ピーター・ヘンリー・エマーソンPeter Henry Emerson

ピーター・ヘンリー・エマーソン(Peter Henry Emerson)は、自然主義写真とドキュメンタリーを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、自然主義写真とドキュメンタリーを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。

基本情報
生没年 1856–1936

解説

エマーソンがスタジオ演出を「不正直」と批判し、単一ネガ・単一露光による写真を芸術の条件とした根拠は、ドイツの生理学者ヘルマン・フォン・ヘルムホルツの視覚生理学にあった。ヘルムホルツは網膜中心窩のみが鮮明に見え、周辺視野は自動的に軟化するという人間の視覚特性を解明しており、エマーソンは1889年の著書『芸術学生のための自然主義写真論』でこの理論を写真に適用した*1。主要被写体のみを鮮明に、周辺はやや軟焦点にする「差動焦点法」こそが人間の視覚に最も忠実であり、それゆえ芸術的表現として価値を持つという論理だった。哲学的基盤はハーバート・スペンサーの進化心理学——「心は外部刺激を受動的に受け取る」という立場——であり、カメラの光学プロセスが人間知覚を科学的に再現できると主張した*2。複数ネガを合成するコンビネーションプリントやスタジオの人工的配置は、この自然な視覚体験を歪める「不正直」な操作とみなした。代表作は東アングリアの漁師・農民の生活を記録した写真集『ノーフォーク・ブローズの生活と風景』(1886年)であり、写真集という形式で芸術的意図を示す試みでもあった*3。しかし1891年、ハーター&ドリフィールドの研究が露光の機械的法則を証明し、ウィリアム・ジェームズが「心は外部刺激に能動的に関与する」と反証したことで哲学的基盤が崩れ、エマーソンは「自然主義写真の死」と題した黒縁のパンフレットを写真界に送り自説を撤回した*4。撤回はエマーソンが写真の芸術性の主張を諦めたことを意味したが、「写真が絵画を模倣せず、写真固有の視覚原理を根拠に芸術性を論証しようとした最初の試み」として、後のストランドやウェストンらのストレート写真理論の先駆けとなった*5。また若きアルフレッド・スティーグリッツを見出し励ましを与えた事実も記録されており、20世紀写真史の中心へとつながる橋渡しの役割を果たした*1

ピーター・ヘンリー・エマーソン 写真集

Naturalistic Photography for Students of the Art (Classic Reprint)
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外部リンク

出典