1870–1890s

1870–1890sは、産業化・社会改革・写真の大衆化を背景に、写真の制度や表現が大きく動いた時代です。このページでは、ドキュメンタリー、日本写真、社会ドキュメンタリーなどの表現を手がかりに、この時代の写真家と写真史の流れをたどります。

基本情報
年代1870–1890s
写真家数9

この時代の背景

普仏戦争(1870–71年)でフランスが敗北しドイツ帝国が誕生。パリ・コミューン(1871年)は72日で鎮圧され、1873年恐慌が欧米で大規模な労働運動を引き起こした。
リチャード・マドックスが1871年にゼラチン乾板を発明したことで、撮影直前の薬品塗布が不要になり写真の携帯性が飛躍的に向上した。

写真家一覧

🇫🇷FR1813–1879
シャルル・マルヴィル
Charles Marville
ドキュメンタリー
ドキュメンタリー都市記録

マルヴィルは19世紀前半から挿絵画家・銅版画家として活動していたが、写真技術の登場後に転身した。

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🇬🇧GB1829–1887
トーマス・アナン
Thomas Annan
社会ドキュメンタリー
社会ドキュメンタリードキュメンタリー

グラスゴーでは19世紀中頃からコレラ・腸チフスが繰り返し流行し、当局はその温床を旧市街の密集路地「クローズ」に求めた。

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🇬🇧 🇺🇸GB / US1830–1904
エドワード・マイブリッジ
Eadweard Muybridge
科学写真
科学写真実験的技法

スタンフォード大学創設者でもあるリーランド・スタンフォードは、馬が疾走中に四肢をすべて地面から離す瞬間があるかどうかという当時未解決の科学論争に写真で決着をつけるため、1872年頃にマイブリッジに撮影を依頼した。

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🇫🇷FR1830–1904
エティエンヌ=ジュール・マレー
Étienne-Jules Marey
科学写真
科学写真実験的技法

コレージュ・ド・フランスで生理学を研究していたマレーは、心臓・筋肉・神経の運動を計測する研究を進める中で、「肉眼では観察できない速い動作をどう記録するか」という問題に直面していた。

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🇯🇵JP1837-1922
冨重利平
Tomishige Rihei
日本写真
日本写真ドキュメンタリー+1

冨重利平(本姓・篠倉、1837〜1922年)は、九州における明治写真史の最重要人物の一人である。

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🇯🇵JP1838-1884
横山松三郎
Yokoyama Matsusaburo
日本写真
日本写真写真石版+1

横山松三郎は天保9年(1838年)に択捉島(現在のロシア領千島列島)で生まれた。家族は廻船問屋を経営していたが、父の死後(1848年)に函館へ移住した。

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🇩🇰 🇺🇸DK / US1849–1914
ジェイコブ・リース
Jacob Riis
社会ドキュメンタリー
社会ドキュメンタリードキュメンタリー

デンマーク出身のリースは1870年にアメリカへ移民し、自身も極貧・失業・路上生活を経験した後に記者へと転じた。

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🇬🇧GB1853-1943
フレデリック・H・エヴァンズ
Frederick H. Evans
ストレート写真
ストレート写真建築写真+1

フレデリック・H・エヴァンズは1853年にロンドンに生まれた。

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🇯🇵JP明治期
冨重徳次
Tomishige Tokuji
日本写真
日本写真

冨重徳次は、明治の熊本写真史を代表する写真師・冨重利平の弟子として、幕末明治の写真師データベース(shashinshi.biz)に記録されている人物である。

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