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PHOTOGRAPHERS/LIEKO SHIGA ·日本写真 ·UPDATED 2026.07
LS
§ 261 — Photographer Index — 日本写真

志賀理江子

Lieko Shiga 1980–
Country日本 Period2000–2010s Channel写真史の論点 · 日本写真
Abstract

志賀理江子は、作った場面が写真になると、撮影者の意図からずれて現実の痕跡を帯びて戻ってくることを見つめてきた作家である。『 CANARY 』『 Blind Date 』『 螺旋海岸 』では、身体、光、視線、土地、失われた写真が絡み合い、写真は記録、演出、遺影、遺品、展示の役割を持つ。本ページでは、写真紙に戻る像、撮る/撮られる関係、北釜での写真係、3.11以後の写真を手がかりに、志賀が写真をどのように扱ったかを読む。

この写真家が変えたこと

志賀の重要性は、「何が写っているか」から、「写された人物や場所が、どのような時間と意味を帯びて見えるか」へ視点を移した点にある。机やコップを動かした場面がプリント上で「現実の証明」のように戻った経験から、彼女は作った像に入り込む現実の痕跡に反応してきた。『CANARY』では身体が光と暗闇の中で不安や神話を帯び、『Blind Date』では見る/見返す関係が人物写真を揺らし、『螺旋海岸』では写真が地域の記録、遺影、津波で傷ついた紙、展示空間のあいだを移る。志賀は、写真を真実か虚構かの二択で扱うより、写真が身体、他者、土地、死者の記憶を同じ画面や展示空間に置く場を作った作家である。

Keywords 日本現代写真 螺旋海岸 CANARY Blind Date 肖像 撮る/撮られる 身体 共同体の記憶
§ WORKS 作品を見る
目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

志賀理江子が写真を始めたきっかけは、高校の体育祭で使ったオートフォーカスのコンパクトカメラだった。残ったフィルムで机やコップを少しずつ動かして撮り、現像されたプリントを見たとき、作り込んだ場面が「現実の証明」のように戻ってきたことに違和感を覚えた*1。この経験で彼女が強く受け取ったのは、写真の正しさというより、作った場面がプリントになると、撮影者の意図を離れて現実の証拠のように立ち上がる感覚だった。SFMOMAは、志賀が幼い頃からクラシックバレエを学び、十代の身体の変化によってその道を断念した時期に、両親のコンパクトカメラで撮り始めたと説明している*2。写真は、身体で表すことが難しくなった感覚を、カメラ、光、印画紙へ移す方法として現れた。ART iTのインタビューで志賀は、絵では手が直接イメージへ近すぎるが、写真ではセットアップした対象を最後にシャッターで受け渡せると語っている*1。ここに、後の演出、強いフラッシュ、身体と像のずれ、写真に入り込む現実を考えるための出発点がある。

ロンドンへ向かった背景にも、写真を美術の広い場所で考えたいという意識があった。Ashley Rawlingsのインタビューで志賀は、日本の写真学校での写真の語られ方に窮屈さを感じ、ロンドンの美術館やギャラリーを訪ねたとき、写真を美術の広い文脈の中で学べる学校があると知ったと語っている*3。作家公式サイトは、2004年にChelsea College of Art and Design, London InstituteのFine Art New Mediaを修了したことを記録している*4。SFMOMAは、ロンドン時代の志賀が友人、ルームメイト、隣人など身近な人々を、19世紀の心霊写真にも触れるような不穏な場面として撮影したと説明している*2。身近な人物を撮りながらも、志賀は顔や性格の説明へ向かわない。人物は、光、ポーズ、再撮影、暗い室内、撮影者との関係によって、現実の人物でありながら別の存在のように現れる。

2000年代半ばの『Lilly』『CANARY』を経て、志賀は第33回木村伊兵衛写真賞を受け、2009年にICP Infinity Award Young Photographerを受賞した*5。2008年には仙台近郊の沿岸集落、北釜に移り、地域の運動会、祭り、会合、住民の写真を頼まれて撮る写真係になった。SFMOMAの解説は、志賀が北釜で住民と地域行事を撮影し、写真と聞き書きによる非公式のアーカイブを作ろうとしていたことを説明している*2。2011年の東日本大震災と津波で、彼女の自宅とスタジオは流され、北釜の多くの住民も亡くなった。Apertureに掲載された竹内万里子の文章は、志賀が被災後に瓦礫の中から見つかった写真を洗浄、乾燥し、持ち主へ返す作業に関わったことを記している*6。『螺旋海岸』は震災後の作品として見られやすいが、制作は震災前の北釜で始まっていた。震災は、写真が作品であり、地域の記録であり、遺影であり、傷ついた紙であり、誰かの手へ戻される物でもあることを、志賀の制作の中ではっきりさせた。

§ 02 / 04 表現の核心

写真紙に戻ってくる像

志賀の写真観は、写真紙に現れた像を手に持つ感覚から始まっている。SFMOMAが紹介する本人の言葉では、思い描いたイメージが写真紙という物に再現され、それを手に持てることが衝撃であり、その経験がダンスに代わる自己表現としての写真へつながった*2。重要なのは、身体の中にあった感覚が、写真になると身体の外に物として現れることだった。作家の身体から離れた像は、被写体の身振り、光の当たり方、場所の湿度や気配をまとって戻る。『Lilly』『CANARY』に見られる暗い室内、強い光、不自然なポーズ、再撮影は、この「身体の外に現れた像」を何度も扱い直す方法になっている。

作られた像に入り込む現実

志賀の写真は、撮影前のイメージと、撮影の場で生じる反応のあいだで生まれる。Rawlingsのインタビューで志賀は、あらかじめ持っているイメージやセットアップを、予期しない瞬間が生まれるための条件として語っている*3。撮影者が場面を作る。被写体が反応する。光が入り、身体が動き、現像後に像が戻る。その過程で、作家が思い描いた像の中に、計画からずれた現実が入り込む。志賀の関心は、写真が真実を写すかどうかの判定より、作った場面がプリント上で証拠のような顔をしながら、同時に別の現実へ変わってしまう感覚に向かっている。

SFMOMAがいう演出、照明、被写体の参加、色フィルターは、世界を幻想的に見せる操作であり、同時に、現実の痕跡を別の像へ移す操作でもある*2。志賀の写真では、演出された場面の中に、肌、影、目の向き、身体の硬さが強く残る。強いフラッシュは人物を平たく照らす一方で、肌、影、目の向き、身体の硬さを強調する。暗闇は場面を隠しながら、そこにいた人の気配を濃くする。作られた像と、そこに残ってしまう現実の痕跡が、志賀の写真を不安定で強いものにしている。

「撮る」よりも「撮られる」写真

志賀にとって写真は、撮影者が対象を支配する行為から、撮影者自身が揺さぶられる経験へ反転する。Ashley Rawlingsのインタビューで彼女は、写真を撮ることを「撃つ」行為の逆、つまり「撃たれる」経験として語り、写真の中で自分の存在の時間がよみがえると説明している*3。Brooklyn Railの『Blind Date』評は、この考えを人物写真の問題として具体的に扱っている。記事は、タイのバイクに乗るカップルを写した横長のページを、通り過ぎる顔のパノラマとして説明し、女性たちが助手席からレンズを見返すことに注目している*8。この視線は、見る側を安全な観察者の位置に置かない。写真を見る人は、走り過ぎるバイクの横に立ち、知らない人の視線を突然受けるような位置へ置かれる。Brooklyn Railはさらに、志賀が「目」を欲望や呪いと結びつけて考えていることを手がかりに、対象化をめぐる力関係を読んでいる*8。ここでいう対象化とは、撮影者や鑑賞者が相手を一方的に見る対象として扱い、その人の視線や反応を消してしまうことを指す。『Blind Date』では、被写体がレンズを見返し、見る側もその視線を受けるため、写真を見る行為そのものが不安定になる。『Blind Date』の人物像は、《螺旋海岸》の人物像へもつながる。北釜の住民は、地域の記録の中に置かれ、遺影、行事写真、聞き書き、土地の記憶を背負ってカメラの前に立つ。志賀の写真では、人物を撮ることが、その人を見ることと同時に、その人から見返され、土地や死者の時間を同時に見ることになる。

媒介としての写真、身体としてのメディア

SFMOMAは、志賀がカメラを武器、道具、証人といった比喩から離し、「入口」のように捉える考えを紹介している。さらに、彼女の制作を、場所に根ざしたフィールドワーク、人間経験、演出、照明、被写体の参加、色フィルターによって成り立つものとして整理している*2。この「入口」では、外界の姿と、身体で感じた恐れや違和感が、被写体、光、土地の記憶を通って一つの像になる。artscape Internationalの『CANARY』評は、バタイユの犠牲をめぐる思想を参照し、志賀の「撮られる」という言葉を、撮影者が像へ自分を差し出す瞬間として読んでいる*7。バタイユにおける犠牲は、役に立つものとして管理される日常の秩序から身体を外し、死、過剰、恐れに触れる経験として考えられる。志賀の写真に引き寄せると、それは被写体を支配して撮る行為より、撮影者自身が光や身体や死の気配にさらされる経験として理解できる。Tokyo Art Beatの《Bipolar》関連インタビューでは、志賀が写真を、紙に現れた像によって過去、現在、未来から外れた時空間を作る行為として語っている*31。写真は、外界を写す装置であり、身体で感じた恐れ、違和感、死者への想像を、光、紙、展示空間の中で感じられる形にする媒体でもある。

人物に土地と時間が重なる

志賀の人物写真では、顔、表情、性格より、身体の向き、隠れた顔、強い光、暗い室内、撮影者とのやり取りが、その人物の見え方を決める。Tate Photographyの紹介文は、志賀の作品を「intimate portraits」と呼び、神秘的な風景や室内、個人的経験、大きな神話を結びつける写真として説明している*9。Tateがいう親密さには、作家と被写体の心理的な近さに加え、人物の身体、場所、光、神話、記憶が同じ画面で結ばれる感覚も含まれる。『Lilly』『CANARY』の人物は、暗い部屋、火、浮遊する姿勢、顔の隠れ、強い光の中で、身体が別の現実へ移されるように現れる。『螺旋海岸』では、その身体が北釜の土地、聞き書き、開墾の記憶、死者への想像力と結びつく。TIMEのMarco Bohrは『CANARY』を、内藤正敏『遠野物語』の民俗的な夜の風景と肖像に重ねながら、身体の脆さや心理的な風景を扱う作品として説明している*10。志賀の人物像では、誰が写っているかより、身体が光と演出を受けてどのような気配を帯びるかが前に出る。そこに、土地や神話の時間が重なる。

北釜で、写真が地域の仕事になる

北釜での志賀は、美術作品の制作に加え、地域の写真係として、住民、運動会、祭り、会合、冠婚葬祭を撮り、聞き書きを続けた*2。この場所では、写真が作家の作品、地域行事の記録、家族写真、遺影、聞き書きの資料として同時に使われていた。ART iTのAveek Senによる文章は、志賀が北釜で暮らし、地域の写真を撮る役割を引き受けていったことを、震災後の記憶と写真の問題へ接続している*11。ここで志賀が作ったものには、北釜の風景をまとめた作品に加え、写真が地域で頼まれ、使われ、死者のために選ばれ、聞き書きと結びつき、住民の生活の中で必要とされる場が含まれる。

この制作は、共同体との関係だけで読むと穏やかに見えすぎる。清水穣のART iT「Critical Fieldwork 34」は、『螺旋海岸』をめぐる評価に対し、共同作業や媒介性という言葉だけで語ると、作家の判断が後景に退くと批判的に論じている*12。住民との協力や地域の記録を強調しすぎると、どの写真を選ぶか、どの大きさで見せるか、どんな順番で展示するか、どの声を作品に入れるかを決めた志賀の判断が見えにくくなる。批判の核心はそこにある。この指摘は厳しいが、志賀の写真が、記録、協力、演出、展示の権限を同時に抱える仕事として受け取られてきたことを示している。《portrait of cultivation》では、人物、木の根、身体、開墾の記憶が一つの画面に重なる。SFMOMA、MoMA、Gettyなどが同作や同シリーズを収蔵していることは、この人物像が現代写真の中で見られていることを示す*13

津波後、写真そのものが遺品になる

2011年の津波後、志賀は瓦礫の中から見つかった写真を洗い、乾かし、持ち主へ返す作業に関わった*6。この作業は、彼女の写真観と切り離せない。Rawlingsのインタビューで志賀は、写真を「殺された時間の表象」より、時間と生命がよみがえる場として語っている*3。津波後に洗われた写真は、その考えを、汚れた紙を手で洗い、乾かし、返すという具体的な作業へ変えた。汚れた写真には、家族、死者、失われた家、戻らない時間が残っていた。Getty Newsは、震災後の志賀を、北釜の共同体アーカイブに関わる作家として紹介し、写真が記憶と喪失の中でどのように役割を持つかを伝えている*14。志賀が撮った写真、住民から預かった写真、津波で汚れた写真、展示室に置かれた写真は、別々の種類の写真でありながら、北釜では同じ生活の中にあった。ここで見えてくるのは、写真が過去を保存する物として残り、行事や家族を支え、遺影になり、災害で傷つき、洗われ、もう一度誰かの手へ戻るまでの役割である。

展示室で、写真を見る時間を作る

志賀の作品は、写真集や一枚のプリントに収まりにくい。『CANARY』は、音を伴うスライド上映としても発表され、artscape Internationalは、静止写真が編集された投影の時間の中でつながっていくことを指摘している*7。仙台メディアテークの『螺旋海岸』展は、写真、テキスト、地域での聞き書き、巨大なプリントを含む展示として構成された*15。東京都写真美術館の『ヒューマン・スプリング』も、参加者との撮影や展示空間の経験を含む新作展として紹介されている*16。志賀の写真を見る時間は、画像を一枚ずつ確認する時間から、暗い空間を歩き、身体の向きを変え、写真と文章と声の残りに触れる時間へ変わる。

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

『Lilly』『CANARY』

『Lilly』と『CANARY』では、志賀の写真観がもっとも直接的に現れている。SFMOMAは、『Lilly』を思春期の空気を作り直す試み、『CANARY』を社会や外の世界との複雑な関わりとして説明している*2。Art Platform Japanは《CANARY》を2007年の61点組作品として記録している*17。『CANARY』では、人物は現実の人間でありながら、白く飛ぶフラッシュ、暗い背景、火、宙に浮くような姿勢、顔の隠れによって、夢や恐れの中の身体になる。Priska PasquerのFOAM展紹介は、『CANARY』を、地域の神話、普通の人々の話、個人的な記憶や感情を組み合わせる作品として説明し、志賀が人や場所に出会う前から像を思い描き、その過程で自分の身体を越えた別の状態に入るようだと書いている*18。このシリーズで志賀が作っているのは、奇妙な場面の連続というより、身体が光と暗闇を通って、別の時間を帯びる状態である。

この作品をめぐる海外評は、『CANARY』を演出写真、心霊写真、神話、スライド上映の時間表現の中に置いている。TIMEのMarco Bohrは、『CANARY』を、認識できる物理的現実の記録より、感情的・心理的に複雑な内的風景を写真で振り付ける試みとして読み、内藤正敏『遠野物語』の民俗的な夜の風景や肖像を連想させると書いている*10。artscape Internationalの『CANARY』評は、バタイユ、心霊写真、神話的領域へ接続し、スライドシークエンスの形式について、ナン・ゴールディンの《The Ballad of Sexual Dependency》やロバート・スミッソンの《Hotel Palenque》を参照している*7。ゴールディンは、友人、恋人、セクシュアリティ、依存関係を音楽付きのスライドで見せ、私的な写真を時間の流れとして経験させた作家である。スミッソンの《Hotel Palenque》は、旅先の建物や廃墟のスライドを語りとともに見せる作品で、静止写真が講義、物語、時間の経験へ変わる先例になる。志賀との接点は題材の近さより、静止写真を投影し、編集し、見る時間を作る形式にある。『CANARY』は、画面の奇妙さに加え、写真が一枚ずつ現れ、消え、次の像へ移る時間によって、身体と死の気配を強めている。

『Blind Date』

『Blind Date』は、タイでバイクに乗るカップルたちを撮ったシリーズであり、志賀の人物写真を考えるうえで重要な仕事である。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館は、この展覧会を、バンコクで撮影した恋人たちの写真、喪失、死、資本、光と闇をめぐるインスタレーションとして紹介している*19。Brooklyn Railのレビューは、横長のページが、バイクで通り過ぎる顔のパノラマを作ると書き、見る側がカップル同士に近い位置へ置かれることを指摘している*8。多くの写真では男性が運転し、女性が助手席からレンズを見る。記事は、その視線が画面と見る側の関係を動かし、写真を見る行為を、知らない相手の目の前に置かれる経験へ変えると論じている*8。さらに同評は、女性たちが悲しさ、性、喪失、ミューズといった既成の役割へ平板化されず、見る側を調べ返す存在として現れると述べている*8。このシリーズでは、強い色や幻想的な小道具は抑えられている。それでも、速度の中で近づいては離れる顔、助手席からの視線、撮影者と相手の交渉は、志賀の写真が「人物を写す」ことをどのように考えているかを示している。ここで人物は、固定された肖像として残るより、見る人との一瞬の出会いとして現れる。

『螺旋海岸』

『螺旋海岸』は、北釜での生活、聞き書き、地域の写真係としての撮影、震災後の写真救出が絡み合う、志賀の中心的な仕事である。仙台メディアテークの公式ページは、同展が北釜での活動をもとに構成され、写真とテキストを含む大規模な展示だったことを記録している*15。SFMOMAの動画で志賀は、魅力的な対象を見つけたとき、まずその周囲で暮らし、撮影の前に生活をともにする必要を感じたから北釜へ移ったと説明している*20。同じ動画では、地域の写真係として祭りや会合を撮っていた時期に、葬儀用の写真を頼まれた経験が語られ、そこから北釜にある目に見えない精神や歴史へ近づこうとしたことが説明される*20。このシリーズで画面に現れる人物は、北釜の住民であり、聞き書きの相手であり、遺影を頼む人々の近くにいる存在でもある。人物、土地、死者の時間が、同じ画面に重なる。

『螺旋海岸』は、地域アーカイブとしての側面と、強く演出された写真・展示としての側面を同時に持つ。清水穣のART iT「Critical Fieldwork 33」は、同展を思い出すことと悼むことが交互に起きる「舞台装置」として読み、志賀を straight photographer や pictorial photographer という分類から外し、写真を俳優のように使う “director of images” と呼んでいる*32。この評価は批判を含むが、志賀の仕事が、北釜の記録に加えて、写真、展示、歩く身体、記憶の時間を配置する作家として読まれてきたことを示している。写真集『螺旋海岸 album』とテキスト集『螺旋海岸 notebook』は、写真だけで伝わりにくい聞き書き、土地の記憶、住民の言葉を、作品の一部として受け取る入口になる*22

《Portrait of Cultivation》について、志賀は開墾の話を聞くだけで終わらせず、実際に松の根を掘り、根を抱えた人物を撮影したと語っている*20。その画面では、人物は土地の説明役として立つというより、掘り起こされた根、身体の重さ、開墾の記憶を一身に受ける像になる。MoMAは《portrait of cultivation》や《rasen kaigan 31》を収蔵し、SFMOMAと東京都写真美術館も《Rasen Kaigan 46》を所蔵している*21。北釜は、作品の舞台であると同時に、写真が共同体の中で必要とされ、破損し、保存され、展示へ移される過程が具体的に現れる場所だった。志賀が扱うのは、北釜の風景や住民に加えて、写真が生活の中で使われ、失われ、別の意味を帯びて戻ってくる動きである。

『ヒューマン・スプリング』以後

『ヒューマン・スプリング』以後の志賀は、北釜から、宮城の風景、身体、死、生きもの、社会の変化へ視野を移している。ApertureのAmanda Maddoxは、『ヒューマン・スプリング』を『螺旋海岸』と『Blind Date』に続く仕事として取り上げ、自然災害、身体、見ることの問題を結びつけている*23。SFMOMAも、近年のプロジェクトが宮城の風景を、平成期の日本社会の変化と生死の循環として考えるものだと説明している*2。アーティゾン美術館の「漂着」は、山城知佳子と志賀理江子を、沖縄と東北の土地、記憶、災害、移動、再生を扱う作家として並べた*24。Tokyo Art Beatの《Bipolar》関連インタビューでは、志賀が写真を、紙に現れた像によって独特の時空間を作る行為として語っている*31。ここでも志賀の関心は、出来事を説明する記録に加え、身体が土地の変化にどう触れ、写真がその触れ方をどう別の時空間として立ち上げるかに向かっている。

§ 04 / 04 批評と写真史上の位置

身体、自己像、女性写真家の文脈

志賀は、2000年代以降の日本写真を海外に紹介する文脈の中で、川内倫子オノデラユキ、大塚千野、澤田知子、石内都らと並べられてきた。Gettyの「The Younger Generation」は、川内、オノデラ、大塚、澤田、志賀を、「女の子写真」以後の複雑で多様な実践として紹介している*25。この並びで見えてくるのは、若い女性作家という括りより、写真における身体、自己像、見る/見られる関係の変化である。澤田のセルフポートレート、大塚の自己像と記憶、オノデラの構成的なイメージ、川内の光と日常の感覚に対し、志賀は被写体の身体を、光、演出、土地の記憶へ巻き込んでいく。

ApertureとRencontres d’Arlesによる「I’m So Happy You Are Here」も、日本女性写真家の広い系譜の中に志賀を含めている*26。ここで志賀を見る意味は、女性写真家の代表例として数えることより、肖像、身体、自己像、被写体との関係を変えた写真として読むことにある。『Blind Date』の見返す視線、『CANARY』の浮遊する身体、『螺旋海岸』の根を抱える人物は、顔や性格を伝える肖像から、身体、土地、死者の時間が重なる像へ人物写真を広げている。

記録と演出のあいだ

志賀の写真史上の位置は、記録写真と演出写真の重なりにある。写真には、目の前にあった人や物を光の痕跡として残す働きがある。この性質は、写真史では記録性、または指標性の問題として論じられてきた。一方で志賀は、机の上のコップを動かすように、撮影前に場面を作ることから写真へ入った。ART iTの2009年インタビューにある机とコップの経験では、作為的に作った場面が、プリントになると「現実の証明」のように戻ってきた*1。ここでは、そこにあったものの痕跡を残す写真の働きと、撮影者が場面を作る演出が同じ画面にある。志賀は、その二つが重なる場所で、像が思いがけない現実感を帯びる瞬間を扱ってきた。

清水穣のART iT「Critical Fieldwork 34」は、『螺旋海岸』をめぐる評価への批判として、中平卓馬、ベンヤミン、ダゲレオタイプ肖像、風景写真、アジェ、心霊写真を参照している*12。ここで問題になる媒介性とは、写真の痕跡が、撮影者の選択、被写体との関係、印刷、展示、見る人の解釈を通って意味を持つことを指す。中平をめぐる議論は、写真を世界の単純な写しとして扱うことへの疑いと、写真が世界に触れた痕跡を持つことへのこだわりを同時に含んでいる。ベンヤミン、ダゲレオタイプ肖像、風景写真、アジェは、初期写真にまとわりつく不気味さ、時間が経っても残る顔や場所、誰もいない街が痕跡として立ち上がる感覚を考えるために呼び出される。心霊写真は、目に見えないものまで写るかもしれないという欲望が、写真史に長くまとわりついてきたことを示す。清水の文章は批判的な性格を持つが、志賀の写真が、記録、媒介、不可視のもの、写真の原初的な不気味さをめぐる議論を呼び込んだことを示している。

3.11以後、写真は何をするのか

ポスト3.11以後の写真では、地震と津波、福島第一原発事故をどう記録するかに加え、写真が喪失、回復、記憶の継承にどう関わるかが問われた。MFA Bostonの「In the Wake」は、畠山直哉荒木経惟、新井卓、川内倫子、ホンマタカシ、米田知子、志賀理江子ら17人の写真家による震災への応答を紹介した*27。Musée Magazineのレビューは、この展覧会が、災害へのドキュメンタリー的な接近、写真技術の実験的な使用、東北をめぐる新しい視覚的物語の展開という流れで構成されていたと説明している*33。この文脈で写真は、被害の様子を伝える画像であり、見えない放射能や喪失を考える手段であり、失われた家族写真を拾い直す行為にもなった。

志賀の位置は、その中でも少し特殊である。彼女は震災前から北釜で暮らし、住民や行事を撮り、葬儀用の写真も頼まれていた。津波後の写真洗浄は、外から被災地を記録する仕事というより、すでに写真係として関わっていた生活の中で起きた。Musée Magazineは、畠山直哉の故郷・陸前高田をめぐる作品の近くに志賀のプロジェクトが置かれ、志賀が髙橋宗正の Lost & Found と同じく、失われた家族写真を回収し、持ち主へ返す試みに関わった作家として紹介されたことを記している*33。せんだいメディアテークでは、志賀と畠山の対談「暗夜光路ー写真は何をするのか?ー」が企画された*28。アーティゾン美術館の「漂着」は、山城知佳子と志賀を、沖縄と東北、土地、記憶、災害、移動、再生を扱う作家として並べた*24。こうした並びの中で、志賀の北釜での仕事は、被災地の記録という枠から、写真が共同体の記憶を支え、傷つき、洗われ、誰かの手に戻る過程を扱う実践として見えてくる。

現代日本写真を代表する理由

志賀の評価は、強い色や奇妙な演出の目新しさだけで成立していない。TCAAは、彼女の制作を、写真というメディアと人間の精神の等価性、写真の本質と人間の身体を横断する視点として評価している*29。この「等価性」は、恐れや欲望を作品の後ろに置かれた説明として読むより、心の動きそのものが写真の材料と同じ場所で形になるという意味に近い。たとえば不安は暗闇や強いフラッシュに、死者への想像は遺影や傷んだ紙に、土地への違和感は不自然な姿勢や展示室を歩く身体に変わって現れる。志賀の写真では、心の中にあるものが後から言葉で説明される形を取らず、光の強さ、紙の傷み、身体の硬さ、見る人の移動として現れる。

SFMOMAは、戦後から現代までの日本写真を扱う展覧会で、東松照明森山大道がアメリカ化や都市の変化を見つめ、荒木経惟や細江英公がより個人的でパフォーマティブな写真を展開し、福島第一原発事故を含む現在の文化へ写真が向かう流れを示した。その中で、石内都、川内倫子、志賀理江子を、現代日本写真における重要な女性作家として挙げている*2。Tate Photographyは、志賀の写真を親密な肖像、神秘的な風景、個人的経験、神話を結びつける作品として紹介している*9。HKWのアンゼルム・フランケは、《A Portrait of Cultivation》を含む文脈で、メディアを、身体、環境、共同体、見えない伝達を通わせるものとして論じている*30。これらの資料を合わせると、志賀は、記録、演出、身体、肖像、災害、共同体を一つの画面や展示空間の中で具体的な形にする作家として位置づけられる。

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  • ステージド写真 ― 演出・協働・フラッシュによる演劇的なイメージを北釜の具体的な場所・出来事に根ざさせ、震災後の地域史にドキュメンタリー報道を超えて応答した。
§ REF さらに読む
写真集
『螺旋海岸 album』
赤々舎 / 2013年

北釜での生活、聞き書き、地域の写真係としての撮影、震災後の写真救出が絡み合う、志賀の中心的な仕事『螺旋海岸』をまとめた写真集。

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『CANARY(カナリア)』
赤々舎 / 2007年

2000年代半ばの初期代表作。身体が光と暗闇の中で不安や神話を帯びる、志賀の人物写真の出発点をなす一冊。

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『志賀理江子 ブラインドデート』
T&M Projects / 2017年

タイのバイクに乗るカップルを撮った『Blind Date』シリーズ。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での個展に対応する一冊。

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『Lilly』
アートビートパブリッシャーズ / 2007年

『CANARY』と同時期の初期作品集。暗い部屋や強い光の中で身体が別の現実へ移されるような像を収める。

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関連データベース・アーカイブ
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