ロベール・ドマシーRobert Demachy

ロベール・ドマシー(Robert Demachy)は、ピクトリアリズムを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、ピクトリアリズムを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。

基本情報
生没年 1859–1936

解説

ドマシーの芸術写真論の核心は「自然はしばしば美しいが、そのままでは決して芸術的ではない。芸術作品には芸術家の介入が不可欠であり、ストレート写真はテーマを記録するだけだ」という立場にあった*1。この主張の下敷きにあるのは、19世紀フランス美術における「自然のコピーではなく転写」という芸術観——エドガー・ドガが踊り子を光と運動の印象として描いたように、芸術家は目の前の光景をそのまま複写するのではなく、感覚の等価物を構成すべきだという考えだった*2。ドマシーはこの理念の実践手段として、ゴム重クロム酸塩プリントを選んだ。感光した顔料ゴム液を水で洗い流す工程で、アーティストが針やブラシで像を直接操作できる技法である。ドマシーはこれを「写真アクアチント」と命名し、銅版画と同列の版画芸術として写真を位置づけようとした——版画家が金属板に手を加えて唯一の印刷物を作るように、写真家も印刷段階で介入することで芸術的価値を生み出せるという論理だった*3。代表作「速度」(1904年)はダンサーの像を印刷段階で激しく引き伸ばし・ぼかして動感を表現した作品で、「カメラが捉えた瞬間」ではなく「アーティストが構成した運動の観念」を提示するものである*4。1895年にパリ・ロンドン・ブリュッセルで初のガム印画を発表した際、「写真革命」と評された——この文脈でスティーグリッツは1904年にドマシーを「ガム印刷の父」と称し『カメラ・ワーク』で積極的に紹介した*5。ドマシーは生涯に1000点以上の写真評論を執筆し操作写真を理論的に擁護し続けたが、1914年に突然写真を止め素描に転じた。その理由は現在も文献上説明されていない*6

ロベール・ドマシー 写真集

Robert Demachy: Photographs and Essays
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Robert Demachy
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外部リンク

出典