ルイス・ボルツは、《The New Industrial Parks near Irvine, California》や《Park City》で、南カリフォルニアの工業団地、造成地、無名の壁面を反復と配置の問題へ変えた写真家。急速な郊外化と、写真界にあった「撮る価値のある主題」の序列を背景に、一枚の名作より作品群の構造を重視した。工業団地から監視・研究施設へ進んだ制作を通して、建築の表面が制度や権力をどこまで見せ、どこから隠すのかを読む。
ボルツは、作品群全体を制作の単位にした。同型の壁、扉、駐車場、造成面を比較できる状態で並べることで、一つの建物を越えて広がる都市開発の仕組みを示した。写真の反復、数、配置、ページと展示空間を制作へ組み込み、風景写真を土地の眺めから、企業建築、情報、監視を支える制度の分析へ広げた。
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ルイス・ボルツは、戦後の住宅開発と技術産業が急速に広がった南カリフォルニアで育った。2009年のスミソニアンのオーラル・ヒストリーでは、少年期にラグナ・ビーチの写真家ウィリアム・カレントから写真、美術、思想を学び、エドワード・ウェストンを芸術家の生き方のモデルとして見ていた経緯を語っている*1。彼の日常を占めたのは、ショッピングセンター、道路、駐車場、住宅地だった。この環境と、ヨセミテや著名人を上位に置く写真界の「主題の階層」との隔たりから、商業建築、消された看板、街路設備を同時代の風景として扱う姿勢が生まれた*1。
サンフランシスコ・アート・インスティテュートで制作した《Prototypes》は、感情的な身振りや典型的な写真主題を期待した教師や学生から強い反発を受けた。ボルツは写真界の閉鎖的な文化から距離を取り、アンディ・ウォーホル、ドナルド・ジャッド、ヨーゼフ・アルバース、ジョン・コプランズらが進めていた反復と系列の問題へ接近した*1。1975年の「New Topographics」は、互いをほとんど知らなかった作家たちを後から一つの名称で結んだ展覧会であり、ボルツは自らの方法をその運動名から組み立てたわけではなかった*1。1980年代末には、建設中の建物について新しく言えることを使い切ったと判断し、外壁の背後で作動する情報、監視、技術へ問いを移した。その問いに応じて、カラー、大型プリント、複数パネル、映像が制作に加わった*1。
《Prototypes》——無名の壁面
《Prototypes》の主題選択は、写真にふさわしい場所を決めていた当時の価値序列への応答だった。壁面、入口、窓、標識、車体は、用途を説明する全景から切り出され、画面とほぼ平行な浅い空間へ置かれる。ボルツはこの空間を浅い浮彫りに近いものと説明している*1。無人の画面には鑑賞者が自分を投影でき、人工環境には姿を消した人間の行為が痕跡として残るとも語った*1。《Santa Cruz 1970B》では、古い車、白い壁、暗い壁面が近い強度で並ぶ。設計、所有、使用の痕跡だけから空間を読む構成である。
《The New Industrial Parks》——51枚のグリッド
《The New Industrial Parks near Irvine, California》の51枚は、工業団地を反復する仕組みとして示すために選ばれた。ボルツは、作品群全体を一つの制作単位として考えていた*1。この発想には、ウォーホルやジャッドらによる系列的な作品の経験が関わっている。Canadian Centre for Architectureでの三段グリッドは、似た外壁、扉、植栽、駐車場を同時に比較させ、わずかな差と圧倒的な均質性を知覚させる*4。反復と比較の構造が、土地の場所性を薄めながら同型の建築を増殖させる開発の論理を可視化した。
「中立的」な写真と建築の表面
ボルツは、抑制された画面を通して、客観性がどのように作られるかを探った。制作初期には、陰影と細部を十分に見せながら、プリントの技巧が前面に出ない「普通の窓」のような記述を目指していた*1。後年には、その中立性を一つの修辞として捉え直した。アラン・セクーラから、工場の外観だけでは壁の内側の不平等な社会関係を示せないと批判された際も、その限界を認め、写真が社会の全体へ届かない不透明さ自体に関心があったと振り返っている*1。労働者、商品、資本の流れを遮る外壁は、《Industrial Parks》に欠けた情報であると同時に、企業活動が公共空間へ差し出す無表情な表面でもあった。
《Park City》——開発の時間
《Park City》は、ユタ州の旧鉱山地域がスキー・リゾートと住宅地へ変わる過程を102点で構成した一作品である*7。造成面、道路、建設途中の家、完成した住宅、放置された資材が、完成前と完成後、自然と人工物、使用と廃棄を何度も交差させる。土地の変化は、少しずつ置換が進む不動産化の時間として現れる。多数の視点は、開発の規模を個々の建物の背後まで広げ、鑑賞者に写真同士の関係を追わせるために必要だった。
《Candlestick Point》——地表とカラー
《Candlestick Point》は、サンフランシスコの埋立地が州立レクリエーション区域へ転用される過程を扱う。84点のうち12点にカラーを用い、土、草、水、錆、プラスチック、廃材が混在する地表を記録した*9。色は、異なる物質の堆積と、行政が作る「自然」の成り立ちを区別するために働く。ボルツは、問いが変われば方法も変わるという考えを制作更新の手掛かりにしたと振り返っている*1。初期の白黒正面写真からカラーへ進んだ変化は、対象を記述する条件の組み替えだった。
《Sites of Technology》——管理空間の内部
《Sites of Technology》では、撮影場所が工業団地の外観から、原子力施設、研究所、通信設備、監視室の内部へ移る。配管、冷却槽、制御盤、モニターが活動の存在を示す一方、技術の目的や権限を持つ主体は画面の外に留まる。《Cooling tank, nuclear power plant, Gravelines, France》の大型カラーは、管理と安全のために整序された空間を、臨床的な光と細部によって記録する*12。NGAが《Prototypes》と監視施設を扱う《Ronde de Nuit》を併置した展示は、匿名的な商業建築から、情報と人間の行動を制御する環境へ続く関心を示した*6。
《The New Industrial Parks near Irvine, California》1974年
《The New Industrial Parks》は、アーヴァイン周辺の新しい工業団地を51枚の白黒写真で構成した。CCAの展示では三段のグリッドとして提示され、閉じた正面、建物の角、駐車場、植栽が比較できる距離に置かれた*4。作品名は具体的な地域を示すが、各写真から企業活動の内容はほとんど読み取れない。具体的な地域名と匿名的な画面の組み合わせが、土地、建築、企業活動を均質化する工業団地の共通形式を示す。
《Park City》——系列としての開発
《Park City》は、開発中の山地を、造成面、住宅、道路、資材、遠景へ分解した大規模な連作である。Whitney Museumの所蔵記録は102点のゼラチン・シルバー・プリントを一作品として扱っており、系列と編集が作品の単位になったことを確認できる*7。各写真の視点をつなぐことで、土地が少しずつ別の形へ置換される過程が残された。
《Candlestick Point》と《Sites of Technology》
《Candlestick Point》は、埋立地という外部空間で白黒とカラーを混在させ、《Sites of Technology》は大型カラーによって高技術施設の内部へ進んだ。Gettyのプロジェクト資料は、この移行を初期の単写真から後期の映像・インスタレーションを含む仕事までの連続として整理している*10。外壁と施設内部という外観の差を越えて、どちらの連作も人間の行為を可能にする空間の構造へ焦点を合わせている。
作品群、グリッド、書物
ボルツは、撮影された一枚のネガより大きな単位で完成作を考えた。小型プリントを近接して置くグリッドは外壁や地表の差異を同時に比較させ、書物はページを進む時間の中で、同型の空間が繰り返される感覚を作る。《Prototypes》制作時から「作品群全体」を単位にしていたという本人の説明は、展示と出版が方法の中核にあったことを示す*1。NGAの《Prototypes/Ronde de Nuit》展は、83点の小型白黒写真と12面の大型カラー作品を対置し、対象となる制度の規模に応じて、写真の数、寸法、色、配置が選ばれたことを示した*6。
配置がつくるコンセプチュアル写真
ボルツの仕事は、写真の意味が一枚の内部だけで完結するという前提を崩し、反復、数、配置、比較、展示空間を制作の中心へ置いた。David Campanyとの対話では、ボルツの制作を貫く問題として、見えるものと知りうるものの緊張、意味を伝えない建築の表面、ページと壁の双方への関心が語られている*15。無表情な外壁は情報の欠落そのものを可視化し、見ることと知ることの断絶を主題にした。さらに、風景を不動産、企業建築、監視、研究施設が作る制度的空間として扱い、「客観的」に見えるドキュメンタリー様式を鑑賞者の比較行為へ開いた*1。NGAが初期作品をジャッドやリチャード・セラと並べ、後期の監視空間まで同じ問題系として示したことも、ミニマリズム、コンセプチュアル・アート、インスタレーションとの接続を裏づける*6。
ロバート・アダムス、スティーヴン・ショアとの違い
同じニュー・トポグラフィックスに置かれるロバート・アダムスは、開発による損失と土地に残る光を同じ写真に置き、倫理的な風景の問題を前面に出した。スティーヴン・ショアは、道路、食事、モーテル、交差点をカラーで撮り、日常の移動経験と写真の記述力を結びつけた。ボルツは工業建築や造成地を反復し、場所を支える企業、制度、技術の無名性へ近づいた。同じ「人が変えた土地」から、アダムスは倫理、ショアは日常経験、ボルツはシステムという異なる問題を引き出した。
風景写真から現代美術へ
初期の白黒作品と後期のカラー作品をつなぐ中心問題は、現代の環境がどのような仕組みによって設計され、使用され、管理されるかという問いにある。Getty Research Instituteが1967年から2013年までの制作資料を取得し、NGAが《Prototypes》と《Ronde de Nuit》を同時展示したことで、工業団地の外壁から監視と情報の空間へ向かう変化を、問いの更新として検討できるようになった*9。LE BALの研究基金も、ボルツの制作を厳密な形式と社会・政治的問題を結ぶ実践として位置づけている*14。写真の数、配置、尺度、可視性の限界を操作し、空間を作る制度そのものを考える方法を風景写真へ持ち込んだことが、現代美術における持続的な影響の基盤になった。
- ロバート・アダムス ― 開発された西部を、環境的な損失と残る光の両方から捉えたニュー・トポグラフィックスの同時代作家
- スティーヴン・ショア ― 人工風景をカラーと移動の経験から記述し、ボルツとは別の経路で日常的な土地を写真の中心に置いた
- ウォーカー・エヴァンズ ― 看板、建築、匿名的なアメリカの表面を正面から記述した先行例として比較できる
- ニュー・トポグラフィックス ― 1975年展を起点に、人が変えた土地を記述的に扱った写真の文脈
- コンセプチュアルアート ― 反復、系列、展示構造を通じて、写真を情報と制度の問題へ接続する文脈
- タイポロジー写真 ― 類似する対象を反復して比較させる方法との接点