ジェイコブ・リース(Jacob Riis)は、社会ドキュメンタリーとドキュメンタリーを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、社会ドキュメンタリーとドキュメンタリーを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。
デンマーク出身のリースは1870年にアメリカへ移民し、自身も極貧・失業・路上生活を経験した後に記者へと転じた*1。ニューヨーク・イブニング・サンの警察担当記者としてロウアーイーストサイドのテネメント(過密集合住宅)の実態を目撃し、「言葉では伝わらない現実を見せる方法」として1887年頃からマグネシウム・フラッシュを使った室内撮影を試みた——当時の感光材料では暗い屋内を照らすにはフラッシュ以外に手段がなかった*2。突然の閃光で驚かせながら撮影する方法は今日批判的に検討されているが、1890年刊行の『向こう半分の人々はどう暮らしているか』は中産階級の読者に移民貧困層の住環境を初めて視覚的に示した。セオドア・ルーズベルト(当時ニューヨーク警察委員長)は本書に感銘を受け、翌朝リース宅を訪問して「あなたの仕事をしたい、何でも協力する」とメモを残したと伝わる*1。この出会いがテネメント住宅改革法の成立につながった。写真を社会変革の手段として意図的に使った初期の先例として位置づけられる一方、アイルランド系・ユダヤ系・中国系移民への固定観念を反映する視点は現代の研究者によって批判的に再評価されている*2。