ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット
タルボットはカロタイプ(ネガ=ポジ方式)を発明し、一枚のネガから複数の陽画を作るという写真の複製性の基盤を築いた。「自然の鉛筆」(1844〜46年)は商業出版された最初の写真入り書籍であり、写真が記録・芸術・複製の三つの機能を持つことを世に示した。
イギリスに関わる写真家を、各作家がどの時代・運動と結びつくのかとともにたどるページです。
タルボットはカロタイプ(ネガ=ポジ方式)を発明し、一枚のネガから複数の陽画を作るという写真の複製性の基盤を築いた。「自然の鉛筆」(1844〜46年)は商業出版された最初の写真入り書籍であり、写真が記録・芸術・複製の三つの機能を持つことを世に示した。
弁護士出身のフェントンは1853年に英国王立写真協会の設立に中心的役割を果たし、1855年のクリミア戦争で最初の大規模な従軍写真プロジェクトを遂行した。「死体を撮るな」という出版業者の指示のもとで作られた約360点は、戦争写真と宣伝の関係を問う議論の起点であり続けている。
ヴェネツィア生まれでイギリスに帰化したベアトは、クリミア・インド・中国・日本と英仏軍の展開する場所を追い続けた写真家だった。1863年から横浜に拠点を置き、手彩色の写真帖によって日本の風景・人物・風俗を外国人旅行者向けに販売した。
ヴィクトリア朝イギリスで、肖像写真を単なる外見の記録から、感情、信仰、文学的想像力を帯びた像へ押し広げた写真家。ソフトフォーカス、近接、大判ネガ、湿板写真の揺らぎを用い、家族、使用人、文学者、科学者を、聖母、預言者、詩の登場人物のように撮影した。
画家としての構図知識とロバート・アダムソンの技量を組み合わせ、1843〜48年にカロタイプで約3000点を制作したヒルは、写真を芸術的媒体として意識的に用いた最初の本格的実践者として評価されている。ニューヘブン漁師の連作は写真史上最初の社会記録プロジェクトであり、スティーグリッツはヒルを「絵画的写…
1843〜48年のわずか5年間でヒルとともに約3000点のカロタイプを制作し、26〜27歳で早世したアダムソンは、ヒルの絵画的直観を写真技術に変換した技術的な主導者である。その仕事は没後半世紀を経てジェームズ・クレイグ・アナンのフォトグラビュール再制作を通じてCamera Workに掲載され、写真…
スコットランド出身のガードナーは南北戦争の写真記録においてブレイディの組織から独立し、写真家個人のクレジットを明示した写真集『ガードナーの戦争写真スケッチブック』(1865〜66年)を刊行した。これはドキュメンタリー写真における著作権の原則的な主張として写真史上画期的な行為であり、スミソニアンは彼…
複数カメラによる連続撮影で運動の時間構造を可視化し、ズープラクシスコープで動きとして再投影した写真家。University of Pennsylvaniaとの共同研究、講演実演、ヨセミテの景観写真も含む実践は、写真・科学・映像技術の交差点に立つ。
産業都市グラスゴーの旧市街、取り壊し直前の密集路地を市の委嘱で系統的に記録した写真家。改善政策の記録として依頼された写真が、都市貧困の証言として再評価される逆説的な位置にあり、ドキュメンタリー写真の前史として頻繁に参照される。
イングランドとフランスのゴシック大聖堂を、プラチナ印画の繊細な階調で記録した写真家。建築を物理的構造としてではなく、光と空間に宿る精神性の経験として捉え、写真を芸術として自立させる実践の重要な位置を占める。
エマーソンがスタジオ演出を「不正直」と批判し、単一ネガ・単一露光による写真を芸術の条件とした根拠は、ドイツの生理学者ヘルマン・フォン・ヘルムホルツの視覚生理学にあった。ヘルムホルツは網膜中心窩のみが鮮明に見え、周辺視野は自動的に軟化するという人間の視覚特性を解明しており、エマーソンは1889年の著…
ピクトリアリズムの叙情的な画面から都市の俯瞰へ、さらに鏡装置を使った抽象写真へと展開したイギリス・アメリカの写真家。1916〜17年の《Vortograph》シリーズは写真による抽象化の初期実験として記録される。
イギリスの階級社会の記録から超広角レンズによるヌードへの転換を、様式の断絶としてではなく、現実の奇妙さへの一貫した関心として読める写真家。暗部と強いコントラストが、社会的距離と心理的緊張を視覚化する。
第二次世界大戦のヨーロッパ戦線を撮り続け、ベルゲン・ベルゼン解放時の記録で写真史に衝撃を残した。その経験が「人間を撮る距離」への根本的な問い直しを迫り、戦後はアフリカへ向かってマグナム・フォトス創設の一員となった。
1924年ドイツ(東プロイセン)生まれ、2023年没。難民としてイギリスに移住した後、戦後ロンドンを拠点にストリート写真・ポートレートを中心に長い活動歴を積んだ。
1936年ウェールズ生まれ、2008年没。マグナム・フォトスのメンバーとして知られ、代表作『ベトナム株式会社』(Vietnam Inc.
1935年ロンドン生まれのフォトジャーナリスト。キプロス、ビアフラ、ベトナム、カンボジア、北アイルランドなど世界各地の紛争地帯を取材し、戦後フォトジャーナリズムを代表する写真家となった。
1946年マン島生まれ、2020年没。1970〜80年代のイングランド北東部——タインサイドの造船所・炭鉱・失業した工業地帯——を長期にわたって記録した。
マーティン・パーは、英国の海辺、家庭、買い物、観光、食べ物を、飽和したカラーと近距離のフラッシュで撮影した写真家である。白黒の社会的ドキュメンタリーを背景にしながら、悲劇や告発に寄せすぎず、消費社会の中で人々がどのような身振り、物、色、余暇の形式をまとっているかを、写真集と展示の連続したイメージで…
1956年イギリス生まれ。カラー写真・連作・ブック形式を組み合わせ、ドキュメンタリー写真を内側から刷新した。
1967年ドイツ生まれ、ロンドン拠点。夜の都市——再開発の残滓・不完全な構造・見過ごされた表面——を長時間露光の大判カラー写真で記録した。
1965年イギリス生まれ。16mmフィルムを中心としながら写真・ドローイング・テキストを横断する現代アーティスト。
1963年ナイジェリア生まれのイギリス人写真家。自らのキャリアを「〈戦場〉という語の意味を探索し拡張すること」と定義し、戦闘の瞬間よりも戦場の風景・廃墟・軍事インフラを大判カラーで記録してきた。
1959年イギリス生まれ。建築・都市空間・空などを主題に、出来事の記録ではなく持続的な観察と連作による記述を方法論とする大判カラー写真を制作してきた。
1971年生まれ、ロンドン拠点のブリティッシュ・アーティスト。再撮影・マーカー・ステッカーによる介入・テキストの衝突を通じてマスメディアの映像を改変し、セクシュアルな表象・消費文化・身体イメージの暴力性を露わにする。
リチャード・ビリンガム(1970年イギリス生まれ)は、自身の家族を撮影した写真シリーズ『Ray's a Laugh』で知られるアーティスト。工場労働者階級の家庭を親密な距離で記録した作品は、1990年代イギリスにおける階級・表象の政治・ドキュメンタリー写真の倫理をめぐる議論の中心となった。
アダム・ブルームバーグとオリヴァー・チャナリンは、ドキュメンタリーや制度的イメージ・システムへの批判的実践で知られる南アフリカ/イギリスの写真家デュオ。フォトブック、アーカイブへの介入、インスタレーションを通じ、写真が証拠として機能する仕組みそのものを問い続けた。
スティーヴン・ギル(1971年イギリス生まれ)は、フォトブックを主要な発表形態として、ドキュメンタリー写真を素材実験によって根本から問い直すアーティスト。カメラの中に植物や昆虫を入れたり、プリントを土の中に埋めたりすることで、場所の環境そのものをイメージの生成に参加させる。
イヴ・サスマンは、歴史絵画のタブローや写真の構図を映像・インスタレーションへ展開し、静止画像が時間、身体、演技によってどのように揺らぐかを探る作家。