ピクトリアリズム

ピクトリアリズムは、写真史の流れを考えるうえで重要な表現のひとつです。写真を絵画に近づけ、芸術的表現として位置づけようとした19世紀末〜20世紀初頭の運動。このページでは、関係する写真家や時代の流れをたどります。

基本情報
表現ピクトリアリズム
写真家数10

この表現について

写真を絵画に近づけ、芸術的表現として位置づけようとした19世紀末〜20世紀初頭の運動。

写真家一覧

🇬🇧GB1802-1870
デイヴィッド・オクタヴィアス・ヒル
David Octavius Hill
カロタイプ
カロタイプピクトリアリズム+1

デイヴィッド・オクタヴィアス・ヒルは1802年にスコットランドのパースに生まれた風景画家・版画家で、王立スコットランド・アカデミーの創立メンバーかつ書記を長年務めた。

詳細を読む
🇬🇧GB1815–1879
ジュリア・マーガレット・キャメロン
Julia Margaret Cameron
ピクトリアリズム
ピクトリアリズムポートレート

キャメロンは1815年にカルカッタで生まれ、詩人テニスン・科学者ハーシェルらと親交を持つヴィクトリア朝のインテリゲンチャの中にいた。1863年、娘からカメラを贈られた時、彼女は48歳だった。

詳細を読む
🇺🇸US1852–1934
ガートルード・ケーゼビア
Gertrude Käsebier
ピクトリアリズム
ピクトリアリズム写真分離派+1

ケーゼビアが「人物写真とは伝記であれ——被写体の本質的な気質・魂・人間性を一枚の写真に引き出す」を信念としたのは、当時のニューヨーク商業写真スタジオが「技術的正確さ」の競争に終始していたからである。

詳細を読む
🇬🇧GB1853-1943
フレデリック・H・エヴァンズ
Frederick H. Evans
ストレート写真
ストレート写真建築写真+1

フレデリック・H・エヴァンズは1853年にロンドンに生まれた。

詳細を読む
🇫🇷FR1859–1936
ロベール・ドマシー
Robert Demachy
ピクトリアリズム
ピクトリアリズム

ドマシーの芸術写真論の核心は「自然はしばしば美しいが、そのままでは決して芸術的ではない。芸術作品には芸術家の介入が不可欠であり、ストレート写真はテーマを記録するだけだ」という立場にあった。

詳細を読む
🇺🇸US1864–1946
アルフレッド・スティーグリッツ
Alfred Stieglitz
近代写真
ピクトリアリズム写真分離派+2

291ギャラリーと写真誌『カメラ・ワーク』を主宰し、写真を絵画と並ぶ芸術として美術館に送り込んだアメリカ近代写真の中核。「エクイヴァレンツ」では被写体ではなく形式そのものが内面を語ると主張し、抽象写真の理論的基盤を築いた。

詳細を読む
🇱🇺 🇺🇸LU / US1879–1973
エドワード・スタイケン
Edward Steichen
ピクトリアリズム
ピクトリアリズム写真分離派+1

スタイケンがピクトリアリズムに向かった出発点は、写真が絵画と同等の芸術的地位を得るためには「絵画のように見える」ことが最も有効な戦略だという判断だった。

詳細を読む
🇯🇵JP1883–1948
福原信三
Shinzo Fukuhara
日本写真
日本写真ピクトリアリズム

福原信三(1883–1948)は東京生まれ。資生堂二代目社長として企業経営を担いながら、写真を芸術として位置づけるための制度的基盤の整備に尽力した写真家・文化組織者である。

詳細を読む
🇯🇵JP1889–1964
野島康三
Yasuzo Nojima
日本写真
日本写真ピクトリアリズム+1

野島康三(1889–1964)は埼玉生まれ。写真家・スタジオ経営者・展覧会主催者として活動し、絵画的写真からより近代的な写真表現への移行期において、日本の写真史上重要な役割を果たした。

詳細を読む
🇯🇵JP1903–1942
安井仲治
Nakaji Yasui
日本写真
日本写真ピクトリアリズム+1

安井仲治(1903–1942)は大阪生まれ。関西の写真文化と密接に結びつきながら、短い生涯の中で戦前日本写真史に最も重要な軌跡のひとつを残した写真家として、没後に高い評価を得ている。

詳細を読む