タルボットはカロタイプ(ネガ=ポジ方式)を発明し、一枚のネガから複数の陽画を作るという写真の複製性の基盤を築いた。「自然の鉛筆」(1844〜46年)は商業出版された最初の写真入り書籍であり、写真が記録・芸術・複製の三つの機能を持つことを世に示した。
タルボットはカロタイプ(ネガ=ポジ方式)を発明し、一枚のネガから複数の陽画を作るという写真の複製性という原理を写真史に持ち込んだ。ダゲレオタイプが複製不可能な一点物であったのに対し、タルボットのプロセスは20世紀の雑誌・新聞・書籍・広告写真を支えることになる複製原理の基盤となった。さらに『自然の鉛筆』(1844〜46年)によって写真入り書籍の商業出版を初めて実現し、写真が記録・芸術・複製という三つの機能を同時に持ちうることを示した。特許管理の厳格さが普及を妨げるという皮肉を伴いながらも、概念的・技術的な射程においてタルボットの貢献は20世紀の写真文化全体に及んでいる。
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ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットは1800年にドーセット州メルバリー・サンプフォードに生まれた。ケンブリッジ大学でラテン語・ギリシャ語・数学・自然科学を修め、のちに言語学・植物学・天文学など多岐にわたる研究を残した博学者である*1。
転機は1833年10月のイタリア・コモ湖でのハネムーンだった。カメラ・ルシダ(光学式製図器)を用いてスケッチを試みたが、自身の画力の乏しさに深く失望した。「カメラから目を離すと、紙の上には情けない痕跡しか残っていない」と後に記している。この体験から「カメラが投影する像を化学的に定着できないか」という着想を得て帰国後に実験を開始した*2。
1835年夏、ラコック・アビーの敷地内に小型カメラを複数設置し、塩化銀を染み込ませた紙に建物の輪郭を記録した——妻がこのカメラを「ネズミ捕り」と呼んだことは有名である。「格子窓」(c.1835)はこの時期の現存最古のタルボット作品で、わずか2.5cm×2.5cmの小片に窓格子が写し取られている*3。
1839年1月にダゲールの成功の報を聞き、急いで自身の発明を公表した。1841年に「カロタイプ」と改名し特許を取得した改良版ネガ=ポジ方式は、紙ネガから複数の陽画を作る本格的な複製写真技術の最初の実用化だった。1844〜46年に刊行した写真集『自然の鉛筆』は商業出版された最初の写真入り書籍であり、全24枚の写真で写真の記録・芸術・複製としての可能性を示した*4。
タルボットは特許権を厳格に管理したため、イギリスではカロタイプの普及がフランスに比べて大きく遅れた。晩年は楔形文字の解読研究にも多くの時間を費やし、1877年に没した*5。
カロタイプとダゲレオタイプを比較するとき、両者の差異は単なる技術の優劣ではなく、写真の根本的な概念の違いとして立ち現れる。ダゲレオタイプは複製不可能な一点物として現実の精密な記録を目指したのに対し、カロタイプは紙ネガの粒状感・柔らかさ・複製性という三つの特質を持つ*6。タルボットのプロセスは「写真は複製される」という現代的な写真概念の起源である。
紙ネガの物質的な特性——繊維の目が像に溶け込む点——は視覚的な限界であると同時に、ヒル&アダムソンが発見したように絵画的な美質をもたらした。『自然の鉛筆』の第一帖(ラコック・アビーの格子窓)についてタルボットは、写真について理論的・哲学的に論じた最初のテキストの一つを書き添えている。写真とは何かという問いに対する最初の本格的な考察は、彼のこの著作の中に見出される*7。
ネガ=ポジ概念の発明は、のちのフィルム写真・デジタル画像処理・印刷技術に至るまでの写真の複製原理の基礎となった。この点でタルボットの貢献は、視覚的な美質よりも概念的・技術的な射程において評価されるべき側面が大きい*8。
タルボットの特許管理の結果として、1840年代のイギリスでは写真の商業的発展が著しく抑制された。これは写真史の一つの皮肉であり、発明者が自らの発明の普及を妨げた事例として分析されている*9。1852年以降、タルボットは特許の一部を緩和し、アマチュア写真家には無償使用を認めた。
タルボットの遺産の核心は、ネガから複数の陽画を作るという原理にある。この原理は20世紀の写真文化全体——雑誌・新聞・書籍・広告——を支える基盤となった。メトロポリタン美術館はタルボットを「ダゲールと並ぶ写真の共同発明者」と評しており*10、V&Aはラコック・アビーの現地コレクションと並ぶ世界最大のタルボット・コレクションを有している*11。
ラコック・アビー(ウィルトシャー)はナショナル・トラストによって保存されており、タルボットが写真実験を行った部屋や暗室が公開されている。フォックス・タルボット博物館は1975年に開館し、オリジナル・プリントと実験ノートを収蔵している*12。近年は彼の植物標本写真(フォトジェニック・ドローイング)が写真史の中で独立した美術的評価を受けるようになってきた*13。
- ルイ・ダゲール ― ダゲレオタイプの発表を受けてタルボットがカロタイプを公表した関係にあり、複製不可能な一点性と複製性という写真の二つの異なる方向を体現した同時代の対抗関係。
- ニセフォール・ニエプス ― ダゲールの前身として光化学的な像の固定を初めて実証した発明家で、タルボットとともに写真発明の複数の起点を構成している。
- デヴィッド・オクタヴィウス・ヒル ― カロタイプを用いた大判肖像で知られ、タルボットの技術の絵画的な可能性を早い時期に実践した。
- ロジャー・フェントン ― カロタイプ・湿板コロジオン法など初期技術の延長で活動した同時代のイギリスの写真家。