シンディ・シャーマンは、自分自身を映画、広告、雑誌、美術史の見覚えある人物像へ変えることで、写真を「現実の証拠」や「作者の内面」を示す媒体から、イメージが人物をどう演出し、見る側にどんな欲望や物語を引き出すかを問う媒体へ押し広げた作家。1970年代後半のニューヨークで、消費社会の既成イメージを扱ったピクチャーズ世代と並走し、『Untitled Film Stills』からフェミニズム写真、演出写真、ポストモダン写真へ大きな論点を開いた。
シンディ・シャーマンは1954年、ニュージャージー州グレンリッジに生まれ、1970年代前半にバッファロー州立大学で美術を学んだのち、ニューヨークを拠点に活動を始めた*1。バッファローで彼女が出会っていたのは、写真を一枚の完成イメージとして扱うより、身体、変装、連続写真、映像、展示を行き来しながら人物像を作り替える同時代の実践だった。MoMAのエヴァ・レスピニは、シャーマンが学生時代に絵画から写真へ関心を移し、コンセプチュアル・アートやパフォーマンスの中で写真を使う作家たちに触れていたと説明している*14。エレノア・アンティン、ハンナ・ウィルケ、エイドリアン・パイパーのように、身体、変装、連続写真、記録映像を通じて人物像を演じたり分解したりする作家たちの実践は、後のフィルム・スティルズを考えるうえで近い環境を作っていた*14。シャーマンがロバート・ロンゴ、チャールズ・クラフらと関わったHallwallsも、視覚芸術、メディア、パフォーマンス、文学を横断する新作発表の場としてバッファローで始まり、写真だけを純粋なジャンルとして守るより、映像、身体、展示、記録を行き来する感覚を育てる場所だった*18。その流れは、1976年の《Cover Girl》にもすでに見える。Apolloの記事は、この作品を、実際の女性誌の表紙、シャーマンがモデルの顔を自分に置き換えてポーズと化粧を模倣した表紙、さらにその規範を崩す表情の表紙から成る初期作として説明している*16。1977年から1980年にかけて制作された『Untitled Film Stills』は、MoMAが1995年に全体を収蔵し、1997年に「Cindy Sherman: The Complete Untitled Film Stills」として展示した69点の白黒写真シリーズである*2。このシリーズは1950〜60年代のハリウッド映画、フィルム・ノワール、ヨーロッパ芸術映画のスチール写真を思わせるが、重要なのは実在する映画の再現ではなく、見たことがあるようで特定できない場面を作ることで、女性像が映画や広告の反復から生まれることを写真の中で見せた点にある。彼女が自分自身を使ったのは、本人の内面を見せたいからではない。誰かを呼び、指示し、撮らせるよりも、自分の身体を使えば、化粧、服、表情、ポーズ、視線、シャッターのタイミングまで一つの作業として組み立てられる。ニューヨークに移った頃、シャーマンが反応していたのは映画館で見る映画だけではなかった。New York Magazineの聞き取りで彼女は、デイヴィッド・サールが働いていた雑誌会社に、フォト・ノヴェラ用の女性写真が大量にあったことを回想している*15。フォト・ノヴェラとは、漫画の絵の代わりに俳優やモデルを撮った写真をコマのように並べ、吹き出しや短い説明文で恋愛や事件の物語を読ませる大衆的な印刷物である*19。戦後イタリアの女性誌文化から広がったこの形式は、映画、漫画、メロドラマをつなぎ、写真を「ひとつの場面」でありながら前後の筋書きを想像させる媒体として使った*20。シャーマンがそこに見たのは、安っぽさそのものではなく、一枚だけ切り離された写真でも、見る側が勝手に人物関係や出来事の前後を補ってしまうという性質だった*15。だから初期のシャーマンが組み立てたのは、自己紹介としての変装ではなかった。映画、女性誌、広告、テレビ、写真入りの物語雑誌のように、すでに社会の中を流通していた人物像の型を、自分の身体、衣装、髪型、表情、室内、街路、カメラ位置によって組み直すことだった。その考え方は、「自分を見せる」よりも、「同じ身体がどれほど簡単に別の人物として読まれてしまうか」を確かめる方向に近い。衣装や髪型を変え、室内から街路へ場所を移し、カメラの高さや距離を変えるだけで、ひとりの人物は女優、逃げる女、働く女、孤独な主婦、危険に近づく若い女性のように読まれてしまう。
『Untitled Film Stills』の強さは、写真が「現実の一場面を記録したもの」に見える性質を、そのまま虚構の組み立てに使ったところにある。たとえば《Untitled Film Still #21》について、メトロポリタン美術館は、シャーマンがミッドセンチュリーのハリウッド映画的なトロープを示す場面を演じ、カメラアングル、照明、衣装、背景といった通常は見過ごされる制作要素を前景化していると説明している*3。The Broadも、フィルム・スティルズは認識可能な特定の映画を引用するのではなく、ジャンルを示唆することで、女優本人ではなく「人格の型」のような人物像を立ち上げるシリーズだと整理している*4。ここでシャーマンは、ひとりの女性を撮っているようでいて、実際には「女学生」「秘書」「主婦」「逃亡者」「都会のキャリア女性」といった、映画が観客に読み方を教えてきた記号を撮っている。写真の画面内には出来事の前後がなく、作品名も説明的ではないため、鑑賞者はその場面を自分の記憶にある映画、広告、テレビ、雑誌の断片から補うことになる。つまりシャーマンの写真は、被写体の正体を示すより先に、見る側の中に蓄積された物語の反射を作動させる。ここで写真は、決定的瞬間のように「出来事を捕まえる」ものではなく、観者がすでに知っている映画的・雑誌的な読み方を呼び出すための仕掛けになる。レスピニは、フィルム・スティルズが特定の理論を図解する作品ではない一方で、写真の真実性が議論されていた時代に、写真が嘘をつき、仮面を作り、誘惑する力を利用した作品として整理している*14。写真史上でシャーマンが更新したのは、「演出写真を始めた」ことではない。演じること自体は写真初期の時代からあり、レスピニもバイヤール、カスティリオーネ伯爵夫人、クロード・カアン、マルセル・デュシャンのローズ・セラヴィなどを、写真が仮装、演技、虚構を扱ってきた前史として挙げている*14。シャーマンが押し広げたのは、その演技を一人の作家の奇抜な仮装ではなく、映画、広告、雑誌、美術史が女性像を量産する仕組みへ向けた点である。写真は「目の前の人物を正確に写すもの」から、その人物をスター、被害者、誘惑者、労働者、上流階級の肖像として読ませる視覚コードを露出させる媒体へ広がった。
シャーマンはしばしばピクチャーズ世代の文脈で語られる。この名称は、1977年にダグラス・クリンプがニューヨークのArtists Spaceで企画した「Pictures」展に由来し、写真、映画、映像、パフォーマンスを用いて、大量消費社会のイメージが人間の知覚や欲望をどう形作るかを扱ったゆるやかな作家群を指す*6。メトロポリタン美術館の2009年展「The Pictures Generation, 1974–1984」は、この世代を、ミニマル・アートやコンセプチュアル・アートの自己反省的な原理を受け継ぎながら、認識可能なイメージへ戻り、イメージが私たち自身や世界の知覚をどのように形作るかを探った作家群として説明している*5。同論考は、この世代がテレビ、映画、雑誌、音楽などのメディア文化を自分たちの「天気」のように受け取りつつ、フーコー、バルト、クリステヴァらの翻訳を通じて、アイデンティティを自然な内面ではなく、ジェンダー、階級、セクシュアリティ、市民性をめぐる社会的構築物として読む態度を強めたと説明している*6。この背景には、戦後の消費社会で映像や広告が生活の奥まで入り込んだことと、公民権運動、女性運動以後に、誰が誰をどのように表象してきたのかを問い直す空気が重なっていた。The Metは、若い作家たちがベトナム戦争、ウォーターゲート、性革命、人種暴動や暗殺を経験した時代に育ち、同時に映画、テレビ、雑誌、ポップ音楽のイメージ環境をほとんど天候のように浴びていたと説明している*6。一方で1970年代のフェミニスト・アヴァンギャルドでは、女性作家たちがミューズやモデルという受け身の役割から離れ、自分の身体、写真、映像、パフォーマンス、変装を使いながら、伝統的な「女性のイメージ」がどのように作られてきたかを組み替えていった*25。つまりこの時代の問題は、単に「本当の私らしさ」を探すことではなかった。むしろ、私らしさや女性らしさと呼ばれるものが、すでに流通しているポーズ、服装、表情、視線、部屋、街路、印刷物、映画の断片によって、見る側の中であまりにも早く成立してしまうことが問題になっていた。その中でシャーマンとローリー・シモンズは、B級映画やドールハウスのような、個人的記憶と集合的記憶の境界にある視覚文化を掘り返し、実在しないのに記憶に刻まれている瞬間を扱ったと位置づけられている*6。シャーマンの場合、その問いは「個人とは何か」というかなり具体的な場所に降りてくる。彼女はひとりの人物を一枚の写真に固定するのではなく、同じ身体が、構図や衣装や表情の変更だけで、別の職業、別の階級、別の欲望、別の物語を背負わされてしまうことを反復した。だから彼女の写真で揺らぐのは、女性像だけではない。写真を見る側が、たった一枚の像からその人の性格、状況、過去、欲望まで読めると思ってしまう、その読みの早さそのものが揺らいでいる。MoMAは、シャーマンが自分をモデルにしながらも、映画、テレビ、雑誌、インターネット、美術史から供給されるイメージをもとに、現代的アイデンティティと表象の構築を探ってきた作家だと説明している*10。この文脈に置くと、シャーマンの写真は「変装したセルフポートレート」では足りない。The Broadの2016年展「Cindy Sherman: Imitation of Life」は、彼女がひとりでスタジオ撮影を行い、監督、写真家、メイクアップ・アーティスト、ヘアスタイリスト、被写体を兼ねながら、メディアに影響された女性のステレオタイプを多様なペルソナ、環境、装いの中で演じる作家だと整理している*7。ここでの自己は、内面の核として現れるのではなく、外側から貼り付けられた役割の集合として現れる。横浜美術館の《Untitled Film Still #23》解説は、シリーズを男性の視線の対象としての女性像を問う作品と見なせる一方で、シャーマンが感情を分かりやすく固定せず、複数の物語を誘う曖昧さを残している点を強調している*8。だから彼女の作品は、単に「女性表象を批判した写真」ではない。むしろ、批判の対象であるイメージをいったん魅力的に成立させ、その魅力がどのように作られているのかを、画面の中で遅れて露出させる。シャーマンは2008年の聞き取りで、制作当時から「男性の視線」や女性の対象化の理論を掲げていたわけではなく、化粧や古風な装いへの好みと、女性は自然であるべきだという同時代の空気とのあいだにある矛盾に反応していたと語っている*15。ここに、フェミニズム写真、演出写真、ポストモダン写真が重なる理由がある。
1981年のセンターフォールド・シリーズでは、シャーマンは雑誌の見開きに近い横長の形式へ移り、画面の中の人物がこちらに見下ろされているような不安定な関係を作った。メトロポリタン美術館の《Untitled #87》解説は、このシリーズで観者が代理的に捕食的な男性の視線へ参加させられるような構造があり、そのため作品が、対象化を十分に離れていないのではないかという批判も招いたと説明している*9。対象化とは、人物を一人の固有の存在として見る前に、欲望や消費のために眺められる身体・イメージへ変えてしまうことを指す。センターフォールドでは、横長の画面、横たわる身体、画面外へ向く視線が、男性誌や映画の見慣れた構図を連想させる。鑑賞者は「これは批判的な作品だ」と分かっていても、まずその構図に導かれて、覗き見る側の位置へ入ってしまう。だから批判は、作品が女性の対象化を暴いているだけでなく、その対象化された像を見たいという欲望まで同時に動かしてしまうのではないか、という点に向けられた。この点は、シャーマンの写真が安全な批評の位置からステレオタイプを外側で裁くのではなく、ステレオタイプが人を引きつける力そのものを作品内部に残していることを示す。1980年代以降、彼女はフィルム・スティルズの映画的記憶だけでなく、ファッション、童話、神話、歴史肖像、身体の損壊、道化、上流階級の肖像へと主題を広げた。MoMAの2012年回顧展は、彼女の主要なシリーズとして『Untitled Film Stills』、古典絵画風の「History Portraits」、老いと地位への執着を扱う「Society Portraits」を挙げ、展覧会全体の主題を、人工性と虚構、映画とパフォーマンス、ホラーとグロテスク、神話やカーニバル、ジェンダーと階級のアイデンティティとして整理している*10。SFMOMAも、1977〜80年のフィルム・スティルズ、1981年のセンターフォールド、1985年の童話・神話、1988〜90年のヒストリー・ポートレイト、1992年のセックス・ピクチャーズ、2000年のヘッドショット、2002〜04年のクラウンズ、複数のファッション・シリーズ、2008年のソサエティ・ポートレイトを、彼女の重要な連作として並べている*11。この広がりの中でも方法は一貫している。シャーマンは、時代ごとに変わる視覚文化の役柄を自分の身体に引き受け、写真の中でそれを信じられるほど具体的に作り、同時に、その信じやすさの表面にひびを入れる。
後年の《History Portraits / Old Masters》では、映画や広告の女性像だけでなく、美術史そのものが作ってきた肖像の型も対象になる。NGVは、このシリーズでシャーマンがB級映画を思わせる初期のタブローから美術史へ視線を移し、ラファエロ、カラヴァッジョ、アングルらを思わせる図像を扱ったと説明している*22。彼女は構図、衣装、ポーズ、装飾を借りるが、それを忠実な再現として閉じない。衣装、義肢、厚い化粧、作り物の身体、フリーマーケットで集めたような小道具によって、古典的な肖像が持つ権威をわざと粗くずらしていく*22。Sammlung Goetzは、このシリーズを、オールドマスター絵画における権力と社会的地位の表象を探る仕事として位置づけ、絵画を装った写真が、描写と自己演出の人工性を露出させると説明している*23。シャーマンが見せているのは、絵画を写真で再現する技術ではない。肖像画が長く担ってきた権威、美、階級、性別、宗教性の記号が、衣装、ポーズ、身体、視線、素材によってどれほど演出されてきたのかを、写真の露骨な人工性によって見せることである*22。MoMAの《Untitled #224》音声解説でも、シャーマンがカラヴァッジョの《病めるバッカス》を引き受けつつ、女性作家が男性画家を演じ、その男性画家が神を演じるという複数の層を作っていることが指摘されている*24。
シャーマンの受容で重要なのは、作品がポストモダン写真の典型としてだけでなく、1970年代以降のフェミニズム写真が抱えた「女性の身体をどう表象するか」という問題の中でも読まれてきた点である。ローラ・マルヴィは1991年の論考で、シャーマンが理論を直接掲げた作家ではないにもかかわらず、フェミニズム美学、身体、表象、ポピュラー・カルチャーの問題を結び直したと論じ、初期作品を「女性らしさ」の再表象として位置づけている*12。ただし、この評価は「女性像を批判したから重要」という単純な形では固まらなかった。MoMAのレスピニは、『Untitled Film Stills』がポストモダニズム、フェミニズム、精神分析的な男性の視線、スペクタクル文化など、時に食い違う複数の読みを引き寄せたと整理している*14。クレイグ・オーウェンズは、シャーマンの女性像をメディアが作る「女性らしさ」のモデルとして読み、ローラ・マルヴィは画中の視線やフレームが観者を覗き見る構造に巻き込む点を重視した*14。一方でセンターフォールドをめぐる反応が示すように、批判対象であるはずの欲望を作品が再び動かしてしまう危うさも、早い段階から受容の一部になっていた*9。つまりシャーマンの写真は、ステレオタイプを外から否定するのではなく、観者がそれに惹かれ、物語を補い、時には加害的な視線の位置に入ってしまうところまで作品の中に残したため、評価と不安が同時に生じた。このため、シャーマンの写真は、女性像を否定するだけの作品ではなく、女性像が作られる仕組みをいったん通過し、その内部から安定を崩す作品として受け止められてきた。The Broadの《Untitled #122》解説は、1983年のファッション写真シリーズに属するこの作品が、1980年代の高級ファッション、ハリウッド的名声のドラマ化、女性の強い振る舞いの病理化を同時に示すものだと説明している*13。こうした作品では、シャーマンは服やメイクを「美しく見せる」ためではなく、社会が女性の姿に読み込む階級、欲望、恐怖、年齢、攻撃性を露出させるために使っている。制度的な評価も、この複雑さを「写真家の成功」だけに回収していない。MoMAは1995年に『Untitled Film Stills』全体を収蔵し、1997年に全シリーズを展示したうえで、2012年の回顧展では170点以上を通して、人工性と虚構、映画とパフォーマンス、ホラーとグロテスク、ジェンダーと階級のアイデンティティを横断する作家として扱った*10。The Broadは2016年展で、同館が127点のシャーマン作品を所蔵し、彼女の仕事を映画、広告、メディア、セレブリティ文化が作るペルソナを問う実践として位置づけている*7。ナショナル・ポートレート・ギャラリーの2019年回顧展も、約150点を通じて、映画、広告、ファッションなどから得た素材と、作家自身の外見操作によって、外見とアイデンティティの緊張を探るものとして提示した*17。Studio Internationalのレビューが述べるように、彼女の写真は答えを説明するより、鑑賞者が自分で人物の背景や物語を組み立ててしまう余地を残すところに強さがある*21。それは、「シャーマンは重要作家である」という一般的な評価にとどまらない。彼女の写真は、作者のオリジナリティはどこにあるのか、既に流通しているイメージを使って作品は作れるのか、性別や階級や年齢はどのように見た目として読まれるのか、観者はただ見るだけの中立な存在なのか、という1970年代以降の美術が繰り返し扱った問いに触れていた。だから受容史の中でのシャーマンは、フェミニズムの作家、ピクチャーズ世代の作家、演出写真の作家というどれか一つに収まりきらない。写真が現実を証明する媒体だという前提が揺らぎ、テレビ、映画、雑誌、広告のイメージが日常の身振りや欲望を形作っていく時代に、彼女は「誰かが写っている」ことよりも、「誰かとして見えてしまう」仕組みを撮った。その意味でシャーマンは、写真を人物の記録から、見る側の記憶、欲望、メディア経験まで含めて作動する表象の装置へ押し広げた作家である。