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PHOTOGRAPHERS/ÉTIENNE-JULES MAREY · 科学写真
ÉM
§ 008 — Photographer Index — 科学写真

エティエンヌ=ジュール・マレー

Étienne-Jules Marey 1830–1904
Countryフランス Period1870–1890s Channel写真史の論点 · 科学写真
Abstract

単一乾板に複数露光を重ねるクロノフォトグラフィーで、運動を時間の解析図として可視化した生理学者。マイブリッジが系列として時間を分解したのに対し、マレーは時間を一枚の画像に凝縮し、身体・労働・飛翔を科学的計測の対象へ変えた。

この写真家が変えたこと

単一の乾板に複数の露光を重ねることで、運動を時間の解析図として一枚の画像に凝縮するクロノフォトグラフィーを開発し、肉眼では追えない身体・飛翔・流体の動きを計測可能な視覚形式へと変えた。マイブリッジが時間を独立したコマへ展開したのに対し、マレーは時間を空間へ折りたたむという対照的な方法を選択し、後のモダニズム絵画が運動を分割面として表現するときの視覚的参照点を先行して提供した。写真を美的表現の手段ではなく生理学的計測の装置として運用する姿勢は、身体を科学的データとして扱う近代的視線の形成にも接続し、写真史と科学史の両面から継続的に論じられている。

Keywords 科学写真 実験的技法 フランス
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 03 背景と時代

エティエンヌ=ジュール・マレーは1830年にフランスのボーヌに生まれ、パリで医学・生理学の教育を受けた。コレージュ・ド・フランスで生理学の教授職を務め、血液循環、呼吸、筋収縮など身体機能の計測と記録に長年取り組んだ。*1 写真を研究ツールとして採用したのは1880年代以降で、単一の写真乾板に複数の露光を重ねる「クロノフォトグラフィー」の手法を開発した。*2 この技術により、鳥の飛翔、人体の走行や跳躍、空気の流れなどを視覚的な解析図として記録することが可能になった。*3 1882年にはクロノフォトグラフィック・ガンを完成させ、秒間12コマの連続撮影を実現した。1904年にパリで没した。*4

§ 02 / 03 表現の核心

クロノフォトグラフィーの方法

マレーの方法の核心は、単一の乾板上に複数の露光を重ねることで、時間の流れを一枚の画像に解析的に凝縮する点にある。メトロポリタン美術館の《Bird in Flight》は、この技法の典型例として広く参照されており、鳥の翼の動きが複数の像として重なり合い、一枚の写真の中で運動のすべての相が同時に見える。*5 同美術館の《Chronophotograph》解説は、「マイブリッジの運動研究とは異なり、マレーは単一の乾板に複数露光を重ねた」と明示し、両者の方法論的差異を写真史の重要な対照として位置づけている。*6 マレーにとって写真は美的表現の手段ではなく、肉眼では把握できない運動法則を定量化するための計測装置であった。Linda Hall Libraryの解説は、マレーの科学史的位置づけを「生理学的運動計測と写真の結合という、十九世紀後半の知の交差点」として整理している。*7 クロノフォトグラフィーが可視化したのは、時間の「瞬間」ではなく、時間の「構造」であったといえる。

身体・労働・科学との接続

マレーの研究は鳥の飛翔やアクロバットにとどまらず、労働する身体にも向けられた。研究者フレモンとの共同による身体運動とエネルギー消費の研究は、近代産業生産の効率化の基礎原理に接続する含意をもっていた。*8 Université Paris Cité Éditionsが刊行する「クロノフォトグラフィー:科学と芸術」という副題をもつ出版物は、マレーの仕事を科学と芸術の交差点に位置づけつつ、スポーツや労働、比較生理学まで含む広い問題系と結びつけて論じている。*9 Cinémathèque françaiseの教材は、彼のクロノフォトグラフィーを映画と運動解析の前史として示しており、連続映像を生み出す光学装置への道筋を提供したとする解釈は映画史の観点からも有効である。*10 Camera Museumの常設展解説も同様に、マレーの手法が映画の世紀を準備した技術革新のひとつとして位置づけられている。*11

マイブリッジとの対照とその射程

エドワード・マイブリッジとの比較は、マレーの固有性を際立たせる。マイブリッジが複数のカメラで時間を分割し、独立した静止像の系列として展開したのに対し、マレーは単一の画面に時間を折りたたんだ。*12 このちがいは視覚的な方法の差異にとどまらず、写真に何をさせるかという問いの差異でもある。マレーの単一像は、動きを抽象的な図として、つまり時間を空間へ変換した形式として提示した。*13 このモデルは、後のモダニズム絵画や未来派が運動を分割面として表現するときの視覚的参照点となり、映画前史のみならず二十世紀の視覚文化とも接続する。ACMIはマレーのクロノフォトグラフィー・プリントをスクリーン文化の文脈で所蔵・展示しており、運動写真と映像文化の連続性を示している。*14

§ 03 / 03 批評と写真史上の位置

マレーの受容は、MoMA、Musée d'Orsay、SFMOMAなど写真史・映画史の両面から評価する機関による所蔵と展覧会によって積み上げられてきた。*15 Musée d'Orsayが開催した「大気の運動:流体を撮影したマレー」展は、クロノフォトグラフィーを視覚芸術の文脈に再置換する重要な試みとして注目された。*16 Science Museum Groupの所蔵するクロノフォトグラフィー・フィルムは、映画前史の物的証拠として保存されており、技術史の資料としても参照される。*17 批評的には、マレーの写真は美的表現を目的にしたものではないが、身体を計測可能な運動パターンとして扱う視点が、後の身体科学・スポーツ計測・映像分析の基礎をなすとともに、身体を情報として扱う近代的視線の問題を提起している。*18 OpenEditionおよびCNRS Éditionsが刊行する学術論考は、マレーの実践を単なる技術史に閉じず、近代的身体概念の形成とのかかわりで論じており、批評的関心の継続を示している。*19 National Gallery of Canadaが所蔵する《Study in Motion by Chronophotography》は、マレーの写真が美術館コレクションにも定着した水準の作品として受け継がれていることを示す。*20

§ REL 関連する写真家・運動
関連する写真家
  • エドワード・マイブリッジ ― 複数カメラによる連続撮影で運動を静止像の系列として展開した同時代の実践者で、マレーのクロノフォトグラフィーとは時間の分解か凝縮かという対照的な方法論として写真史の重要な対比軸をなす。
  • ギュスターヴ・ル・グレー ― 海と空を別々に撮影して合成する複数露光の先駆的実践を行ったフランスの写真家で、単一乾板に複数情報を組み込む技法的探究という点でマレーの複数露光アプローチと通じる。
  • ナダール ― 同じフランスの同時代写真家として、気球撮影による空中からの視点という科学・技術と写真の接続を展開し、マレーが飛翔や流体を科学的に記録した問題意識と並行する。
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写真集
Chronophotographie etienne jules marey

科学写真と時間分析の原点。

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