ドイツ社会の職業、階級、地域をカメラで記録した《20世紀の人々》で知られる肖像写真家。個人の顔を社会の索引へ変換する系列化の方法は、写真による社会の可視化として写真史に位置づけられる。
ザンダーは、個々の肖像を孤立した人物像としてではなく、職業・階級・地域という社会的な位置の標本として並べた。《20世紀の人々》における系列化の方法は、肖像写真を社会を可視化する索引へと変換し、個人の顔から時代の構造を読み取ろうとする写真の系譜を準備した。
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アウグスト・ザンダーは1876年にドイツのヘーレルスバッハで生まれ、炭鉱で働く父のもとで育った後、20代に写真の修業を積み、1910年頃にケルン近郊で写真館を開いた。*1 1925年から1929年にかけて農民、職人、女性、芸術家、都市生活者などを撮影した連作から『時代の顔 / Antlitz der Zeit』が出版され、ドーブリンの序文が「文字のない社会学」と評したことで広く知られるようになった。*2 作家、芸術家、知識人からの評価を受けながら活動したが、ナチス政権下では『Antlitz der Zeit』は発禁処分を受け、版木が没収された。*3
戦後は活動を再開し、1950年代には展覧会や作品評価が進んだが、1964年に没した。息子エーリヒが撮影に加わっていたため、アーカイブの継承は家族によって行われた。*4 現在はアウグスト・ザンダー財団がアーカイブを管理し、《20世紀の人々》のデジタルプロジェクトが公開されている。*5
肖像を社会分類のアーカイブへ
ザンダーの方法は、人物を感情的に称揚する肖像でも、匿名の統計資料でもない点に特徴がある。*6 彼は職業、服装、身振り、背景、身体の立ち方を冷静に扱い、個人の顔を社会的な位置の可視化へと接続した。肖像が内面の読解だけでなく、階級、職能、地域、近代化の緊張を読む形式になる点がザンダーの方法の核心である。*7 正面向きの端正な構図と大判カメラの鮮明さは、被写体を飾ることも貶めることもなく、ただ「そこにいる」という事実を記録する。メトロポリタン美術館の展覧会資料はこの方法を「ドイツ人口の写真的索引」として分析している。*8
新即物主義との関係は、表面を精密に見せる冷静さにある。しかしレンガー=パッチュが物や機械の構造へ向かったのに対し、ザンダーの対象は社会に属する身体であった。*9 分類は中立的に見えるが、被写体の選択、グループ化、タイトル付け、順序化によって、個人の肖像は社会の配置を読む装置へと変換される。MoMAのプレス資料は、同館が全619点を取得した際、この系列化の方法論そのものを評価したことを記録している。*10
『20世紀の人々』の構造とナチス下の受難
《20世紀の人々》の構造は、農民、職人・手工業者、女性、階級と職業、芸術家、都市、最後の人々という分類によって構成されており、単独肖像を社会の索引へ変換する試みとして整理される。*11 1929年出版の『Antlitz der Zeit』はその成果の一部であったが、1934年にナチス政権下で発禁となり、版木が没収された。タイトルを含む作品のユダヤ人芸術家など体制に反するとみなされた被写体が問題とされたとされており、作品の政治的な受容を理解するうえで重要な文脈である。*12 SFMOMA(現SFMOMA)のプレス資料は、アメリカで最も包括的なザンダー展として評価される展覧会の概要を記録している。*13
後代への影響と比較の視点
ザンダーの系列化、分類、アーカイブという方法は、後のベルント・ベッヒャーとヒラ・ベッヒャーのタイポロジー写真との接続として論じられることが多い。*14 しかしベッヒャー派が産業構造物の形式的類型化を行ったのに対し、ザンダーの対象は社会的な身体であり、分類のレジスターが異なる。ラ・ビレイナ・センター・デ・ラ・イマージュの論文資料は、この比較を詳細に扱っている。*15 ハウザー&ワース・ギャラリーも財団と連携してアーカイブの普及に取り組み、現代の市場・展覧会文脈での再評価を支えている。*16
ザンダーは生前から進歩的な芸術家・知識人に評価されたが、写真史上の位置づけは戦後の展覧会、アーカイブ整備、MoMAによるコレクション構築などを通じて強化された。*17 メトロポリタン美術館、テート、NGA、AIC、ゲティ美術館など主要機関が作品を所蔵している。*18 ドーブリンの「文字のない社会学」という評価は、写真を社会読解の形式として見るための重要な手がかりであり続けている。ザンダー財団のデジタルプロジェクトによって、より広い研究・教育のアクセスが確保されている。*19 アモン・カーター美術館やイェール大学美術館もコレクションを持ち、パリ美術館コレクションやBnFのデータベースでも資料が参照できる。*20 《20世紀の人々》のプロジェクトはその規模と体系性から、現代の社会記録写真や文書写真を論じる際にも参照され続けており、写真が社会を分類することの倫理的・美学的含意を考えるうえでの重要な事例として扱われている。財団のデジタルプロジェクトによって研究・教育の両面でのアクセスが広がり、写真史の教育文脈でも基本的な参照作家として定着している。
- アルベルト・レンガー=パッチュ ― 新即物主義写真の三本柱の一つとして、物の表面と構造を冷静に提示するという方向を共有した同時代の作家。
- ベルント&ヒラ・ベッヒャー ― ザンダーの系列化・分類・アーカイブという方法が、ベッヒャー夫妻のタイポロジー写真との接続として論じられることが多い。
- アルフレッド・スティーグリッツ ― ザンダーが評価された知識人・芸術家の圏域と、スティーグリッツが推進した写真芸術化の動向は同時代的に共鳴する。
類型と社会階層を可視化した20世紀肖像の柱。