ルイス・ハインLewis Hine

ルイス・ハイン(Lewis Hine)は、社会ドキュメンタリーとドキュメンタリーを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、社会ドキュメンタリーとドキュメンタリーを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。

基本情報
生没年 1874–1940

解説

ルイス・ハインの写真実践は、視覚メディアを社会変革の証拠として体系的に用いた最初の試みのひとつである。ハインはウィスコンシン州オシュコシュに生まれ、シカゴ大学で社会学を学んだのち、ニューヨーク倫理文化学校の教員となった1904年頃からカメラを始めた。1905年からはエリス島での移民記録を開始した。彼の目的は移民を「問題」として報道するメディアの傾向に対抗し、「個々の人間の尊厳と希望」を可視化することにあった*1。1908年からはナショナル・チャイルド・レイバー・コミッティ(NCLC)の専属調査員として、南部の綿花工場・ガラス工場・石炭選炭場・タバコ農場・路上売り子など、労働する子どもたちを撮影した。工場主は外部調査員の立ち入りを拒否したため、ハインは機械点検係・宗教書の行商人などを名乗って潜入し撮影した。各写真には撮影時の聞き取りメモ(年齢・身長・労働時間・賃金)が付記され、議会証言の際に「証拠写真」として提出された*2。この一連の仕事は1916年の連邦児童労働法(キーティング=オーウェン法)成立に寄与したと評価されているが、ハインの写真の政策効果を単独で定量化することは困難であり、広範な進歩主義運動の一環として捉える必要がある。1930–31年にはエンパイア・ステート・ビル建設現場を記録した写真集『Men at Work』(1932年)を刊行し、今度は労働を「英雄的なもの」として提示した——労働搾取の告発から労働の讃歌へという転換は批評的に論じられることも多い*3。1930年代以降は仕事の依頼を失い経済的に窮乏した状態で1940年に没した。死後、FSA写真と並ぶ社会ドキュメンタリーの先駆として再評価が進んだ。

ルイス・ハイン 写真集

Men at Work
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外部リンク

出典