ナタリー・チェコは、雑誌、新聞、レコードジャケット、商品パッケージの文章から既存の詩と同じ語の並びを探し、蛍光ペンや線で示して撮影する《Hidden Poems》を制作してきた。デュッセルドルフで学んだ写真の複製性と、具体詩、アプロプリエーション、印刷文化を接続し、ページを見る、詩を読む、元の記事へ戻るという複数の読み方を一枚の写真の中に組む。
エド・ルシェ以後のコンセプチュアルな写真は、分類、指示、反復、印刷物の構造を作品にした。1970〜80年代のアプロプリエーションは、既存画像の再撮影を通じて、作者とオリジナルの権威を検討した。ナタリー・チェコは、既存の雑誌ページに潜む詩の語をマーキングし、記事、広告、写真、余白を含む紙面全体を拡大撮影する。鑑賞者は、元の記事を横方向に読む動き、印の付いた語を順にたどる動き、紙面を色と形として見る動きを切り替える。カメラは個人的な読書の発見を記録し、他者が同じ読みを実行できる大きさ、距離、順序へ整える。詩人、元記事の著者、編集者とデザイナー、チェコのマーキング、鑑賞者の読みが、一枚の中に別々の層として残る。引用元を消さずに新しい詩を成立させ、読む順序と鑑賞距離を写真作品として設計した点が、チェコを具体詩、アプロプリエーション、写真概念主義の交点に位置づける。
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デュッセルドルフでの写真教育と、流通済みの印刷物
チェコは2000年から2005年までデュッセルドルフ美術アカデミーでトーマス・ルフに写真を学んだ*20。ルフを含むデュッセルドルフの写真家たちは、大判プリント、類型、既存画像の再使用、デジタル処理を通じて、写真が複製、拡大、印刷、展示によって意味を変えることを示していた。チェコはこの教育環境から、すでに編集され、印刷され、流通したページそのものを被写体として選んだ。*7
2000年代には新聞と雑誌の記事がウェブへ移り、検索、コピー、貼り付けによって文章の一部を簡単に抜き出せるようになった。チェコが使う雑誌ページには、見出し、本文、写真、広告、余白、紙の折れ、網点が同時に残る。必要な語句だけを表示する検索結果と異なり、引用元の紙面全体が一枚の物体として見える。
《Hidden Poems》が始まった2010年頃、チェコは、街や人物の出来事を待つ観察から、既存資料を長く読む探索へ制作の重心を移した。記事、広告、商品名、レコードジャケットの文字列を読み、どの詩を探し、どのページを選ぶかという判断が、シャッターを切る前の主要な作業となった。
《Hidden Poems》―探索、マーキング、撮影を一つの手順にする
制作ではまず短い詩を選び、その詩を構成する語が別の記事や広告の中に同じ順序で現れるページを探す。見つけた語を蛍光ペン、鉛筆、線、消去で示し、ページ全体を高精細に撮影する。ロバート・クリーリー、ロルフ・ディーター・ブリンクマン、E・E・カミングス、ジャック・ケルアックらの詩が、内容の異なる雑誌記事から現れる*2。*10
制作上の偶然は、街での予期しない場面との遭遇から、文章の中で必要な語の並びを発見することへ移る。チェコは詩と資料群を選べるが、同じ順序の語が見つかる時期やページまでは決められない。探索の後、マーキングが語の順序を示し、写真の倍率と額装が、鑑賞者の目が同じ経路をたどる条件を作る。
スキャンが文字情報を読みやすく運ぶのに対し、チェコの大判写真は、紙の繊維、印刷の網点、蛍光ペンの重なり、消し跡まで見せる。雑誌を手元で読む距離が壁面の鑑賞へ変わり、個人的な発見が、複数の鑑賞者によって反復される視線の手順になる。
具体詩とアプロプリエーションを、一枚のページで交差させる
具体詩は、1950年代にヨーロッパ、ブラジル、日本などで国際的に展開し、語の意味だけで詩を作らず、文字の間隔、反復、字体、ページ上の位置を構成の一部として扱った。文章を左から右へ読む規則に加え、文字を形や物質として見る方法である。アプロプリエーションは、既存の画像や文章を引用・再使用し、作者、所有、オリジナルの考えを検討する美術の方法を指す。MAMCOはチェコの作品を、この二つの系譜が交わる場所に位置づけている。*3
チェコは既存の詩を自分の言葉として発表せず、詩人名を題名へ残し、元の記事も読める状態に保つ。蛍光ペンは詩の語を前へ出し、記事の文章、写真、広告も画面に残す。同じ単語が、元の記事ではニュースや商品説明の一部となり、マーキングされた順序では別の詩になる。
MAMCOが用いる「間テクスト性」は、文章が一人の作者だけから生まれず、過去の言葉、引用、慣用句、別の文章との関係から作られるという考えを指す*3。《Hidden Poems》では、一つの語が元の記事と引用された詩の双方へ属する状態として、その関係が紙面上に現れる。チェコは、アプロプリエーションが扱ってきた作者性と原典の問題を、出典を画面に残し、二つの文章を同じページで読み比べる方法へ展開した。
ページを見る目と文章を読む目を切り替える
作品の前では、最初にページ全体の色、写真、余白、タイポグラフィが見える。印の付いた語を見つけると、目は一語ずつ順番に読み始め、ページ全体の構図への注意が弱まる。Ludlow 38の展覧会資料は、画像を見ることと文章を読むことの間を視線が往復する構造を説明している*8。*17
詩を読み終えた後、元の記事へ戻ると、同じ語が別の文法と主題に従っている。さらに離れて見ると、手書きの線、紙の汚れ、印刷のずれが文字の意味に先立って現れる。作品は解答を一度見つけて終わるパズルとして作られず、詩、散文、画像、紙面のどれへ注意を向けるかによって見え方が変わる。
大判プリントは、雑誌を手元で読む距離を壁面の鑑賞へ移す。近づけば文字と紙の表面が見え、離れれば色面と構図が見える。写真は文章を複写し、読む速度、立つ位置、視線の経路も調整する物体となる。*6
作者を詩人、編集者、写真家、鑑賞者へ分ける
一作品には、引用された詩の作者、元の記事を書いた人物、雑誌の編集者とデザイナー、ページを選び加工したチェコ、語をたどる鑑賞者が関わる。e-fluxは《Hidden Poems》が作者性、主観性、記録、文脈化を扱うと説明している*4。それぞれの役割は、詩を書く、記事を編集する、引用を見つける、視線で順序を再現するという異なる作業に分かれる。*9
鑑賞者は印を手がかりに語をたどり、チェコが行った読解をもう一度実行する。同時にマーキングが順序を指定し、読み方には明確な制約がある。作者性は完全に鑑賞者へ渡らず、複数の作者が作った制約の中で分担される。
《Hidden Poems》―発見を共有可能な写真へする
《Hidden Poems》では、既存の散文に含まれる語を順に選び、すでに書かれた短詩を別の文脈から出現させる。チェコ自身は、秘密のメッセージを発見する神秘性から距離を取り、日常の散文から詩的な構造が生じる異なる読み方に関心があると説明している*2。同じ語が複数の文章へ属する事実が、作品の出発点になる。*1
蛍光色、下線、消去は、元の文章と詩を区別する編集記号として働く。マーキングの強さによって、元の記事と詩の読みやすさの配分が変わる。撮影倍率とプリントサイズも含め、チェコは二つの文章をどちらも追える程度に調整する。
写真集やアーティストトークでは、作品を壁面の大判プリントだけでなく、ページをめくりながら読む形式でも提示している。展示では身体の移動が読みの順序を作り、書籍ではページ順と手の動きが同じ役割を担う。*13
《Poems by Repetition》から《Response / Response》へ
《Poems by Repetition》では、詩に含まれる同じ語の反復を、複数の写真とマーキングの反復へ対応させる。《Voyelles》は母音と文字の配置を扱い、読む行為を音と形の問題へ近づけた。2013年の「I Cannot Repeat What I Hear」は、詩、ジャーナリズム、歌詞、手紙が写真の中で異なるリズムを作ることを示した*14。*5
《to icon》や《Poet’s Questions》では、デジタル環境の操作語、アイコン、商品、レコードへ対象を広げた。既存の詩から問いを選び、その文字を含む物を組み合わせることで、言葉が画面上の命令、商品名、詩的な問いとして異なる働きを持つ*15。*11
《Response / Response》(2024)では、詩人や作家へ別の詩に応答する文章を依頼し、鉛筆、消し跡、返答の紙面を撮影した*16。初期作品では流通済みの文章から詩を見つけ、ここでは他者が新しい文章を作る条件を設定する。写真家の役割は発見者から依頼者と編集者へ広がり、複数の作者が関わる構造が明示された。*12
エド・ルシェ、シャノン・エブナーとの比較―文字から読解の手順へ
エド・ルシェは安価なオフセット印刷の写真集で建物やガソリンスタンドを一定の規則に従って並べ、写真を概念的な一覧として扱った*19。シャノン・エブナーは文字を制作し、街や物体の中で撮影することで、言語の形、素材、政治的な使用を写真へ組み込む。MoMAは彼女の実践を、詩、実験的文章、政治的言語、写真概念主義の接続として紹介している*18。
ルシェの作品では写真の配列が概念を作り、エブナーの作品では制作された文字と撮影場所が意味を変える。チェコの一枚には、元の記事と引用された詩が同時に残り、鑑賞者がどちらを読むかによって注意の順序が変わる。彼女の主要な被写体は文字そのものに限られず、同じページを複数の方法で読む動作に及ぶ。
この違いによって、チェコの写真は文学作品の挿絵や視覚詩の複写から離れる。作品は文字の形を見せるだけでなく、意味を読む距離と、ページを画像として見る距離を行き来させる。写真の前で過ごす時間が、撮影された紙面と同じ程度に構成されている。
引用元の紙面を残すアプロプリエーション
デジタル検索やコピーでは、必要な語句だけを元のページから切り出せる。チェコも文章の一部を抽出するが、記事、広告、写真、余白、紙質を画面に残す。鑑賞者は詩を読んだ後に引用元の主題へ戻り、同じ語が別の文章で持つ役割を比較できる。
蛍光色と整ったタイポグラフィは、長い探索や元の記事の政治性を美しい構図へ変えることもある。詩だけを追うと、広告、ニュース、商品が作る元の言説は背景へ退く。ページ全体を残す形式は、詩と元の文脈を往復し、どの文章が前景化されたかを確認する材料を保っている。
チェコの作品では、詩を読み終えた後、視線が元記事、写真、広告、紙の表面へ戻る。詩人、記事の著者、デザイナー、写真家の仕事は一人の作者名へ統合されず、それぞれの痕跡が同じ紙面に残る。読むことは、意味の理解に加えて、距離、順序、拡大、紙の表面、引用元の確認から成る行為として提示される。
- エド・ルシェ ― 写真集を概念的な一覧と地図へ変え、写真を単独の名作から印刷物の構造へ移した先行者
- シャノン・エブナー ― 文字を物質として制作、撮影し、写真と言語の不安定な関係を扱う同時代作家
- ジョン・バルデッサリ ― 既存写真、言葉、編集によって画像の意味が文脈から作られることを示した先行者
- トーマス・ルフ ― デュッセルドルフの写真教育を背景に、既存画像と複製技術から写真の意味を検討した先行者
- コンセプチュアルアート ― 印刷物の中に既存の詩を「発見」しマーキングして撮影し、カメラを読書の装置として扱う流用的写真とコンクリート詩を合流させた。
- 具体詩 ― 言葉の意味、形、間隔、ページ上の位置を同じ作品として扱う運動
- アプロプリエーション ― 既存イメージや文章の再使用によって、独創性と所有を問う実践
- 写真概念主義 ― 規則、分類、行為、言語の検討に写真を用いる系譜