ハウスマンによるパリ改造を前後して、旧市街の消滅と新パリの出現を市の委嘱のもとで記録した写真家。行政的記録として依頼された仕事が、都市の自己表象を構成する視覚アーカイブとして再評価されている。
ハウスマンによるパリ改造という国家的都市再編の局面において、市の委嘱を受けて旧市街の消滅と新パリの出現の双方を系統的に記録し、行政的な写真実践が都市の自己表象を構成する視覚アーカイブとして機能しうることを示した。写真を行政文書として運用しながら、その蓄積が後世において記憶と喪失の文化的証言へと変質する過程は、記録写真のもつ意味の多層性を具体的な事例として提示している。アジェが後に同じパリの路地を個人的な眼差しで巡回する前史として、マルヴィルは都市変容を計画的・制度的に可視化する先例を設けた。
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シャルル・マルヴィルは1813年にパリに生まれ、挿絵画家・銅版画家として出発したのち、写真技術の登場とともに転身した。1850年代から大聖堂・市庁舎・街路など、パリの都市景観の撮影を始め、1860年代には市当局からナポレオン三世治下の都市改造の記録を委嘱された。*1 依頼の内容は、ハウスマンによる改造で失われる旧市街の中世的街路と、新たに整備される大通りや公共建築の両方を撮影することであった。メトロポリタン美術館の展覧会記述はこの点を明示しており、マルヴィルの写真が消滅と出現の双方にまたがっていたことを示している。*2 彼はパリ市の公式写真家として旧市街の細街路・路地・裏通りを系統的に記録し、その作業は都市再編が完了するまで続いた。1879年にパリで没した。*3
ハウスマン改造と委嘱の文脈
マルヴィルの写真を理解する上で不可欠なのは、依頼者が市行政であり、写真が国家的な都市再編の一部として機能していたという点である。National Gallery of Artはこの仕事を「大規模な都市変容を扱った最初期かつ最も強力な探究のひとつ」として位置づけており、単なる地域記録の域を超えた意義を認めている。*4 ハウスマン改造は衛生、交通、軍事的統制、景観再編を伴う十九世紀的都市政治の核であり、マルヴィルの写真はその制度的再編を、街路、建築、広場、外縁部の荒涼とした風景として可視化した。*5 Getty Museum の作家ページは、マルヴィルがパリ市のために行政的に写真を制作した写真家として位置づけており、この仕事が都市の自己管理と記録の道具として機能していたことを示している。*6
消滅と出現の双重記録
マルヴィルの固有性は、旧市街の哀惜的な記録にとどまらない点にある。彼は旧市街を撮りながら、同時に新しい大通りや公共施設の建設過程も記録した。Paris.frが掲載するハウスマンとマルヴィルについての都市史記事は、この双重性を「パリの大改造」という文脈で整理しており、彼の写真が失われゆくものへのノスタルジーだけでなく、現れつつある近代都市の自己像としても機能していたことを示す。*7 ApertureはChanging Paris記事のなかで、マルヴィルの写真を都市変容の「その後」とともに読む試みを行い、視覚的な比較を通じてこの記録の現代的な射程を示している。*8 Met Press Releaseの展覧会紹介文は、今日から振り返ったときに、かつての行政的記録が「消えゆく旧パリの記憶の集積」へと変質していることを示している。*9
都市変容の視覚言説
マルヴィルの写真の特徴は、ジャーナリズムやセンセーショナリズムとは異なる静謐な構図にある。長い露光時間と大判フォーマットの制約のもとで、彼の写真は人通りのない街路、取り壊し直前の建物の正面、立ち込める霧や土埃などを、情緒よりも空間の構造として描出している。*10 Houston Museum of Fine Artsの展覧会記述は、この静謐さを「都市変容を視覚的事実として沈着に提示する方法」として評価しており、報道写真的な告発性との違いを明確にしている。*11 CAA Reviewsに掲載された学術評論は、マルヴィルの仕事を都市史・写真史・行政史の交差点に置き直し、彼の写真が「近代都市の自己表象を構成するアーカイブ」として機能していることを論じている。*12 Paris Musées所蔵のパレ・ロワイヤル写真など、個々の作品はパリ市のコレクションにも収蔵されており、記録と文化財の両面で継承されている。*13
マルヴィルの受容は、二十世紀後半以降、彼の写真が単なる都市資料ではなく、近代都市の成立を読み解く視覚アーカイブとして再評価されることで積み上げられてきた。Met、NGA、MFAHで展覧会化されたことは、彼の仕事を写真史・美術館資料・都市史の交差点に置き直す制度的評価を示している。*14 National Gallery of Artはマルヴィルの専用アーティスト・ページを設け、《Cloud Study, Paris》をはじめとする作品を所蔵している。*15 Städel Museumのデジタル・コレクションもマルヴィルの作品を収蔵しており、ヨーロッパの美術館への普及を示す。*16 写真史的には、マルヴィルはウジェーヌ・アジェの前史としてだけでなく、都市が行政的・技術的に再編される局面を写真がどのように記録し、同時に記憶化に関わるかを示す作家として読まれている。*17 Princeton University Art MuseumやMorgan Library & Museumも関連作品を所蔵しており、彼の写真が写真史の文脈で継続的に研究されていることを示す。*18 Art Institute of Chicagoのミュージアム・スタディーズ誌はマルヴィルの作品を掲載・論及し、個別の街路写真が湿板・アルビュメンの物質性、都市の命名、行政的分類と結びつくことを示している。*19 Washington Postの展覧会評は、一般読者向けにマルヴィルの仕事の現代的な意義を「記録と喪失のあいだに立つ写真」として伝えている。*20 Library of Congressが所蔵するパリ各地の写真レコードは、彼の記録が国際的なアーカイブに定着していることを示す。*21
- ウジェーヌ・アジェ ― マルヴィルの後継として、同じパリの旧市街を個人的な眼差しで系統的に巡回し、都市の記憶を蓄積する写真実践をさらに深化させた写真家。
- ナダール ― 同時代のパリを活動拠点とし、肖像写真・パリ下水道の内部撮影・気球空撮など都市空間と写真の接続を多角的に展開した、マルヴィルと時代・場所を共有する写真家。
- トーマス・アナン ― 同時期にグラスゴーの旧市街を市の依頼で記録したスコットランドの写真家で、都市再開発にともなう消滅寸前の街路を行政的委嘱として残す実践がマルヴィルと並行する。
- ドキュメンタリー ― 社会・都市・制度の現実を記録する写真実践の系譜として、マルヴィルの行政的記録写真はドキュメンタリーの制度的先例のひとつに位置づけられる。
消えゆくパリの記録が都市改造の証言になる。