1940年生まれ、2019年没。《風姿花伝》(1976年)を代表作とし、祭・街・日常の断面に潜む異質な時間と身振りを独自の白黒写真で記録した。プロヴォーク後の日本写真において、記録と幻想の境界を横断する独自の視覚言語を形成した写真家。
1940年生まれ、2019年没。舞台写真家として出発したのち、1970〜80年代の日本各地でフィールドワーク的な撮影を重ねた。1976年の写真集《風姿花伝》(Fushikaden)は祭・路上・地方の日常のなかに潜む非日常的な瞬間を収め、彼の中心的な仕事となった。以降も《凪の刻》などの連作を通じ、近代化する日本に残存する前近代的な身振り・仮面・祭礼的な空間を記録し続けた*1。
須田の写真の特徴は、コンパクトな白黒フレーミング、影と演劇的な身振りへの注目、そして日常の場面が不安定化する瞬間を隔離する傾向にある。《風姿花伝》に収められた多くの画面では、地方の祭礼・仮面・街頭の匿名的な出会いが、記録とも夢想ともとれる両義的な時間の中に浮かびあがる*3。
宮城野芳野ギャラリーが刊行した《Human Memory》の展覧会紹介文は「別の世界の裂け目」「日常の中の亀裂」という観点から須田の仕事を論じており、この言葉は彼の受容において繰り返し用いられてきた基本的な枠組みになっている*1。
プロヴォーク後の日本写真において、須田の仕事は荒々しい都市の闘争的映像言語とは異なる強度を選んだ。彼が一貫して向かったのは、路上の速度よりも地方の停滞、政治よりも民俗、社会批評よりも異質な身振りの持続だった。シャシャシャのインタビューで須田は釜ヶ崎での撮影について「急激な変化以前の日本、かつての日本からの繊細な感情を与えてくれる」と語っており*2、この言葉は彼がいかに写真を失われていく時間への感受性として機能させていたかを示している。
宮城野芳野ギャラリーの回顧展《Human Memory》と東京都写真美術館のコレクション収蔵は、須田を祭礼・街頭・地方の日常という特定の主題を超えた、戦後日本写真における独自の視覚言語の形成者として位置づけている。ドキュメンタリーの明確さと幻想的な両義性を一つのフレームに保持する能力が、彼を日本写真のなかで特異な存在にしてきた*1。