1843〜48年のわずか5年間でヒルとともに約3000点のカロタイプを制作し、26〜27歳で早世したアダムソンは、ヒルの絵画的直観を写真技術に変換した技術的な主導者である。その仕事は没後半世紀を経てジェームズ・クレイグ・アナンのフォトグラビュール再制作を通じてCamera Workに掲載され、写真史の正典に位置づけられた。
アダムソンは、協働者の絵画的意図をカロタイプの物質的特質——茶褐色の調子・マットな表面・光を吸収する質感——へと変換する技術的解釈者として機能した。感光紙の品質・露光・現像・プリント調子の一連の判断は、最終的な像の視覚的特質を直接規定するものであり、単なる操作者ではなく制作の共同主体であったことが後の研究者によって指摘されている。わずか5年間・26〜27歳での死という短い生涯に、写真史が繰り返し参照する約3000点が残された。
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ロバート・アダムソンは1821年にスコットランドのファイフ州バーンサイドに農家の子として生まれた。兄のジョン・アダムソンはスコットランドで最初にタルボットのカロタイプ法を習得した写真家の一人であり、ロバートはその兄から技術を学んだ。1843年初夏にエジンバラのカルトン・ヒルのロック・ハウスにスタジオを構え、同市初のプロのカロタイプ写真家として開業した*1。
開業まもなく画家のデイヴィッド・オクタヴィアス・ヒルが「ディスラプション」の記念絵画用の肖像写真を求めてやってきた。植物学者デイヴィッド・ブリュースターの仲介によって始まったこの協働は、4年半にわたる写真史上最初の本格的な芸術的写真パートナーシップへと発展した*2。アダムソンが担当したのは技術的な全工程——感光紙の調製・カメラの操作・現像・ソルト・プリントへの焼き付け——であり、ヒルが構図と演出を担当した。
ヒルとの共同制作では、スコットランド教会の牧師の肖像・ニューヘブンの漁師と漁師の女性の連作・エジンバラと周辺の建築風景など推定3000点が生み出された*3。アダムソンは1847年末に重篤な病に倒れ、1848年1月に26〜27歳という若さで死去した。
アダムソンが使用したカロタイプ法は、タルボットが1841年に特許を取得した、紙のネガから複数のプリントを作成できる手法だった。プリントは茶褐色の豊かな調子と絹のようなマットな質感を持ち、光を反射するダゲレオタイプとは対照的に光を吸収する表面を持つ——この特質がレンブラントの版画との視覚的類似性を生み出した。1843年11月に初めて二人の作品を見た水彩画家ジョン・ハーデンは「これはレンブラントだ、しかしさらに優れている、最高の古典的巨匠たちの様式とそっくりだ」と記している*4。
技術的な分業において、アダムソンの役割は単なる操作者ではなかった。感光紙の品質・露光時間・現像タイミング・プリントの調子管理は、最終的な像の視覚的特質を直接規定する判断を伴う作業であり、ヒルの絵画的直観をカロタイプの物質的特質に変換する技術的解釈者としてアダムソンが機能していたことが、研究者によって指摘されている*5。
アダムソンがカメラを構えた時期の露光条件は、現代のそれとは根本的に異なる。自然光のみで、青空の直射光の下か薄曇りの拡散光の下でしか撮影できなかった。被写体は数秒から数十秒間静止する必要があり、カルトン・ヒルのスタジオは光量を最大化するために周到に設計されていた*6。
アダムソンの没後半世紀を経て、スコットランドの写真家ジェームズ・クレイグ・アナンがオリジナルのカロタイプ・ネガをフォトグラビュールに変換し、スティーグリッツのCamera Work誌(1905・1909・1912年)に掲載された。これにより、ヒル&アダムソンのカロタイプは初めて国際的な写真芸術のオーディエンスに届いた*7。
メトロポリタン美術館はヒルとアダムソンの写真を「写真による肖像として最高の達成の一つ」と評しており、ゲッティ美術館も両者の協働を「西洋写真史において最も重要な」パートナーシップの一つとして位置づけている*8。スコットランド国立美術館(エジンバラ)は世界最大のコレクションを有しており、ニューヘブン漁師の連作はデジタル化・公開されている*9。
アダムソンが写真史において占める位置の特殊性は、協働者の芸術的意図を技術的に実現した側として評価されることにある。20世紀の写真史研究においては、ヒルの絵画的意図よりもアダムソンのカロタイプ技術の習熟度こそが、この協働を同時代の他の写真実践と際立たせた要因だったという見方も提示されている*10。
- デイヴィッド・オクタヴィアス・ヒル ― アダムソンの技術的主導とヒルの絵画的構図が結びついた共同制作者で、写真史上最初の本格的芸術的パートナーシップを形成した。
- ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット ― アダムソンが習得したカロタイプ法の発明者で、兄のジョン・アダムソンを通じて技術を継承した。
- アルフレッド・スティーグリッツ ― Camera Workへの掲載を通じてヒル&アダムソンの仕事を写真史の正典に位置づけた写真家・編集者。
- ピクトリアリズム ― ヒル&アダムソンのカロタイプはスティーグリッツらピクトリアリストにとって芸術写真の19世紀的先例として参照された。
ヒルとの共同制作を通じて、アダムソンの技術と初期カロタイプの質感を押さえる一冊。
ゲッティ美術館所蔵作から、肖像とニューヘブン連作の視覚的な強さを見渡せる図録。