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PHOTOGRAPHERS/THOMAS RUFF ·デュッセルドルフ派 ·UPDATED 2026.07
TR
§ 131 — Photographer Index — デュッセルドルフ派

トーマス・ルフ

Thomas Ruff 1958–
Countryドイツ Period1980–1990s Channel写真史の論点 · コンセプチュアル
Abstract

トーマス・ルフは、友人を一定条件で撮り、高さ約二メートルに拡大した《Porträts》から、天文台の観測ネガ、新聞写真、暗視映像、インターネット上のポルノや報道画像へ進んだ。報道写真家を志してデュッセルドルフ芸術アカデミーに入り、ベッヒャーのもとで、主題、撮影条件、連作、プリント、展示を一つの制作として考えるようになる。《Interieurs》《Porträts》で、写真の意味が撮影前の設定と見る側の推測によって作られることを確かめ、巨大タブロー、既存画像、デジタル処理を結びつけた。

この写真家が変えたこと

既存画像の流用や大型写真には先例があったが、トーマス・ルフは、写真制作の中心をカメラの前の現実だけでなく、社会ですでに作られ流通する画像へ置いた。証明写真、天文観測、新聞、暗視映像、ポルノ、JPEGを巨大なタブローとして美術館の壁に置き、ベッヒャーの規則的な連作、アプロプリエーション、大判カラー写真、デジタル処理を一つの継続的な制作へ結びつけた。これにより、写真家が新しい光景を撮ることに加え、既存画像の用途、加工、圧縮、支持体、展示方法を選び直すことも写真表現になりうると示し、カメラ撮影を作品の唯一の起点としない現代写真の作者像を具体化した。

Keywords デュッセルドルフ派 タイポロジー写真 大判カラー写真 Porträts jpeg メタ写真
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

デュッセルドルフ芸術アカデミー―報道写真志望から《Interieurs》《Porträts》へ

ルフは高校時代に天文学と写真の進路で迷い、『ナショナル ジオグラフィック』のような雑誌で世界を取材する写真家を目指して、1977年にデュッセルドルフ芸術アカデミーへ進んだ。美しい絵画が作られる場所なら写真も学べると考え、ドイツの美術大学で唯一、絵画のクラスと同じように写真を扱っていたベルント・ベッヒャーのクラスを選んだと振り返っている*1

入学時に制作していた旅や風景の写真はベッヒャーの方法と正反対で、ルフ自身も後にキッチュだったと評した*18。絵画、彫刻、映像の学生との批評は、写真の長所と限界を考え、自分の写真言語を探す契機になった*1。異国の風景を美しく撮ることから、身近な室内を一定の条件で反復撮影する《Interieurs》へ移ったことで、主題、光、切り取り、色、連作の順序を自分で決める制作が始まった。後年に既存画像を扱う際にも、画像が誰のために、どの規格で作られたかを確認し、選択、加工、プリント、展示によって作品の意味を定める手続きが続いている*16

《Interieurs》―戦後西ドイツの室内とカラー写真

ルフが最初に継続した《Interieurs》(1979–83)は、自宅や家族、親類、友人の家の一角を、小型のカラープリントとして撮った連作である。ベルント・ベッヒャーを通じて知ったウジェーヌ・アジェとウォーカー・エヴァンスの室内写真に関心を持ち、自分たちの世代が育ち、暮らしていた家庭環境を対象に選んだ*42。カーテン、壁紙、絨毯、木製家具、鏡に映る光は、住人の姿を写さずに、その家の趣味、階層、時代感覚を伝える。ルフは家具を動かさず、既存の自然光を用いる一方、切り取る範囲によって各部屋の特徴と雰囲気を要約しようとした*42

カラーは壁紙、木材、布、塗装の差を生活史の情報として残した。白黒の精密な記録を基準としたベッヒャー夫妻の作品に対し、ルフは色を日常空間の記述に必要な要素として選んだ*43。1980年代初頭に多くの室内が改装され、同時代的な様式へ変わったため、彼は1983年に連作を終えている*42。この経験から、写真は細部を記録すると同時に、切り取りと色によって対象の印象を作ること、そして家具や壁の表面だけでも生活像が読み取られることを学んだ。

ベッヒャーの反復から巨大カラー肖像へ

ベッヒャー夫妻は水塔や高炉を、曇天の均質な光、正面に近い視点、人物のいない画面で撮り、同種の建築をグリッドに並べた。条件をそろえることで、個々の形態差を比較できる方法である*6。ルフは、条件を決めて反復し、一枚の印象より連作全体で検討する手続きを受け継いだ。対象と形式は大きく変えた。白黒の産業施設をカラーの顔へ、遠景の建築をフラッシュで照らした近接像へ、複数点のグリッドを一人の顔が壁面を占める単体作品へ置き換えた。

1980年頃、ルフは当時の現代美術でほとんど扱われていなかった肖像というジャンルを研究し、デュッセルドルフのバンドEKGの撮影やテレビ情報誌の表紙を参照しながら、友人や同世代の人物を撮り始めた。日常の服、落ち着いた表情、胸像に近い構図を選び、初期には被写体自身が背景色を選んだ。やがて明るい無地の背景、正面向き、均一な照明へ条件を絞り、顔から性格を説明する身振りを減らした*53。西ドイツで身分証の提示や監視への意識が高まっていた時期に、証明写真に近い正面性を用いたことも、この形式へ同時代的な緊張を与えた*26

1984年から86年にかけてプリント寸法を試し、1986年に約210×165センチへ拡大すると、顔の視線と表情、写真そのものの存在感が強くなった*53。小型プリントを見た友人が、被写体本人がその場にいても写真を本人の代わりに扱った経験も、大型化を促した*17。巨大な顔は人物の代用品として手に取れる範囲を越え、鑑賞者に「人」より「人を写した写真」を意識させる。この形式は、肖像ジャンルの再検討、規格化された顔写真への関心、本人と像の混同、プリント寸法の実験が重なって成立した。

§ 02 / 04 表現の核心

その後の各シリーズで、ルフは自分がカメラを向ける仕事から、他者や組織がすでに作った画像へ進んだ。《Porträts》では自ら撮影条件を定め、《andere Porträts》では警察の合成装置、《Sterne》では天文台、《Zeitungsfotos》では新聞社、《Nächte》では軍事用暗視装置が像の形を決める。《nudes》《jpeg》の原画像は、インターネット上で圧縮・複製され、撮影時の用途や出所から離れて流通していた。ルフは、それぞれの画像が何を写したかとともに、人物識別、科学観測、報道、監視、性的消費、通信という目的が、画面の規格、色、細部、解像度をどう決めたかを作品にした。

《Porträts》―巨大ポートレートが肖像写真の見方を変える

《Porträts》は、4×5インチの大型カメラ、フラッシュ、物体撮影用の長焦点レンズを用い、友人や同世代の人物を撮った連作である*28。1986年以後は、明るい無地の背景、正面向き、均一な照明、感情を抑えた表情へ条件が絞られた*15。皮膚、髪、衣服の細部は精密に写る。笑顔、身振り、生活空間、職業を示す道具は画面から外される。National Portrait Galleryは、この連作を心理的な暴露を避け、顔を公共的な記号として提示する肖像と位置づけている*7

巨大化された顔を前にすると、鑑賞者は毛穴、しみ、髪型、服装を長く観察できる。それでも職業、性格、感情は確定しない*20。ルフの論点は人間の内面の有無より、写真がそれを保証できるかにある。写真に記録されるのは肌、髪、衣服、光の反射であり、人格は見る側が表情、服装、階級、職業について持つ慣習から補われる*53。The Met所蔵の《Portrait (A. Siekmann)》も、約二メートルのカラー肖像が単体の壁面作品として提示される形式を示す*29。《Portrait (O. Cieslik)》のような作品は、顔の情報と人物についての知識のあいだに残る距離を保ち、鑑賞者がどの手がかりから人格を推測したのかを意識させる*8

《andere Porträts》―警察の顔合成装置と架空の人物像

《andere Porträts》(1994–95)で、ルフは顔を写すカメラから、顔を合成する装置へ焦点を移した。1970年代にドイツ警察が容疑者の顔を再構成するために用いたミノルタの画像合成装置で、《Porträts》の二人の顔を重ね、実在しない人物像を作った。最終像はシルクスクリーンで印刷され、額、目、鼻、口を交換可能な部分として組み合わせる制度的な発想が前面に出る*34。警察の装置は、証言者の断片的な記憶を標準化された顔へ変え、その像を一人の容疑者らしく提示する。《Porträts》が実在する人物と写真の距離を扱ったのに対し、この連作は一人も写っていない画像が人物写真として受け入れられる条件を示す。

《Sterne》《Zeitungsfotos》―科学画像と報道写真を作品の原料にする

《Sterne》は、少年期から続く天文学への関心から生まれた。ルフの望遠鏡では求める精度に届かず、大型望遠鏡を備えた天文台での撮影許可も得られなかったため、ヨーロッパ南天天文台が科学観測用に作った高精細ネガを購入した。南天のパノラマから一区画を選び、方向、切り取り、プリント寸法を決め、科学資料を星空の壁面作品へ移した*17。露光した望遠鏡と技術者、ネガを保管した研究機関、像を選んだルフが制作を分担している。

《Zeitungsfotos》は、ルフが約十年間切り抜いてきた新聞写真から始まった。キャプションを外し、記事中の二段幅に近い同じ寸法で印刷すると、国際政治、経済、スポーツ、文化の記録として使われていた像の多くが、場所、時刻、出来事を特定できない場面になる。拡大によって新聞印刷の網点も写真の表面に現れる*19。焦点は撮影者の意図の復元より、観測機関と新聞社が何を記録し、どの部分を選び、どの文字とともに流通させたかにある。

ジョン・G・ハッチは、《Sterne》から《Cassini》《ma.r.s.》までを、肉眼で直接見られない宇宙が望遠鏡、探査機、データ処理、着色を経て写真として現れる仕事として論じている*35。科学画像にも、利用する波長、複数データの合成、色の割り当てといった選択がある。ルフは科学的な利用価値を否定せず、同じデータが観測記録、宇宙の景観、大型作品として異なる役割を持つ過程を示す。どの装置と処理が、何を「見える宇宙」として提示したかが作品の論点となる。

《Nächte》―湾岸戦争の暗視映像と監視の視覚

《Nächte》は、1991年の湾岸戦争でテレビ画面に反復された軍事用暗視映像を契機に、光増幅装置をカメラへ取り付け、デュッセルドルフの住宅、道路、庭を夜間に撮影した連作である。緑色の粒子、円形に暗く落ちる周辺部、不鮮明な輪郭は、視聴者が戦場と結びつけて覚えた外観だった*17。ルフが同じ装置を自宅周辺へ向けると、《Nacht 3 I》の家、樹木、道路にも監視、危険、攻撃の可能性が重なる*9。住宅街という被写体、微弱な光を増幅する装置、軍事映像を見てきた鑑賞者の記憶が一緒に働き、平穏な場所を警戒区域として読ませる。

Camera Austriaに掲載されたルフとトビアス・ツィローニーの対話は、暗視装置を「光学的補綴」と捉えている*38。この装置は暗闇の視認性を高めると同時に、軍事・監視の目的に合わせて色、明るさ、画面周辺部の形を規定する。得られるのは標的の発見と識別に適した視覚である。トム・モートンは2002年のFrieze評で、郊外の庭と空爆下のバグダッドを同じ緑色で結ぶだけでは政治的な意味が確定しないと留保した*39。作品が示すのは住宅街と戦場の同一性より、テレビ報道を通じて身についた軍事的な見方が、別の場所にも適用される瞬間である。

《l.m.v.d.r.》―ミース建築と建築写真の記憶

《l.m.v.d.r.》(1999–2001)は、1998年にクレーフェルト美術館のユリアン・ハイネンから、改修後に再開するミース・ファン・デル・ローエ設計のハウス・ランゲとハウス・エスタースを撮影する依頼を受けたことから始まった。クレーフェルトでの展示後、MoMAのミース回顧展のためにヨーロッパ各地の建築も撮影することになった。現存せず撮影できない建物には既存資料を用い、自ら撮った写真とともにデジタル処理した*52

ルフは色の変更、反転、重ね合わせ、ぼけ、立体視など、それまでに試してきた方法を建物ごとに選んだ。ミースの建築は竣工写真、図面、コラージュ、フォトモンタージュ、展覧会カタログによって、透明性と合理性を象徴する近代建築として繰り返し伝えられてきた。ヘレン・ロバートソンは、この連作をミース自身の視覚的手法との対話として論じている*36。作品の焦点は建物の現在の外観と、その評価を形づくってきた画像の双方にある。撮影できる建物と失われた建物、自作写真と歴史資料を同じシリーズに置くことで、建築の記憶が写真によって維持されてきたことを具体的に示した。

《nudes》―インターネット・ポルノと大型写真

《nudes》は、1999年頃のインターネット上にあった低解像度のポルノ画像をダウンロードし、色、ぼけ、輪郭、構図を加工して大型プリントへ変換したシリーズである。当時の遅い回線では、小さなサムネイルと圧縮画像が裸体を素早く識別し、次の画像へ移るために使われた。ルフは粒子からピクセルへの変化と、圧縮によって画像が電子メールやウェブを通じて容易に配布される状況を一つの問題として捉えた*17。古典的なヌードへ取り組む際には、新たなモデルを撮影する方法を避け、すでにネット上で流通する像を素材に選んだ*2。輪郭をぼかして拡大すると、離れた位置では身体や行為が読め、近づくと色のにじみと画像処理の痕跡が前面に出る。The Metは《Nudes ree07》を、私的に消費されていたネット画像が公共の美術館へ移り、西洋美術に蓄積された女性裸体の展示史と接触する作品として説明している*27

この移動には倫理的な緊張が残る。原画像の撮影者、制作条件、被写体の意思は完成作品から確認できず、ルフは画像を選び、署名付きの大型作品として画廊や美術館へ流通させる。性的な像の消費を分析する行為と、その像を別の価値体系へ投入する行為が同時に起きる。ジェフ・ダイヤーは、ぼけが裸体へ絵画的な叙情性を与える一方、ポルノ産業に由来する不快さも残ると指摘した*25

モートンは、素材となったポルノ画像にも、ポーズ、室内装飾、照明、撮影位置、画像処理による演出があると指摘している*39。ルフは商品として作られた像へ、ぼけ、拡大、美術館展示という第二の処理を加えた。原画像の安価な商業性は弱まるが、身体のポーズと性的な用途は残り、古典的ヌードを連想させる色面とポルノの消費構造が同じ画面に並ぶ。

《jpeg》―低解像度画像、JPEG圧縮、9.11

《jpeg》は、インターネットで流通する低解像度画像を加工し、8×8ピクセル単位の圧縮ブロックが見えるまで拡大した連作である。ルフは2001年9月11日にニューヨークで世界貿易センターの崩壊を撮影したが、フィルムに像が残らなかった。その経験から個人の目撃写真を作る方針を離れ、ニュースサイトを通じて世界中へ反復配信された画像を集めた*1。《jpeg de01》は、離れて見ると崩壊する世界貿易センターとして読め、近づくと煙、建物、空が四角い色面へ分かれる*11。MoMAの《jpeg msh01》でも、接近するほど細部が増える通常の大型写真と逆に、像が圧縮の格子へ変わる*10。JPEGは情報量を減らして高速配信する計算方式であり、小さな画面では圧縮による欠落が目立ちにくい。巨大プリントでは、通信を支えていた圧縮ブロックが事件の像と同じ重さを持つ表面になる*19。題名、記憶、反復報道が不足した情報を補い、粗い画像から出来事を認識させる過程が作品化されている。

イングリッド・ホエルツルとレミ・マリーは、JPEGを像を8×8ピクセルのブロックへ分け、情報を数値化して再構成するコーデックとして捉える*33。計算手順は、保存する差と捨てる差を決め、閲覧のたびに画像を再生する。ルフの拡大によって、通常の画面で背景へ退いていた計算処理が、煙や建物と同じ可視的な構造になる。イアン・ロスウェルはヴィレム・フルッサーの装置論から、《jpeg》の不穏さを、利用者が画像を自在に扱っているように見えながら、情報の選別をコーデックのプログラムが自動的に担う点に見ている*31。ブロックノイズの強調によって、撮影後の計算が見え方を決めることが示される。2007年のModerna Museet展も、この作品を、遠くからは戦争や災害、近くからは抽象的な色面として見える「恐怖と魅惑」の往復として紹介した*40

ヴェレッド・マイモンは、《jpeg》を大判の単体作品としてのみ評価すると、匿名の資料画像を流用するコンセプチュアルな側面が後景化すると論じる。原画像の作者や撮影目的が失われた《jpeg》は、1970年代のコンセプチュアル・アートが用いた写真資料の系譜に連なる「流用されたレディメイド」でもある*47。さらにネット画像は、意味を運ぶ図像であると同時に、容量、画素数、圧縮率として保存・交換される数値情報でもある。ルフの画面では、匿名の資料、計算された画像、大型の限定プリントという三つの状態が重なっている。

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

前章では、各シリーズがどのような画像を対象にしたかを追った。ここでは、プリント、支持体、展示、写真集という作品の形を確認する。大型化、ディアセック、紙ネガ、網点、写真裏面の文字は、鑑賞距離と画像の読み方を決める構成要素である。

大型写真とタブロー形式―《Porträts》が写真展示を変えたこと

美術史でいう「タブロー形式」は、一枚の写真を壁面に自立する作品として制作し、不特定多数の鑑賞者が展示空間で正面から見る形式を指す。ジャン=フランソワ・シュヴリエが1980年代の写真を論じるために用いた概念で、雑誌や写真集のページに連続して載る小さな複製から、展示室の壁を占める単体作品への移行を捉えた。オリヴィエ・リュゴンは、この移行によって作品の寸法、支持体、設置方法、鑑賞距離が写真の内容と同じ水準の判断になったと整理している*44

《Porträts》の大型化は、小型プリントが被写体本人の代用品として読まれた経験と、1984年から86年に行った寸法実験から生まれた*17。顔を鑑賞者より大きくすると、人物を確認する写真から、写真そのものと対面する作品へ性格が変わる。ディアセックはプリント表面を透明なアクリル板へ密着し、背面をアルミニウムなどで補強する方式で、紙の縁、マット、通常の額縁をほぼ見せない*23。光沢のある平面が壁から浮かび、色と細部が強く現れる。The Metは、この大型化と直接マウントが、美術館の歴史画と街頭広告の双方を想起させ、写真へ物体としての存在感を与えたと説明している*6

マイケル・フリードは、現代写真が絵画や彫刻と同じ展示空間で重要性を持つようになった理由を、タブロー形式と鑑賞者の関係から論じ、その主要例の一つに《Porträts》を挙げた*45。証明写真なら手のひらに収まる顔が約二メートルへ拡大されると、一人が近くで所有する肖像から、複数の人が同時に見る公共的な壁面へ変わる。フリードは《Porträts》の正面性をマネの肖像画と比較し、鑑賞者と向き合う巨大写真として論じている*45

顔は視線を逸らさず、感情を説明する身振りも見せない。鑑賞者は近づいて毛穴、髪、肌の色、照明の均一さを確認し、全体像を見るために後退する。この往復によって、顔から人格を読み取る経験と、粒子やアクリルの反射を持つ平面として写真を見る経験が交互に現れる。ディアセックの光沢には展示室の照明や鑑賞者の姿も映り込み、像の表面と鑑賞空間が重なる。タブロー形式は、鑑賞者の身体、距離、移動を作品の見え方へ含める方法となった。

ルフの大型写真では、作品の大きさ、支持体、表面、連作の順序、展示間隔、鑑賞距離が、被写体や構図と同じ水準の制作判断になった。一枚の写真が雑誌や写真集の複製として消費される状態から、展示室の特定の壁を占め、鑑賞者の身体と向き合う作品へ移る。デュッセルドルフ芸術アカデミーで写真が絵画や彫刻と同じ批評の場に置かれ、他媒体の学生と議論できたことは、この制作態度を支えた*1

1980年代の西ドイツでは、新表現主義絵画の活況とともに新しい画廊が生まれ、写真を扱う美術館と市場も成長した。ルフは当初、芸術作品の販売より依頼仕事で生活するつもりだったが、巨大な《Porträts》が登場した時期と写真を扱う画廊・美術館の拡大が重なったと振り返っている*1。大型化は肖像と本人の混同を解くための制作上の判断から始まり、その形式を壁面作品として受け入れる制度が同じ時期に整った。作品側の必要と展示制度の変化が接続したことで、《Porträts》は現代美術の展示室へ定着した。

タブロー形式を写真の「成熟」や絵画との対等化として評価すると、概念芸術、制度、社会的条件と交差してきた別の経路が脇へ退く。マシュー・ビロは、フリードの歴史叙述が鑑賞者との対峙を中心基準に据える危険を指摘している*46。ヴェレッド・マイモンも、《jpeg》を匿名の資料画像を選択したレディメイドとして読み、大型壁面写真が概念芸術を乗り越えたという筋書きに反論する*47。ルフのタブローは、複製され用途に従ってきた画像を一回的な展示経験へ変え、同時に大型プリント、堅牢な支持体、限定エディションによって希少な美術作品へ変える。壁面での対面性と、写真が持つ複製・流通・再利用の性質が同居する点に批評的な緊張がある。

《Maschinen》から《press++》へ―ネガ、網点、裏面、支持体

《Maschinen》(2003)では、1930年代の機械販売用パンフレットに使われたガラスネガをスキャンし、機械と背景へ色を付け直して大型プリントにした。ヘルタ・ヴォルフがルフを「写真の歴史家」と呼ぶのは、ガラスネガ、商品カタログ、アーカイブ、スキャン、デジタル着色という異なる時代の工程を一枚に接続するからである*37。過去の画像も複製と修整を通じて商品として作られ、現在のデジタル処理もそのネガと印刷物に依存する。アナログとデジタルは、作品の中で連続した加工履歴として現れる。

ここで「写真の物質的な構造」が指すのは、感光紙の寸法、ネガの反転、紙の繊維と損傷、新聞印刷の網点、写真裏面のスタンプや書き込みなど、画像の成立と使用を支える具体的な痕跡である。《Fotogramme》では従来のフォトグラムを試した後、印画紙の寸法、色、物体を置き直せない条件が構想を制限すると判断し、三次元ソフトウェア内に感光面、物体、レンズ、光源を置く仮想暗室を設計した*30。《Negative》では古い写真をデジタルに反転し、プリント制作の中間物だったネガの青い調子を完成作品として提示した*2。《Tripe | Ruff》では、V&Aが所蔵する1850年代の紙ネガを拡大し、紙の繊維、変色、亀裂、裏面から描き加えられた雲や植物まで読めるようにした*22。《press++》では、報道写真の表面と、裏面に残る配信社のスタンプ、日付、編集者の書き込み、切り抜き指示をスキャンして重ねる。大判化によって、撮影後の切り取り、説明、電送、再使用の履歴が一枚の画面に現れる*19。デジタル処理は、紙、薬品、印刷、編集の作業を画像の一部として提示する。

《Tripe | Ruff》の紙ネガは、技法史上の資料であると同時に、イギリス東インド会社の公的任務のもとでリンネウス・トライプが1850年代のインドとビルマを撮影した植民地資料である。V&Aの委嘱によってルフが繊維、亀裂、描き込みを拡大すると、建築と土地を統治する側の知識として整理した撮影目的も素材の来歴に残る*22。ショーン・ウィルコックは、植民地写真を完成したポジ像だけで論じると、紙ネガの損傷、化学反応、気候による変化が作った不安定さを取りこぼすと指摘している*49。ルフの拡大はその不安定さを可視化し、同時に、資料が軍事・植民地行政の視線によって作られ、現在はヨーロッパの美術館に保存される権力関係も残す。写真技法の保存と植民地アーカイブの現代美術化が同じ作品で進行している。

Interview Magazineの《press++》紹介が示すように、この連作は写真の表面と裏面を別々にスキャンし、半透明に重ねることで、報道された場面と使用履歴を同時に読ませる*41。スタンプ、キャプション、日付、切り抜き線は、何の出来事として、いつ、どの範囲で掲載されたかを決めた編集行為の記録である。表裏を一つにすると、通信社と新聞社の作業が被写体と同じ画面上の情報になる。

写真集と回顧展―外観を統一しないシリーズ構成

ルフはシリーズごとに被写体、装置、原画像、プリント方法を変え、問いに応じて別の外観を選ぶ。V&Aは、大型肖像からNASAの火星画像まで、他者が作った像の編集と操作を含む制作を、写真の工程、技術、概念を継続的に検討する仕事として整理している*14。Whitechapel Galleryの回顧展は1979年から2017年までを、肖像、郊外、宇宙、ヌード、ユートピア、破局という異なる主題を通じて現代の画像文化を調べる実践として構成した*3。MCA Chicagoも、《Porträts》から新聞写真、夜景、建築、インターネット画像までを、写真の用途と見え方を調べる複数の系列として紹介した*5

日本では2016年に東京国立近代美術館と金沢21世紀美術館を巡回した大規模回顧展が開かれ、金沢では18シリーズ、約160点が展示された*12。Gallery Koyanagiは1998年以降の国内個展と作品画像を継続して公開している*13。写真集『jpegs』では、災害、風景、建築、戦争の画像が見開きの連続で並び、異なる出来事が同じ圧縮形式で流通する状態を、本をめくる時間の中で経験させる*21

§ 04 / 04 批評と写真史上の位置

ルフ以前にも、フォトモンタージュ、ポップアート、コンセプチュアル・アート、アプロプリエーションは既存写真を作品へ取り込んでいた*16。大判のカラー写真を壁面作品として提示するタブロー形式も、1970年代末以降に現代美術の重要な形式になっていた*44。ルフは、ベッヒャーから学んだ規則的な連作を土台に、証明写真、科学写真、報道写真、軍事画像、ポルノ、JPEGという異なる画像制度を、一人の写真家の継続的な制作へ結びつけた。ヴェレッド・マイモンが《jpeg》を匿名の写真資料とレディメイドの系譜から読むように、ルフの仕事では大型タブローとコンセプチュアル・アートの資料性が同時に成立する*47

メタ写真とは何か―撮影規則、用途、処理を写真の主題にする

MAMC+が用いる「メタ写真」は、写真が何を写したかに加え、どの規則と処理によって画像になったかを写真で検討するルフの制作を指す*4。《Porträts》では被写体、背景、照明、表情を撮影者が設定する。《Sterne》《Zeitungsfotos》《Nächte》では、天文観測、報道、軍事監視の装置と組織が用途に合わせて像を作る。《nudes》《jpeg》では、原画像が圧縮・複製され、出所から離れて画面間を移動する。Kunstsammlung Nordrhein-Westfalenは、ネガ、網点、電送、圧縮、アーカイブ、データベース、インターネットといった技術的条件と保存経路を、ルフがシリーズごとに可視化してきたと説明する*19。カンパニーも、自ら撮影する作品と既存画像を用いる作品を一続きの実践として論じている*16。肖像、科学資料、報道、ポルノ、宣伝という用途が、それぞれ異なる画面形式を生むことが両者をつないでいる。

ダン・アドラーが「装置」としてまとめた対象には、カメラ、証明写真の規格、警察の顔画像合成機、天文台、新聞社、暗視装置、画像圧縮が含まれる*32。これらの技術と組織は、撮影者が画像を選ぶ前から、残す情報、排除する情報、使用目的を定めている。ルフはベッヒャー夫妻から反復と条件設定を受け継いだ。ベッヒャー夫妻の比較対象が産業建築の形態差だったのに対し、ルフでは人物識別、科学観測、報道編集、軍事視覚、データ圧縮を行う規則の差が比較対象になった。

トーマス・ルフへの批判―脱文脈化、美学化、再商品化

ルフの作品は分析的で無感情に見え、同時に、色、ぼけ、光沢、大型化によって強い視覚的快楽を生む。デヴィッド・カンパニーは、《jpeg》のピクセルが遠景の像と近景の色面を往復させ、デジタル画像の欠落を魅力的な画面へ変える点を論じている*24。《nudes》についてジェフ・ダイヤーは、ぼけが裸体へ叙情性を与える作品と、ポルノ産業の不快さを残す作品が併存すると指摘した*25。The Metが述べるように、ネット上の私的な性的画像を美術館のヌードの系譜へ移す行為は、公私の境界と女性裸体を鑑賞する伝統を同時に作動させる*27

《nudes》はポルノ画像の高速な消費を分析し、その像を希少な大型作品として再び鑑賞と売買の対象にする。《jpeg》ではテロや災害の煙、炎、破壊が色の格子として美しく見える瞬間がある。Smithsonianは《jpeg de01》の画素化が細部の確認を阻み、集合的記憶の不安定さを示すと説明している*11。ルフは美しさを批評の外へ追い出さず、鑑賞者が画像へ引き寄せられること自体を、画像の制作と消費の過程に含めている。

既存画像からキャプション、日付、場所を外す方法には、歴史を平板化する危うさがある。《Zeitungsfotos》や《jpeg》は、文字が報道写真の意味を支えることを明確にする一方、戦争、テロ、災害を「同種の画像」として並べると、出来事ごとの原因、被害、責任が後景へ退く。Will Fenstermakerは、ルフが写真を表面やメディアの文法へ還元することで、画像が生まれた歴史的関係から切り離されると批判している*48。《press++》は裏面の文字と使用履歴を画面へ戻したが、元の撮影者、通信社、編集者の労働と所有を、ルフの署名作品へ移す関係は残る。

近年の《tableaux chinois》は、毛沢東期に中国共産党がヨーロッパ向けに刊行した雑誌『La Chine』の宣伝写真を用い、オフセット印刷の網点とデジタル画像のピクセルを一画面に重ねた連作である*51。題名の「tableaux」はタブロー形式を想起させ、大量印刷された小さな宣伝画像が、高さ約二・四メートルのディアセック作品へ変わる点で交差する。ルフはアナログ印刷とデジタル加工が理想化された政治像を作る手続きを前面に出す。宣伝画像の人工性が可視化される一方、作品は魅力的な大型写真として再流通し、批判と再商品化の緊張を繰り返す。

デュッセルドルフ派の中での位置―撮影者から画像の生産条件へ

デュッセルドルフ派という名称は共通の教育背景を示すが、作家ごとの写真観は大きく異なる。トーマス・シュトルートは都市の街路、美術館、家族、科学施設にカメラを置き、建築、制度、歴史とそこにいる人間の関係を一枚の写真に保った。アンドレアス・グルスキーは、高い視点と精密な画面構成によって、群衆、生産、消費、観光が一つの総体として見える光景を作った*6。ルフは、人や場所を写す形式そのものを中心的な対象とした。《Porträts》《Sterne》《Zeitungsfotos》《Nächte》《nudes》《jpeg》を並べると、シャッターを切る者はルフ本人、科学機関、報道写真家、機械、匿名の撮影者へ変わる。作品をつなぐのは、原画像の選択、残す情報、処理、寸法、支持体をルフが決める点である。作者性は撮影者の署名から、画像の生産条件と用途を調べ、提示方法を定める判断へ移る。既存画像、スキャン、計算処理、アーカイブ、ネット配信までが写真制作に含まれる状況は、しばしばポスト写真と呼ばれる。ルフは《Porträts》を制作した1980年代初頭から、撮影前の設定と撮影後の処理が写真の意味を決めることを、異なる画像システムで検証し続けた*17

クラウス・グンティの研究は、デュッセルドルフ派のデジタル化を作家ごとの選択として検討する。1990年代以後、ルフ、グルスキー、ヨルク・ザッセはデジタル技術を採用し、同じ教育環境から出た別の作家はフィルム撮影を制作の中心に残した*50。グルスキーにとってデジタル処理は、自ら撮影した複数の断片を統合し、社会空間を一つの眺望へ構成する手段になった。ルフは、原画像の撮影者にかかわらず、合成装置、科学データ、印刷網点、圧縮方式を作品の起点へ置いた。デジタル技術への応答は、写真の原物と写真家の仕事をどう定義するかについて、同世代の内部に異なる回答を生んだ。

写真史全体で見ると、ルフはアプロプリエーション、コンセプチュアル・アート、大型タブロー、デジタル画像という別々の流れを、一人の写真家の継続的な制作へ結びつけた*16。写真作品は、撮影者が現実の前で得た像だけを起点とせず、社会を循環する既存画像の選択、再処理、支持体、展示からも成立しうる。ルフはこの可能性を、《Porträts》から《jpeg》《press++》まで、アナログとデジタルをまたぐ連作として具体化した。

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
Movements / Contexts
  • デュッセルドルフ派 ― ベッヒャーの教室で、一定条件の連作と、写真を独立した美術作品として検討する姿勢を学んだ背景
  • タイポロジー写真 ― 条件をそろえた系列によって比較の視線を作る方法
  • 大判カラー写真 ― 《Porträts》の顔を鑑賞者より大きくし、小型写真とは異なる見方を生んだ展示形式
  • コンセプチュアルアート ― 撮影の技巧より、規則、選択、再配置を作品の中心に置く系譜
§ REF さらに読む
Thomas Ruff 1979 to the Present
Matthias Winzen 編 / Verlag der Buchhandlung Walther König / 2001年

《Interieurs》《Porträts》から既存画像とデジタル処理まで、初期二十年余の展開をまとめた基礎文献。

公式書誌で確認 ↗
Why Photography Matters as Art as Never Before
Michael Fried / Yale University Press / 2008年

ルフの《Porträts》を含む大型写真を、タブロー形式、正面性、鑑賞者との関係から論じた研究書。

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§ SRC 出典