シャルル・マルヴィル(Charles Marville)は、ドキュメンタリーと都市記録を考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、ドキュメンタリーと都市記録を手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。
マルヴィルは19世紀前半から挿絵画家・銅版画家として活動していたが、写真技術の登場後に転身した*1。1853年にナポレオン3世の命を受けたジョルジュ=ウジェーヌ・オスマン男爵がパリの大規模近代化改造を開始すると、マルヴィルはパリ市公式写真家として取り壊し前の街区を記録するよう行政から命じられた——改造の正当性を示す「ビフォー・アフター」記録として依頼されたものだった*2。オスマン改造は中世来の路地・密集街区を広大なブールヴァール・下水道・公園に置き換えることで衛生・交通・治安の改善を目指したが、同時に中世以来の都市の記憶を消し去るものでもあった。マルヴィルは取り壊し直前のノートルダム大聖堂周辺・シテ島・レ・アル地区などを湿板コロジオン法の大判カメラで体系的に撮影し、約900点が現在パリ市立歴史図書館(BHVP)に収蔵されている*1。「改善のための行政記録」として依頼された写真が、結果として近代化が消し去った都市の記憶の集成となった——この「公的委嘱が批評的アーカイブを生み出す」逆説は、その後のドキュメンタリー写真史に繰り返し現れるパターンとして参照されている*2。