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PHOTOGRAPHERS/ALEXANDER GARDNER · 戦争写真
AG
§ 266 — Photographer Index — 戦争写真

アレクサンダー・ガードナー

Alexander Gardner 1821-1882
Countryイギリス / アメリカ Period1839–1860s Channel読む報道写真 · DOCUMENTARY
Abstract

スコットランド出身のガードナーは南北戦争の写真記録においてブレイディの組織から独立し、写真家個人のクレジットを明示した写真集『ガードナーの戦争写真スケッチブック』(1865〜66年)を刊行した。これはドキュメンタリー写真における著作権の原則的な主張として写真史上画期的な行為であり、スミソニアンは彼を「アメリカ最初の近代的写真家」と評している。

この写真家が変えたこと

ガードナーは、南北戦争の記録を通じて写真家個人の著作者性という概念をドキュメンタリー写真に持ち込んだ。ブレイディのスタジオ名の下に埋もれていた写真家の名前を可視化し、1865〜66年刊行の『スケッチブック』で11名の撮影者を個別に明記したことは、写真の制作と責任を個人に帰属させる最初の制度的な試みだった。また、アンティータムの死傷者を公開展示した実践は、写真が戦場の現実を市民社会に媒介できることを示し、「ゲティスバーグの狙撃兵」をめぐる演出論争は写真の証言性と倫理という問い自体を写真史に刻み込んだ。

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目次 · Table of Contents
§ 01 / 03 背景と時代

アレクサンダー・ガードナーは1821年にスコットランドのグラスゴー近郊に生まれた。1856年頃に渡米し、マシュー・ブレイディのワシントンD.C.スタジオの管理者となった。南北戦争が勃発すると、マクレラン将軍参謀部の地図・海図複写担当として戦場関係の写真業務を開始し、その後戦場写真の撮影に転じた*1

1862年11月にブレイディのもとを離れて独立し、多くのスタッフを引き連れて自身のスタジオを設立した。ブレイディが写真家の個人クレジットを表示しなかったのとは対照的に、ガードナーは1865〜66年刊行の写真集『ガードナーの戦争写真スケッチブック』(全2巻、100枚のアルブミン銀塩プリント収録)において11名の写真家を個別に明記した。これはドキュメンタリー写真における著作権の原則的な主張として写真史上画期的な行為だった*2

1862年のアンティータムの戦い後、ガードナーは戦場の死者を撮影し、ニューヨークでの展示は戦争のリアルを初めて市民に直視させた。ゲティスバーグで撮影した「反乱軍の狙撃兵の家」(1863年)は後の調査によって遺体の移動と小道具の使用が示されており、ドキュメンタリー写真における演出と記録の倫理問題を先取りする作品として今日も論争の対象である*3

1865年にはリンカーン暗殺の共謀者4名の処刑(7月7日)を撮影することを許された唯一の写真家として現場に立ち会った。戦後は1867年よりカンザス・パシフィック鉄道の測量写真家として西部開拓を記録し、1882年に没した*4

§ 02 / 03 表現の核心

ガードナーの実践の核心は、写真家の個人的な著作者性という概念の導入にある。ブレイディの組織では写真家の名前はスタジオ名(「ブレイディのガレリア」)の下に隠れており、誰が実際にシャッターを切ったかは一般に知られなかった。ガードナーはこれを意識的に変えた。『スケッチブック』では各写真に撮影者と解説者の名が明記されており、この実践はドキュメンタリー写真における個人の証言と責任を制度化する最初の試みとして機能している*5

アンティータムの死傷者写真は戦争写真の歴史において転換点を画す。「ブレイディ氏の展覧会」としてニューヨーク・ギャラリーで1862年10月に公開されたこれらの写真は、アメリカ市民が戦場の死者の写真を初めて目にした出来事として記録されている。ニューヨーク・タイムズは「ブレイディ氏は戦争の恐ろしい現実を我々の目の前に持ち込んだ」と報じた——写真家はガードナーだったが、クレジットはブレイディとなっていた*6

反乱軍の狙撃兵の家」(Home of a Rebel Sharpshooter, Gettysburg, 1863年)をめぐる演出論争は、戦争写真の真実性と倫理を問う議論の原点的事例である。調査によれば、遺体が別の場所から移動され、ライフルが証拠品として立てかけられたという。この問題は、写真が同時に記録と演出であり得るという根本的な矛盾をはらむ写真の本質論の中心に置かれている*7

§ 03 / 03 批評と写真史上の位置

スミソニアン国立肖像画美術館は2015〜16年の大規模回顧展「共和国の暗野」においてガードナーを「アメリカ最初の近代的写真家」と評し、写真に写実主義の重みを注入してアメリカ文化の変容に決定的な役割を果たした人物として位置づけた*8

ゲッティ美術館はガードナーの『スケッチブック』を「アメリカ最初の南北戦争写真の出版コレクション」と評価し*9、メトロポリタン美術館は「南北戦争の壮大な記録という構想はブレイディのものだったが、それを実際に実行したのはガードナーだった」と評している*10

ガードナーが西部測量の仕事(1867〜69年)で残したカンザス・コロラド・ニューメキシコ・アリゾナの写真は、19世紀アメリカの西部拡大を記録した重要なアーカイブとして今日も評価されており、戦争写真とは別の系譜においてもガードナーの仕事は参照され続けている*11

§ REL 関連する写真家・運動
関連する写真家
  • マシュー・ブレイディ ― ガードナーがワシントンD.C.スタジオの管理者として働いた雇用者であり、クレジット表示をめぐる対立の相手でもある。
  • ティモシー・オサリヴァン ― ガードナー独立後に行動をともにし、『スケッチブック』に44点の最多寄稿をした。
  • ロジャー・フェントン ― クリミア戦争(1855年)を撮影した先駆的な戦争写真家で、戦場記録の先例を作った。
  • フェリーチェ・ベアト ― インド・中国での戦争写真で知られ、演出と記録の境界をめぐるドキュメンタリー倫理の問題を共有する。
関連する運動
  • ドキュメンタリー ― 著作者名の明示と戦場の証言というガードナーの実践は、写真によるドキュメンタリーの制度的な出発点の一つとして位置づけられる。
  • フォトジャーナリズム ― 戦場の死者を市民に公開展示した1862年のアンティータム展示は、写真が報道的な役割を果たす実例として写真史に記録されている。
§ REF さらに読む
写真集
Alexander Gardner: The Western Photographs, 1867-1868

南北戦争後の西部調査写真を通じて、ガードナーの記録写真の射程を広げて見られる一冊。

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To Elevate the Masses: Alexander Gardner, Photography and Democracy in Nineteenth-Century America

ガードナーの写真を、19世紀アメリカの民主主義・公共性・視覚文化の中で読む研究書。

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関連データベース・アーカイブ
§ SRC 出典