マシュー・ブレイディMathew Brady

マシュー・ブレイディ(Mathew Brady)は、ポートレートとドキュメンタリーを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、ポートレートとドキュメンタリーを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。

基本情報
生没年 1822–1896

解説

ニューヨーク出身のブレイディは1840年代から大統領を含む著名人の肖像写真で名声を築き、アメリカ最高の肖像写真家と呼ばれた*1。1861年の南北戦争勃発にあたり「戦争は写真で記録されなければならない」という確信から私財を投じて20人以上の写真家チームを組織し、携帯暗室馬車で各戦場に派遣した。彼自身は晩年に「ある精神が私の足に《行け》と言い、私は行った」と語っている*2アレクサンダー・ガードナーティモシー・オサリヴァンら傘下の写真家が残した記録は1万枚以上に上る。1862年10月、ガードナーが撮影したアンティータムの戦場死者の写真がブレイディのニューヨーク・ギャラリーで展示された——アメリカ市民が戦場の死者の写真を目にした最初の機会であり、ニューヨーク・タイムズは「ブレイディ氏は戦争の恐ろしい現実を我々の目の前に持ち込んだ」と報じた*1。戦後、政府はネガの買取を拒否し、ブレイディは破産。1875年に議会が2万5千ドルで購入したが(自身が投じた費用の4分の1以下)、彼は極貧のまま1896年に没した*2

マシュー・ブレイディ 写真集

Mathew Brady: Portraits of a Nation
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外部リンク

出典