エドワード・マイブリッジ
疾走する馬の連続写真で運動分析に革命をもたらした写真家。ゾープラキスコープの発展を経て映画誕生の直接的な礎となった。
乾板写真の発明によって写真が「現場で準備不要な記録」へ変わり、1888年コダックカメラが大衆に開いた時代。都市貧困・移民・労働問題を記録するドキュメンタリー写真が生まれ、マイブリッジとマレーは連続写真で映画の扉を開いた。
1871年マドックスの乾板発明により撮影直前の薬品塗布が不要になり写真は携帯性を高めた。1888年コダックは「ボタンを押すだけ」を実現し写真撮影を専門家から大衆へ開放した。一方で都市の貧困・移民・スラムを記録する社会写真家も生まれた時代。
この時代の最大の転換は写真が「専門家の技術」から「大衆の道具」へ移行したことだ。同時にリースとアナンは写真を社会改革の証拠として使い、写真が報道・政治・制度変革と結びつく出発点を作った。
普仏戦争(1870-71年)でドイツ帝国が誕生。パリ・コミューン(1871年)は72日で鎮圧。1884-85年ベルリン会議でアフリカ分割が制度化された。
1888年コダックカメラ登場。写真が大衆メディアとなり、ハーフトーン印刷(1880年)で新聞掲載が可能になった。
マドックスの乾板(1871年)で携帯性が向上。ロールフィルムの登場と「You press the button, we do the rest」の時代へ。
都市の貧困・スラム・移民を記録する社会写真家が登場。科学目的の連続写真が映画の基盤を作った。
疾走する馬の連続写真で運動分析に革命をもたらした写真家。ゾープラキスコープの発展を経て映画誕生の直接的な礎となった。
生理学者として運動の記録に写真を用い、クロノフォトグラフィーを開発。時間と運動の科学的可視化という写真の新しい用法を拓いた。
デンマーク移民として貧困を経験後、ニューヨークのスラムをフラッシュで撮影し社会改革に使った写真家。「How the Other Half Lives」が立法に影響を与えた。
オスマン大改造で取り壊されるパリの旧市街を組織的に記録。都市改造と写真記録の関係を問う先駆的ドキュメント写真家。
グラスゴーの旧市街クローズを撮影し、衛生・貧困・都市改造と写真の関係を示した初期社会写真の先駆者。
幕末明治期の写真技術の普及に貢献した開拓的写真師。択捉島生まれで、西洋写真技術を日本各地に広めた先駆者。
九州における明治写真史の重要人物。熊本を拠点に近代写真技術を定着させ、弟子を通じて地方写真史に深く根ざした。
大聖堂建築のプラチナプリントで知られる写真家。ピクトリアリズムとストレート写真の境界に位置し、建築空間に光と影の詩学を見出した。
冨重利平の弟子として熊本写真史を継承した写真師。幕末明治の写真師データベースに記録される地方写真文化の担い手。