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PHOTOGRAPHERS/SHERRIE LEVINE ·ピクチャーズ世代 ·UPDATED 2026.07
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§ 130 — Photographer Index — ピクチャーズ世代

シェリー・レヴィーン

Sherrie Levine 1947–
Countryアメリカ Period1980–1990s Channel写真史の論点 · コンセプチュアル
Abstract

シェリー・レヴィーンは、ウォーカー・エヴァンスやエドワード・ウェストンの写真を展覧会カタログから再撮影し、ゼラチン・シルバー・プリントとして自作名で展示した《After Walker Evans》《After Edward Weston》で知られる。既存像をほぼ変えなかったのは、同じ画像がカタログの図版、作家の作品、販売可能なプリント、美術館の所蔵品へ変わる条件を示すためだった。写真の複製性と、男性巨匠を中心に形成された近代写真史を、一つの再撮影行為の中で衝突させた。

この写真家が変えたこと

レヴィーンは、展覧会カタログに印刷されたエヴァンスの写真を撮影し、新しいネガとプリントを作り、「After Walker Evans」という題名で自作として展示した。像をほぼ変えないまま、レヴィーン名義の題名、署名、販売記録、所蔵記録を生じさせたため、写真の原作が見た目だけでなく、誰がネガとプリントを制作し、署名し、流通させたかという履歴によって認定されることが見える。男性巨匠の作品へ女性の作者名を重ねた《After Walker Evans》は、誰が近代写真史の継承者として認められるかを、コピーそのものによって問うた。

Keywords After Walker Evans 再撮影 アプロプリエーション ピクチャーズ世代 作者性 オリジナリティ フェミニズム
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

1970年代の転換—独創的な様式を更新する前衛モデルへの不信

レヴィーンはウィスコンシン大学マディソン校で絵画と版画を学び、ニューヨークへ移った後、雑誌広告や既成画像を用いたコラージュを制作した。1977年には、ダグラス・クリンプがArtists Spaceで企画した「Pictures」に参加した*1。同時期、コンセプチュアル・アートは作者の手仕事や唯一の美術品という前提を問い、映画、テレビ、広告、雑誌などの既成イメージを素材にする作家が現れた*26。独創的な個人様式を更新し続けることを前衛の価値とする考えも、批判の対象になった。レヴィーンは自分の内面から新しい像を生み出すことより、すでに流通している画像が誰の権威と欲望を運ぶかを調べた。

「女性作家はどこに位置できるのか」—男性巨匠の画像を使う理由

レヴィーンが独創性への疑いを持った背景には、美術学校で何を作っても先行作品の派生に見えた経験と、近代美術の中心が男性作家と男性の欲望によって占められているという認識があった。本人は、コピーすることによって独創性を示そうとする挫折から解放されたと振り返っている*5。また1986年には、男性の欲望を表す作品を美術制度全体が称揚する中で、女性作家がどこに自分を置けるのか分からなかったと語った*25。そこでレヴィーンは、女性作家の視点を示す新しい図像を加える方法を選ばず、自分が価値を認めてきた男性巨匠の画像を引き受け、その作品を自分の名義で作り直した。先行作への敬意と、その作品だけが「巨匠」の名の下で継承されてきた歴史への抵抗を、同じプリントの中に残すための方法だった。

§ 02 / 04 表現の核心

なぜ再撮影だったのか—見える差を消して帰属だけを変える

写真は同じネガから複数のプリントを作れ、さらに印刷図版として広がる一方、美術制度は署名、来歴、限定部数を備えた個々のプリントを唯一の作品として扱う。Hammer Museumは「After」シリーズを、複製可能な写真と、唯一の美術品を優先する文化の矛盾を問う仕事として説明している*12。再撮影を選べば、絵を模写するように形を描き直さず、ほぼ同じ像から別のネガとプリントを作れる。レヴィーンはエヴァンスが撮った場所や人物へ戻らず、展覧会カタログの印刷図版をカメラで撮影した。その結果、新しいネガ、印画紙、サイズ、額、題名、署名、販売者、所蔵者を持つ別の作品が生じた。同じ像が別の作者の作品として成立する条件を実物のプリントとして示すために、写真の複製性が必要だった*25

《After Walker Evans》—カタログ図版がレヴィーンの作品になるまで

1981年の《After Walker Evans》でレヴィーンは、ウォーカー・エヴァンスのネガや本人のプリントを使わず、展覧会カタログに印刷された図版を撮影した。カタログはすでに、原作の大きさ、紙、階調を別の印刷物へ変換している。レヴィーンはその図版を再撮影して新しいネガを作り、22点の小型ゼラチン・シルバー・プリントとして自分の個展に並べた*8。Whitney Museumの所蔵記録は、《After Walker Evans: 4》をレヴィーンの1981年の作品として登録している*10。画像がエヴァンスの写真とほぼ同じでも、作品名と作者名、所蔵記録は別に成立する。この連作は同時に、エヴァンスの写真も中立な窓ではなかったことを示す。彼は大恐慌下の小作農を撮影し、その生活を近代写真の代表作へ変えた。クレイグ・オーウェンズは、レヴィーンが「奪われた人々」を写した写真を再び取ることで、最初の撮影が被写体の生活を美術作品として取得した行為まで見えるようにしたと論じている*25

「After」—敬意、継承、後発性を同時に示す題名

「After」には、「〜の後に」「〜にならって」「〜を経て」という意味がある。Centre Pompidouは、この語が先行作家への負債を認める一方、近代美術の重要な発明がすでに行われた後から制作する作家の立場も示すと解説している*7。レヴィーンの作品はエヴァンスやウェストンの名声を消さず、題名の中に残す。したがって引用は、原作を奪って自分だけのものにする行為でも、影響を受けて別の作品を作る通常の継承でもない。同じ画像の前に「After」を置くことで、先行作への愛着、そこから逃れられない後発性、その権威を自分の名で引き受ける行為が同時に示される。

男性巨匠への敬意と批判—レヴィーンのフェミニズム

レヴィーンが再撮影したエヴァンス、エドワード・ウェストン、エドガー・ドガ、マルセル・デュシャンは、近代美術と写真史の中心に置かれてきた男性作家である。女性の名前がその作品へ付くと、同じ画像が女性の制作物としてどう読まれるか、女性は既存の美術史へどの方法で入れるのかという問題が生じる。Centre Pompidouは《After Walker Evans》を、作者と真正性に加え、美術史における女性の過少表象を問う作品と位置づけている*7。ただし、これは男性巨匠を女性作家へ置き換える英雄交代ではない。レヴィーンの作品は男性巨匠の名声がなければ成立せず、彼女自身の作者名もコピーを作品として保証する新しい権威になる。AWAREが整理する同時代の議論では、この方法は男性中心の近代美術への高度な批評と評価される一方、批判対象の形式と権威を反復してしまうとも批判された*25。この依存を作品内に残すため、批判はきれいな権威の交代にはならない。

既存写真を被写体にする—人物や身体への二重の距離

レヴィーンは小作農、裸体、女性、自然へ直接カメラを向けていない。彼女が撮影したのは、それらがエヴァンス、ウェストン、広告、美術史の図版によって、すでに「貧困」「理想的な身体」「自然」として表された画像である。Hammer Museumは、後年の《After Edward Curtis》について、写真家や記録者の目的と偏り、写真が被写体について完全な真実を伝えられるかを問い直す仕事と説明している*12。写真はここで、誰かが被写体を選び、撮影し、印刷し、作品名と作者名を付けた結果として現れる。世界へ直接開かれた窓という見方は成立しない。レヴィーンの再撮影は、被写体より前にある撮影者の視点と、図版が流通してきた履歴を作品の対象にした。

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

《After Edward Weston》—息子の身体を抽象形態にした写真を引用する

After Edward Weston》でレヴィーンが再撮影したのは、ウェストンの《Six Nudes of Neil, 1925》の図版である*27。Fotomuseum Winterthurは、レヴィーンの作品を1981年のゼラチン・シルバー・プリントとして所蔵している*11。元作では息子ニールの裸体が、貝殻や植物にも通じる輪郭と光沢を持つ形として画面を占める。レヴィーンはその像をほぼ変更せず、家族の身体を抽象的な造形へ変えるウェストンの視線と、その写真がモダニズムの代表作として継承された履歴を、自分の作者名の下で再提示した。ここでは身体の所有に加え、個人的な裸体を普遍的な「形」として扱う写真が、どのように巨匠の様式として承認されたかが問われる。

《After Edgar Degas》—写真と版画の間で複製の世代を増やす

1987年の《Untitled, from After Edgar Degas》は、ドガの作品の複製をもとにした5点組のフォトリトグラフである*15。原作はまず図版になり、その図版が撮影され、さらに版画として印刷される。媒体を通るたびに紙、濃度、サイズ、所有者は変わるが、「ドガの像」として認識される形は残る。レヴィーンは複製工程を増やすことで、原作らしさが物質の同一性にあるのか、反復される輪郭にあるのか、作家名にあるのかを分離して示した。

写真からブロンズとガラスへ—原作の価値を素材で試す

1980年代後半以降、レヴィーンは絵画、木材、ガラス、ブロンズへ活動を広げた。「Melt Down」では、キルヒナー、モンドリアン、モネらの絵画に使われた色の平均値を抽出し、元の構図を識別できない色面へ変換した*14。《Fountain (Madonna)》ではデュシャンの工業製便器を磨かれたブロンズの彫刻として作り直した*8。《Newborn》ではブランクーシの彫刻を透明なクリスタルで制作した*16。写真では既存画像が別の作者の作品になる条件を扱い、彫刻では既存の形が素材、加工、展示台によって新しい原作として扱われる過程を示した。媒体が変わっても、形の先後だけでなく、誰がどの素材で制作し、署名し、展示したかによって作品の価値が決まる仕組みを対象にしている。

「Mayhem」—写真、彫刻、絵画を年代を越えて並べる

Whitney Museumの2011–12年展「Sherrie Levine: Mayhem」は、《After Walker Evans》、ブロンズやガラスの彫刻、抽象絵画など、年代と媒体の異なる作品を同じ展覧会で扱った*17。付属冊子も写真、彫刻、絵画を横断して作品の参照元と制作方法を解説している*8。初期の再撮影と後期の彫刻を並べると、既存作品の形を保持しながら、作者名、素材、制作工程、展示方法を変える操作が一貫していることが分かる。Whitneyの音声解説も、レヴィーンが美術史から形を取り出し、作者の性別や素材など、通常は画像の外側に置かれる情報を作品へ戻すと説明している*18

§ 04 / 04 批評と写真史上の位置

《After Walker Evans》が切り離した「撮影者」と「作者」

《After Walker Evans》以前にも、デュシャンのレディメイド、ポップ・アート、コンセプチュアル・アートは既製品や既成画像を作品にしていた。レヴィーンの固有性は、近代写真史の正典となった写真を、内容も撮影技術もほぼ変えずに再制作し、複製可能な画像が男性巨匠の希少な「原作」として制度化される過程を、別の作者名を持つ物体として露出させた点にある。The Metは、ピクチャーズ世代が既成画像を再使用し、マスメディアが作る欲望や社会的役割を分析した流れの中で、レヴィーンを写真史の「父たち」の背後から撮影した作家と位置づけている*26レヴィーンの作品は、写真家の仕事が被写体の選択やカメラ操作に加え、既存画像の選択、再制作、題名、展示によっても成立しうるという問題を、1980年代の写真と現代美術における主要な争点として明確にした。

コピーが希少な美術品になる逆説

レヴィーンの再撮影が原作の権威を解体したかどうかは、早くから論争になった。《After Walker Evans》《After Edward Weston》はゼラチン・シルバー・プリントとして制作され、美術館と市場でレヴィーン名義の作品として扱われた*10。Friezeの批評は、コピーがオーラを消すより、レヴィーン自身の作品へ新しいオーラと価格を与える可能性を指摘している*20。この矛盾は、作品の失敗として外から付け加わったものではない。複製可能な画像であっても、署名、限定部数、来歴、所蔵館によって唯一化されるという仕組みを、レヴィーンの作品自身が再び実行してしまう。レヴィーンの作品は美術制度の外側に立つことができず、批判と商品化が同時に進む場所に置かれる。

批評が美術史の知識に依存する限界

引用元のエヴァンスやウェストンを知らなければ、《After》の画像は古典的な写真の複製にしか見えない。AWAREは、レヴィーンのフェミニズムと批評性を理解するには、20世紀前半の写真史、引用元、再撮影という方法を知る必要があり、その作品が非普遍的で符号化されていると批判されてきたことを整理している*25。マーサ・ロスラーは抑圧的な形式を反復すれば、その抑圧まで反復する危険があると指摘し、アビゲイル・ソロモン=ゴドーは批評の有効範囲が美術界内部に限られると論じた*25。作品が要求する知識は、男性巨匠の歴史が教育と美術館を通じて共有されていることを示す一方、その教育へアクセスできない鑑賞者を批評から排除する限界にもなる。

レヴィーンの位置—写真の原作を画像ではなく履歴として示す

レヴィーンの写真では、同じ像に複数の物質的・制度的な履歴が重なる。エヴァンスが撮影したネガ、そこから作られたプリント、展覧会カタログの印刷図版、レヴィーンの再撮影ネガ、彼女のゼラチン・シルバー・プリント、ギャラリーでの販売、美術館での所蔵は、見た目が近くても同じ作品ではない。Whitney Museumは、この仕事がデジタル画像のコピーと流通が日常化した現在にも関係すると位置づけている*6。レヴィーンが示したのは、写真が原作として扱われる条件には、画像の先後だけでなく、誰がネガとプリントを作り、署名し、所有し、展示したかという履歴が含まれるということだ。ほぼ同じ像を二つの作家名の下に存在させる方法は、再演、引用、デジタル複製における作者と所有を考える具体的な比較点になっている。

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
  • ウォーカー・エヴァンス ― 《After Walker Evans》が引用した写真家。ドキュメンタリー写真の作者性とカノンを考える起点
  • シンディ・シャーマン ― 同じピクチャーズ世代に位置づけられ、既成イメージを自己演出によって作り直した作家
  • 森村泰昌 ― 美術史上の名作へ自ら入り込み、作者、モデル、ジェンダーを再配置した作家
Movements / Contexts
§ REF さらに読む
Art History, after Sherrie Levine
Howard Singerman / University of California Press / 2011年

《After Walker Evans》以後の制作を、ポストモダニズムの一例ではなく、美術史そのものを作品によって書き換える実践として論じる研究書。

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Sherrie Levine
David Joselit, Maria H. Loh, Carrie Lambert-Beatty, et al. / MIT Press / 2018年

再撮影、絵画、彫刻を横断し、作者性、複製、所有、フェミニズムを複数の論者が検討する包括的モノグラフ。

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§ SRC 出典