セバスチャン・サルガド(Sebastião Salgado)は、ドキュメンタリーと社会的写真を考えるうえで欠かせない写真家です。このページでは、労働、移民、地球規模のドキュメンタリー、代表作の『Workers』を手がかりに、写真史の流れの中での位置づけを、関連作家・運動・出典とあわせてたどります。
1944年ブラジル・ミナスジェライス州生まれのサルガドは、経済学の博士課程修了後に世界銀行のエコノミストとして赴任したアフリカで写真と出会い、「数字やレポートでは伝わらない人間の苦しみを写真で見せることができる」という確信から1973年にキャリアを転換した*1。ガンマ・シグマを経てマグナム・フォトスに加盟し(1979〜94年)、世界各地の労働現場を取材した。ブラジルのセラ・ペラーダ金鉱山(最盛期に採掘者5万人超)を1986〜89年に取材した写真は工業化以前の人力採掘を地獄絵的スケールで記録し、1993年刊行の写真集『ワーカーズ』(26か国の労働現場を収録)のランドマーク的イメージとなった*2。1994年のルワンダ虐殺取材で難民と死体を撮り続けた経験からPTSDを発症し、帰国後は「私の身体が腐っていくような感覚だった」と語るほど深刻な状態に陥り、しばらく写真を撮れなかった*1。回復の契機となったのは妻レリアとともに故郷農場の荒廃した土地に「インスティトゥート・テラ」を設立し、200万本以上の植樹で熱帯雨林を再生したことで、「写真を離れて自然を回復させることで自分も回復した」と述べている*3。この経験は2013年の写真集『ジェネシス』——手つかずの自然と先住民をモノクロで記録した集大成——への道を開いた*2。サルガドの高コントラストのモノクロ写真が持つ美しさは、「苦しみを美化している」という批評と「美によってのみ人々は直視できる」という擁護の両方を生み出し、ドキュメンタリー写真の倫理論争の焦点に置かれ続けてきた*4。1989年ハッセルブラッド賞・1998年プリンシパル・デ・アストゥリアス芸術賞を受賞し、テート・モダン・グランパレなど世界の主要美術館で大規模回顧展を開催した。2025年5月に81歳で逝去した*1。エコノミストとしての訓練がサルガドに「個人の苦しみをシステムと構造の文脈で捉える」視点をもたらしており、1995〜99年に取材した写真集『移民』(2000年刊)では難民・移住労働者・都市移住者の人口移動をグローバルな視点から描出した*1。スーザン・ソンタグは著書『他者の苦痛へのまなざし』(2003年)でサルガドの写真を具体的に論じ、「美的快楽が苦しみへの共感を麻痺させる」と批判した——これはドキュメンタリー写真史上最も著名な倫理論争のひとつとなった*4。マグナムを離れた後はパリに自身のエージェンシー「アマゾナス・イメージ」を設立し、写真の権利を自ら管理した*2。