は主題だけでなく方法にも注目し、表面・親密性・残留物を写真の持続的な言語として確立したことが石内の仕事を戦後日本写真の独自の系譜として位置づける根拠となっている*2

石内都 写真集

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外部リンク

出典