複数カメラによる連続撮影で運動の時間構造を可視化し、ズープラクシスコープで動きとして再投影した写真家。University of Pennsylvaniaとの共同研究、講演実演、ヨセミテの景観写真も含む実践は、写真・科学・映像技術の交差点に立つ。
複数カメラを等間隔に配置して電気シャッターと連動させ、運動を時間軸上に展開した静止像の系列として記録する方法を実用化した。単一の瞬間を切り取る従来の写真とは異なり、この連続撮影によって時間の構造そのものが視覚的に問われることになった。ズープラクシスコープによる再投影は、静止写真を動きとして経験させることで、写真と映像の分岐点を形成する実践的な一歩を踏み出した。さらにUniversity of Pennsylvaniaとの大規模共同研究は、写真を科学・医学・芸術教育の横断的なアーカイブとして位置づける先例となった。
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エドワード・マイブリッジは1830年にイングランドのキングストン・アポン・テムズに生まれ、1850年代にアメリカ西海岸へ渡った。*1 カリフォルニアで書籍商・出版業を営んだのち写真に転じ、ヨセミテ渓谷の大判景観写真で評価を得た。*2 1872年、実業家リーランド・スタンフォードの依頼を受けて馬の疾走写真に取り組み始め、1878年のサクラメント・バレー実験で複数カメラによる連続撮影に成功した。*3 この成果を基盤に1884年からUniversity of Pennsylvaniaの後援のもとで動物・人体運動の大規模研究プロジェクトを開始し、1887年に全11巻の《Animal Locomotion》を出版した。*4 晩年はイングランドに帰国し、1904年にキングストンで没した。University of Pennsylvaniaの展示資料はこの研究の全体像を伝えており、写真・文書・書簡を含む大規模なコレクションが保存されている。*5
複数カメラが分解した時間
マイブリッジの運動写真が歴史的に重要なのは、馬が四脚を地面から離す瞬間を証明したからだけではない。複数台のカメラを等間隔に並べ、糸とシャッターを連動させて一定時間ごとに切るという方法は、運動を時間軸に沿った一連の静止像として記録する新たな視覚装置を生み出した。*6 Library of Congressは「人間の眼では捉えられない動きをカメラ群が可視化した」と評し、この手法を写真の可能性の拡張として位置づけている。*7 ここで重要なのは、単一の瞬間を切り取る従来の写真と異なり、系列としての写真が時間の構造を可視化するという転換が生じた点である。この差異は、単一乾板に複数露光を重ねたエティエンヌ=ジュール・マレーと比較すると明確になる。*8 マレーが時間の流れを一枚の画像に解析的に凝縮したのに対し、マイブリッジは時間を複数フレームへと展開し、視線に順序として経験させた。どちらも「見えない運動」を写真化したが、その方法論は対照的であり、後の映画と静止写真の分岐を予告している。*9
University of PennsylvaniaとAnimal Locomotion
1884年以降の研究は、個人の探究を超えて大学という制度に組み込まれた集団的プロジェクトへと発展した。University of Pennsylvaniaアーカイブには、この研究の記録が写真・文書・書簡として大量に保存されており、《Animal Locomotion》が芸術作品であると同時に計測・分類・教育のための資料集であったことを示している。*10 Penn Librariesはこのコレクションを「マイブリッジ研究の中心的な資料群」として位置づけ、科学と芸術の境界を横断する実践として紹介している。*11 全11巻に収録された781枚の図版には、歩行・走行・跳躍・投擲など、ほぼすべての身体的動作が含まれ、それぞれが定規と格子を背景に撮影されている。*12 この計測的フレームは、身体を医学・解剖・スポーツ科学・芸術教育の複合領域に開く視覚装置であった。Penn Todayの特集は、この研究が当時の科学者や芸術家たちとの緊密な交流のもとで進められたことを伝えている。*13 PhotoAnthologyは、《Animal Locomotion》が後続の写真家、科学者、アーティストたちに与えた参照的な影響の大きさを指摘している。*14
ズープラクシスコープと「見せる技術」
マイブリッジの実践は連続写真の制作だけにとどまらなかった。彼は1879年頃にズープラクシスコープを開発し、連続写真をガラス円盤に描き移して光学的に再投影することで、止まった像を動きとして見せることに成功した。*15 キングストン・ミュージアムに現存するズープラクシスコープ原器と70枚のガラス円盤は、「初期の動画投影の先駆的作業の証」として公式に位置づけられている。*16 彼は欧米各地で講演を行い、連続写真と投影実演を組み合わせることで、写真・科学・見せ物の三領域をまたぐ文化的実践者として活動した。University of Pennsylvaniaに関わる文書類がSmithsonian Archives of American Artにも収蔵されていることは、この実践の複数機関にまたがる広がりを示している。*17 Smithsonian National Museum of American Historyが所蔵する《Animal Locomotion》の図版は、連続写真が科学記録を超えて美術館コレクションに定着した水準の作品として受け継がれてきたことを示す。*18 またヨセミテの景観写真も彼の実践の重要な一翼を担っており、SFMOMAが所蔵する作品はその系譜を示す。*19
《Animal Locomotion》の各図版はシアトル美術館をはじめ北米の主要美術館に所蔵され、写真史と美術館コレクションの両方に定着している。*20 National Gallery of Artのアーティスト・ページも、彼の写真が写真史の標準的参照点として機能していることを示す。*21 身体を格子の前に立たせて分解・計測する方法は、今日では身体を管理・規格化する近代的視線の問題として批評的に読まれることが多く、NYU特別コレクションに収蔵されたアーカイブはこの研究をめぐる多領域的な学術関心を示している。*22 FUJIFILMスクエアの展示は、日本での受容を含む国際的な再評価の文脈を伝えている。*23 Library of Congressが所蔵する《Animal Locomotion》の版本記録は、この出版物が科学・芸術・技術の境界を横断する複合的アーカイブとして受け継がれていることを示す。*24 デトロイト美術館も個別図版を所蔵しており、各美術館コレクションへの広がりを示している。*25
- エティエンヌ=ジュール・マレー ― 同じく運動の不可視性を写真で問いに付した生理学者で、単一乾板に時間を凝縮するクロノフォトグラフィーはマイブリッジの複数カメラ方式と対照的な方法論として写真史の重要な対比軸を形成する。
- ナダール ― 同時代のフランスを代表する写真家で、肖像写真と科学・技術(気球空撮)の交差という近代写真の複合的な役割を同時期に展開した点で、マイブリッジの科学と写真の接続と並行する。
- ジェイコブ・リース ― フラッシュという新技術を応用して見えない現実を写真で可視化した点が、マイブリッジが複数カメラで見えない運動を可視化した実験的態度と通じる。
運動分解と映画前史を一気に見渡せる定番。