バーバラ・クルーガーBarbara Kruger

バーバラ・クルーガー(Barbara Kruger)は、ピクチャーズ世代とコンセプチュアルを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、ピクチャーズ世代とコンセプチュアルを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。

基本情報
生没年 1945–

解説

バーバラ・クルーガーは1945年ニュージャージー州ニューアーク生まれ。パーソンズ美術大学でダイアン・アーバスとマービン・イズラエルに学んだのち、コンデ・ナスト社の雑誌「マドモアゼル」でアートディレクターを20代前半で務めた。クルーガーが習得した雑誌・広告の視覚言語とは、1960〜70年代アメリカの「クリエイティブ・レボリューション」が確立したものだ——フューチュラ・ボールドやヘルベチカに代表される幾何学的サンセリフ書体で断定的な命令文を打ち、クローズアップされた身体写真と組み合わせ、赤・黒・白の高コントラストで即座に目を奪う構成である。これは「あなたはこれを買うべきだ」「あなたはこうであるべきだ」と読者に語りかける命令形の修辞学であり、クルーガー自身は後に「私の芸術活動の約85パーセントはグラフィック・デザイナーとしての仕事に育てられた」と述べている*1。1977〜78年に自ら撮影した写真を試みた後、1979年頃から自己撮影を完全にやめ報道・広告・記録写真などの「見つけた写真(found images)」をベースに制作するようになった。これにはロラン・バルト「作者の死」とヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」への傾倒が決定的だった——バルトが「意味は生産の地点ではなく消費の地点で構築される」と論じ、ベンヤミンが複製が「アウラ」を消失させ政治的転用を可能にすると論じたことで、アーティストが自らイメージを生産する必然性が失われた。また、ダグラス・クリンプのピクチャーズ世代の文脈において「オリジナリティは幻想であり、既成イメージを流用することで再現前化の権力構造を暴く」という共通理解が形成されていたことも背景にある*3。見つけた写真がすでに帯びている文化的権威——広告の説得力、報道写真の信憑性——を保持しつつ、テキストの介入でその意味を反転させることがクルーガーの戦略の核心だった。「私は買い物をする、ゆえに私は存在する」(1987年)はレーガノミクス期の消費主義批判*2、「あなたの身体は戦場だ」(1989年)は中絶権を求めるワシントンDCの女性行進のための作品だ*2。パブリックアートの定義の拡張という点でいえば、クルーガー以前のパブリックアートは恒久的彫刻・壁画・建築統合作品を指し、美術の文脈を知る人が立ち止まって鑑賞するものだった。クルーガーの拡張はそれとは根本的に異なる——彼女は美術の外側にある商業コミュニケーションの実際のインフラ(バスの車体広告・ビルボード・バス停シェルター・都市の床面)を占拠し、その文脈のなかで批判的内容を流通させた。1997年にはニューヨーク市のバスが作品でラッピングされ、2012年にはロサンゼルス全土の12台のバス・85か所のビルボードとバス停が同時展開されてロサンゼルス史上最大の移動式パブリックアートと称された。2012年のハーシュホーン美術館インスタレーション「Belief+Doubt」は約622平方メートルのロビー・エスカレーター・床面を覆い、2022年のシカゴ美術館回顧展では約1670平方メートルの展示空間とアトリウムをビニールプリントと音声インスタレーションで満たした——制度空間そのものが作品となる。クルーガーの実践は「パブリックスペースはすでに消費主義のための政治的芸術に満たされている。私はその同じインフラを批判的内容で占拠する」という論理に基づいており、美術と広告の境界を問い直す実践として後続世代に広く影響を与えた*5。グッゲンハイム・フェローシップ(1983年)受賞。2022〜23年のMoMA大規模個展「あなたのことを考えている。私のことを。あなたのことを。」では展示空間全体をインスタレーションとして覆った*4

バーバラ・クルーガー 写真集

Barbara Kruger: Thinking of You. I Mean Me. I Mean You
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外部リンク

出典