ナダール(Nadar)は、ポートレートを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、ポートレートを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。
ナダール(本名ガスパール=フェリックス・トゥルナション)はジャーナリスト・風刺漫画家として当代の文化人と深く交流していたが、1853年頃から写真家に転身した*1。人物の内面を見抜く取材者としての眼が、肖像写真家としての強みとなった。当時主流だった刺繍背景・小道具・仰々しい衣装を排し、グレーの無地背景と自然光のみで撮影したのは「余計な装飾が被写体の個性を隠してしまう」という判断からだった。ヴィクトル・ユゴー・サラ・ベルナール・シャルル・ボードレール・エクトル・ベルリオーズらのポートレートでその方法論を示した*2。1858年には気球から世界初の航空写真を撮影し、1861年にはパリの地下道(カタコンブ・下水道)でアーク灯を用いた初の電灯撮影を行った。写真撮影の技術的可能性を拡張しながら、1874年には自身のスタジオを印象派の画家たちに無償で提供し第1回印象派展の会場となった——写真の普及が肖像画市場を変え、印象派の登場を後押しした時代の交差点にナダールは立っていた*1。