アウグスト・ザンダー(August Sander)は、新即物主義と社会ドキュメンタリーを考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、新即物主義と社会ドキュメンタリーを手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。
アウグスト・ザンダーが「20世紀の人々」という組織的肖像プロジェクトを構想するに至った根拠には、20世紀初頭のドイツで科学的信頼性をもっていた「人相学」への関心があった。職業・社会的立場・生活環境が身体と顔に刻印されるという考え方のもとで、ザンダーはヴェスターヴァルト地方の農民を繰り返し撮影し「人物の外見から社会構造を可視化できる」という確信を深めた*1。プロジェクトは農民→職人→女性→階級と職業→芸術家→都市→最後の人々という7つのグループで構成され、全体で数百点のポートレートから成る「人類学的アーカイブ」として構想された。その最初の公開が1929年刊行の写真集『時代の顔』(45点収録)であり、序文を書いた小説家アルフレート・デーブリンは「文字のない社会学だ」と評した*2。ヴァイマール共和国期の「新即物主義」の画家たち——オットー・ディックスやゲオルク・グロスが感傷を排した冷徹な視点でヴァイマール社会を描いたのと同じ姿勢が、ザンダーのポートレートにもあった*3。ヴァイマール時代のドイツには「社会的に周縁化された人々をいかに表象するか」という議論が渦巻いており、ザンダーのプロジェクトはその文脈の中で「非評価的・非感傷的な記録」の可能性を示した試みでもあった。1934年、ナチス政権は息子エーリッヒ(反ナチ活動で逮捕・1944年獄死)への圧力として『時代の顔』の残部を没収・廃棄し、ゲシュタポの捜索でガラス乾板の一部が押収・破壊された*4。ザンダー自身は戦争を生き延びたが1946年のケルン・アトリエ火災でさらに多くの資料を失った。1950–60年代の写真史再評価でジョン・ザルコウスキー(MoMA)らが「ポートレートが社会の証言になりうる」という先駆的実践として再発見し、ダイアン・アーバスのアウトサイダー・ポートレートへの影響が指摘されている*5。またベッヒャー夫妻による工業建築の類型的記録にもザンダーの「社会の全体を体系的に記録する」という方法論の継承が認められる。「写真家は絵を描くのではなく、社会の証人でなければならない」という彼の言葉は、ドキュメンタリー写真の倫理的根拠として今日も引用される*6。