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PHOTOGRAPHERS/SHINZO FUKUHARA · 日本写真
SF
§ 065 — Photographer Index — 日本写真

福原信三

Shinzo Fukuhara 1883–1948
Country日本 Period1910–1920s Channel制度を作る写真 · PICTORIALISM
Abstract

資生堂初代社長として企業文化を形成しながら、写真芸術社の設立と資生堂ギャラリーの創設を通じて日本の写真芸術制度を整えた写真家・文化人。制度形成と表現の双方から日本近代写真を支えた。

この写真家が変えたこと

福原信三は、自身の芸術写真の制作だけでなく、写真芸術社の設立や資生堂ギャラリーの創設を通じて、日本に写真を芸術として受けとめる制度的な場を整えた。表現と制度の双方から関わったその活動は、日本近代写真が美術として流通する基盤を準備した点で位置づけられる。

Keywords 日本写真 ピクトリアリズム 日本
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 03 背景と時代

福原信三は1883年に東京に生まれ、資生堂創業者の子として欧米へ留学した後、父の後を継いで資生堂の経営に携わった。*1 欧米滞在中に写真と芸術の関係への関心を深め、帰国後は経営者としての立場と写真家・文化人としての活動を並行して進めた。*2 1921年には写真芸術の普及・研究を目的とした写真芸術社を組織し、写真を近代的な芸術文化として位置づける制度的な基盤づくりに取り組んだ。*3

1919年には資生堂ギャラリーを創設し、商業企業のスペースでありながら美術、デザイン、写真、広告を接続する文化的な空間として機能させた。*4 1923年には写真理論として重要な「光と其諧調」を発表し、光と調子に基づく写真の美学的理論を示した。グレイ・アート・ミュージアム(ニューヨーク大学)の資料はこれらの活動を整理した重要な参照点である。*5 1948年に没した。*6

§ 02 / 03 表現の核心

写真制度の形成者として

福原信三の表現を考えるとき、写真作品の柔らかな調子だけでなく、制度形成者としての役割を同時に扱う必要がある。*7 彼は欧米滞在と資生堂の企業文化を背景に、写真を単なる記録や趣味から、近代的な美意識を担う媒体へ押し上げようとした。ここでいう芸術写真はピクトリアリズムの模倣にとどまらず、光、調子、印刷、展示空間、雑誌文化を含む総合的な視覚文化の構想である。資生堂ギャラリーの100周年に関連した展示は、福原を企業経営を超えた社会創造的な芸術家として再検討している。*8

福原の重要性は、作家個人の画面だけではなく、写真を受け取る制度を作った点にある。資生堂ギャラリーは商業企業の場でありながら、近代日本の文化装置として美術、デザイン、写真、広告を接続した。写真芸術社の活動や理論的文章は、野島康三中山岩太安井仲治らが活動するための環境とも接続する。*9

光の美学と「光と其諧調」

1923年に発表された「光と其諧調」は、写真における光と調子の関係を理論的に探求した文章であり、日本の写真理論の形成に重要な位置を占める。*10 福原の作品における柔らかな光と淡い調子は、単なる個人的な好みではなく、近代都市の消費文化と芸術写真の間で生まれた美学として読むことができる。資生堂プレスリリースのPDFは、この理論と作品の関係を整理した資料として参照できる。*11

Art Platform Japanの福原信三ページは、日本の芸術制度における彼の位置づけを確認できるデータベースとして機能している。*12 ToMuCo(東京国立近代美術館コレクション連携データベース)にも福原の関連作品が登録されている。*13

資生堂ギャラリーと企業文化の接続

資生堂ギャラリーの創設は、商業企業が文化的な場を作るという近代日本固有のモデルを示している。*14 化粧品・香料というビジネスと、光・美・芸術という価値観の接続は、資生堂のブランドアイデンティティを形成するとともに、日本の近代視覚文化に商業と芸術が共存するという文化的な土台を作った。フランス語圏の資料である日本写真協会に関するフランス語Wikipediaの書誌情報ルートは、日本近代写真の国際的な参照可能性を示している。*15

§ 03 / 03 批評と写真史上の位置

資生堂ギャラリーの展示と研究資料は福原信三の再評価の主要な場であり続けている。*16 CiNii Researchには多数の研究論文がある。*17 NDLサーチには関連書誌資料が充実している。*18 英国博物館やICP Libraryでも断片的な資料参照が可能である。*19 Art Platform Japanのデータベースは、日本の芸術制度における彼の地位を確認できる。写真史上は、作品評価と制度史を分けず、写真文化を支える場を作ったこと自体を批評的意義として書くと彼の固有性が見えやすい。*20 企業、ギャラリー、出版、写真理論という複数の回路で同時に働いたという点で、福原の事例は日本近代の文化制度史においても個人と組織の関係を考えるための重要な参照点である。

§ REL 関連する写真家・運動
関連する写真家
  • 野島康三 ― 写真芸術社の活動を通じて接続し、日本の写真芸術制度の形成期を共に担った。
  • 中山岩太 ― 福原が整備した写真芸術の環境と接続しながら、阪神間モダニズムの文脈で写真実験を展開した。
  • 安井仲治 ― 福原の写真芸術制度が支えた関西写真文化の中で独自の実験を展開した。
  • アルフレッド・スティーグリッツ ― 野島との比較でも言及されるように、日米で同時期に写真の芸術化を推進した作家として対照される。
関連する運動
  • ピクトリアリズム ― 欧米滞在を経て日本に写真芸術の概念を持ち込んだ福原の活動は、日本ピクトリアリズムの制度的基盤の形成と重なる。
  • モダニズム ― 資生堂ギャラリーを通じて美術・デザイン・写真・広告を接続した福原の活動は、日本近代の商業と芸術を結ぶモダニズム的な実践として位置づけられる。
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