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PHOTOGRAPHERS/ANNIE LEIBOVITZ · ポートレート
AL
§ 283 — Photographer Index — ポートレート

アニー・リーボヴィッツ

Annie Leibovitz 1949-
Countryアメリカ Period1970–1980s Channelイメージを疑う · CONCEPTUAL
Abstract

アニー・リーボヴィッツは、Rolling Stoneで写真家として出発し、Vanity Fair、Vogueへ活動を広げながら、雑誌の表紙や特集の中で人物を強い場面として見せてきたアメリカの肖像写真家である。ジョン・レノンとオノ・ヨーコ、妊娠したデミ・ムーア、《Women》《Wonderland》などを手がかりに、スターの身体や親密さが、どのように時代の記憶として読まれるのかをたどる。

Keywords ポートレート ステージド写真 カラー写真 Vogue アメリカ
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 03 経歴と背景

アニー・リーボヴィッツは、写真家の経歴を「スタジオ作家」や「報道写真家」という単一の肩書きで区切りにくい人物である。National Portrait Galleryは、彼女がRolling Stoneで注目され、1973年に同誌のチーフ・フォトグラファーとなり、十年後に離れるまで142点の表紙を撮影し、1983年にVanity Fair、1998年にVogueでも仕事を始めたと整理している*1。International Center of Photographyも、彼女がRolling Stoneでリチャード・ニクソン辞任や1975年のローリング・ストーンズのツアーを含むフォトエッセイを発表し、Vanity FairとVogueでは俳優、作家、音楽家、アスリート、政治家、実業家、ファッションを撮影したと説明している*2。この移動は、媒体を変えながら有名人を撮ったという履歴ではなく、音楽、政治、映画、ファッション、広告、写真集、美術館が人物像を作る制度を横断したことを意味する。

写真への入口も、最初から「肖像の名手」として始まったわけではない。Hauser & Wirthの作家略歴によれば、リーボヴィッツはサンフランシスコ・アート・インスティテュート在学中の1968年夏に初めてカメラを購入し、初期作品にはベイエリアの風景や、サンフランシスコとロサンゼルスを結ぶハイウェイで撮られた写真が含まれる*3。PBSの『American Masters』紹介は、彼女が当初は絵画を学ぶつもりで同校に入り、二年次の後の夏に母と日本を旅したあと写真への関心を見つけ、サンフランシスコへ戻って夜間の写真クラスを取り始めたと記している*28。この出発点から見ると、彼女にとって写真は、あらかじめ完成したスタジオの形式ではなく、移動中に見た風景や、旅先での視線の変化を受け止めるための方法だった。そこからRolling Stoneへ持ち込まれた写真は、音楽、政治、移動、取材の速度と結びつき、のちの演出肖像にも残る「現場へ入りながら距離を保つ」姿勢の土台になった。

初期のリーボヴィッツにとってRolling Stoneが重要だったのは、写真が音楽や政治の出来事から切り離されず、記事、表紙、発売時期と一緒に読者へ届く場所だったからである。Vanity Fairに転載された『Annie Leibovitz at Work』の抜粋では、1975年のツアーで、彼女が「カメレオン」のように現場に入り込み、被写体の世界の一部になろうとしたこと、その一方でカメラが自分を被写体から切り離し、写真家であることを思い出させるものだったと回想している*23。後年のインタビューで、彼女はRolling Stoneで仕事を始めた頃、自分はジャーナリズムをしていると思っていたが、やがて自分には「視点」があり、その視点に従う方が仕事は強くなると気づいたと語っている*24。雑誌は、その視点を単独のプリントではなく、同時代のニュース、音楽、読者の記憶と結びつけて届ける媒体だった。

その後の大がかりな撮影も、この初期の経験から完全に切り離されてはいない。Phaidonの『Annie Leibovitz At Work』紹介は、この本がリーボヴィッツ自身による制作論であり、フォトジャーナリズム、スタジオワーク、ダンサーやアスリートの撮影、作家との仕事、フィルムからデジタルへの移行を扱うと説明している*29。リーボヴィッツの方法は「スターを豪華に演出する」だけではなく、報道、肖像、身体の動き、共同制作、技術の変化を一つの制作経験として積み重ねていくものだった。雑誌での仕事は、その複数の経験を読者に届く一枚の写真へ凝縮する機会になった。

§ 02 / 03 表現の核心

雑誌の表紙と誌面が人物像を変える

リーボヴィッツの写真では、被写体だけでなく、その写真がどの雑誌に載り、誰に向けて提示されるかも意味を持つ。たとえばデミ・ムーアの妊娠した身体は、個人的な記録としてではなく、Vanity Fairの表紙として全国の読者に見られるスター像になった。リーボヴィッツ自身も、この表紙について、編集長ティナ・ブラウンと妊娠中のスターをどう表紙にするかを話し合ったと回想している*23。Vogueの《Alice in Wonderland》撮影も、グレイス・コディントンが構想した大規模なファッション企画で、リーボヴィッツはその世界を写真として成立させた*27。そのため、彼女を「誌面を組み直した写真家」と言い切るより、編集者やアートディレクターとの協働の中で、写真家として身体、場所、衣装、視線を組み立て、人物の見え方を強く方向づけた作家と見る方が正確である。

雑誌の表紙に置かれると、人物写真は顔や姿だけでなく、その号の見出し、発売時期、読者がすでに知っている物語と一緒に受け取られる。ジョン・レノンとオノ・ヨーコの写真は、夫妻の親密なポートレートであると同時に、Rolling Stoneの追悼号の表紙として記憶された。デミ・ムーアの写真は、妊娠中の俳優の身体であると同時に、映画『ゴースト』後のスター像をさらに押し出すVanity Fairの表紙になった*6。このように、リーボヴィッツの肖像では、被写体の姿、雑誌の編集文脈、読者の記憶が重なって、人物が私的な存在から時代の顔へ変わる。ここでいう公共的イメージとは、抽象的な概念ではなく、表紙を見た読者が「この時代のこの人物」として共有する視覚的な記憶のことである。

ジョン・レノンとオノ・ヨーコ:最後の肖像が雑誌史になる

1980年12月8日に撮影された《Yoko Ono; John Lennon》は、リーボヴィッツの仕事を知る入口になる代表作である。National Portrait Galleryは、この写真がRolling Stoneの依頼で夫妻のマンハッタンの部屋で撮影され、裸のジョン・レノンが服を着たオノ・ヨーコに胎児のように寄り添う姿を写した数時間後に、レノンが殺害されたと説明している*5。同館は、この写真がRolling Stoneの表紙として世界中に流通し、レノンの追悼イメージへ変わったことも記している*5。スターの男性像を強さや支配ではなく、依存、脆さ、親密さの形で見せたことが、死後に表紙として広く読まれ、音楽史、雑誌史、追悼の記憶へ重なっていった。

American Society of Magazine Editorsは、1981年1月22日のRolling Stone表紙を、1965年以降の雑誌表紙の第一位に選んでいる*6。この評価は、写真の造形だけでなく、撮影日時、被写体の死、Rolling Stoneの読者共同体、追悼号という編集上の位置が一体になった結果である。リーボヴィッツの肖像写真では、人物がどのように写っているかと同じくらい、その写真がどの媒体で読まれ、どの出来事の記憶と結びつくかが作品の意味を変える。

デミ・ムーア:妊娠した身体とスターの表紙

1991年のVanity Fair表紙で、妊娠中のデミ・ムーアを裸で撮った《Demi's Big Moment》も、リーボヴィッツの代表的な仕事として知られる。Vanity Fairの公式アーカイブでは、1991年8月号の記事が再掲載され、ムーアが第二子を妊娠していた時期の記事であること、写真がリーボヴィッツによることが確認できる*7。ASMEはこの表紙を同じランキングで第二位に置き、映画『ゴースト』後のムーアのスターイメージをさらに押し上げた表紙として説明している*6。この写真は、妊娠した身体を私的な領域に閉じず、ハリウッドスターの公的イメージとして雑誌表紙へ置いた点に意味がある。

ただし、この写真をめぐる評価は、単純な「解放」だけではまとめられない。Vanity Fair自身も、同誌の表紙がしばしば挑発的な構成を取り、デミ・ムーアの写真を近年の最もよく知られた表紙の一つとして位置づけている*8。妊娠した身体を見せるものとして提示したことは重要だが、その身体は同時に、映画スター、雑誌の販売戦略、視覚的な話題性の回路にも置かれていた。リーボヴィッツの写真が強いのは、こうした祝祭性と商業性、身体の可視化とメディアの演出が、一枚の表紙の中で分けがたく結びつくところにある。

この写真が後年も論じられるのは、妊娠した身体をめぐる見方が一枚の表紙の中で揺れているからである。Michele Pridmore-Brownの論文は、リーボヴィッツの仕事を母性の消費という観点から扱っている*31。Imogen Tylerの論考も、セレブリティ、妊娠、主体性の関係を論点にしている*32。デミ・ムーアの写真は「妊娠を肯定的に見せた表紙」というだけでは足りない。妊娠した身体が、女性自身の身体、俳優としての商品価値、雑誌が作る話題性のあいだで同時に見られるようになった点に、現在まで続く論点がある。

VogueとWonderland:ファッションを肖像の舞台にする

Vogue以後のリーボヴィッツにとって、ファッションは衣服を説明するだけの領域ではなく、被写体を物語の役へ置くための道具になった。ドレス、セット、ロケーション、小道具を使うことで、俳優やモデルは単に服を着た人物ではなく、映画の一場面、童話の登場人物、歴史上の写真への引用として見える。Phaidonの写真集『Wonderland』紹介では、リーボヴィッツ自身が、ファッションは自分の仕事の中に常にあり、しかし写真が先にあり、写真はジャーナリズム、ポートレート、ルポルタージュ、家族写真、ファッションを包み込むほど大きいと語っている*9。Vogueの講演記録でも、彼女は現在の仕事がジャーナリズム、ファッション、ポートレートを混ぜ合わせるものになり、ファッションの仕事では「ジャーナリズムとストーリーテリング」を使っていたと述べている*25。つまりファッションは、商品としての服を超えて、被写体に物語上の役割を与える舞台装置として使われている。

Vogueは、1999年のショーン・コムズとケイト・モスの撮影をラップ文化とハイファッションの交差、2001年のベン・スティラーの撮影をファッション写真の巨匠たちへのオマージュ、2003年のナタリア・ヴォディアノヴァとマーク・ジェイコブスの撮影を『不思議の国のアリス』的な幻想として紹介している*11。彼女自身も、最初のクチュール撮影ではヘルムート・ニュートン、リチャード・アヴェドンアーヴィング・ペンに触発され、2003年の《Alice in Wonderland》については、本をよく知っていたため構想は自然だったと述べている*25。Hauser & Wirthの展覧会テキストが、彼女のファッション写真に文学、映画、写真史、美術史からの視覚的参照があると説明するのは、このためである*10。リーボヴィッツは、スターやモデルを広告の顔としてだけでなく、既知の物語や写真史の記憶をまとった人物として見せた。

Women:女性像を一つに固定しない長期プロジェクト

《Women》は、リーボヴィッツの仕事を「有名人写真」だけで見ないための大きな手がかりになる。Phaidonの2025年版紹介は、この二巻本が30年以上にわたる250点以上の女性ポートレートを含み、ダンサー、俳優、宇宙飛行士、芸術家、政治家、農業従事者、作家、CEO、兵士、科学者など幅広い対象を扱うと説明している*12。女性を単一の理想像として提示するのではなく、職業、権力、身体、年齢、メディア上の役割の違いとして並べる点が重要である。Phaidonは同書にチママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、スーザン・ソンタグ、グロリア・スタイネムのテキストが含まれることも記しており、写真だけで女性像を説明するのではなく、ポートレートと文章を重ねながら、女性が社会の中でどのように見られ、語られるのかを扱う構成になっている*12

《Women》が重要なのは、女性を「有名な女性たち」という名簿にまとめるのではなく、写真集と展示の中で、職業や年齢、身体、権力、知名度の差が同時に見えるようにした点にある。そこにはスターもいれば、政治家、作家、科学者、農業従事者もいる。こうした並置は、女性表象を単純に更新したシリーズというより、女性たちが写真と文章、写真集と展示、有名性と社会的役割の中でどのように見えるのかを問い続けるプロジェクトとして読める。

公的仕事と私的写真、そして人物不在の肖像

2000年代以降のリーボヴィッツを考えるうえで重要なのが、写真集と展覧会として展開された《A Photographer's Life, 1990–2005》である。National Portrait Galleryは、この展覧会が150点以上の写真で構成され、編集上の依頼仕事と家族や親しい友人の私的写真を含み、リーボヴィッツ自身の「二つの人生はない」という言葉とともに紹介している*13。Brooklyn Museumも、同展が200点以上の写真からなる展覧会として同館で始まり、同名の写真集を伴って国際巡回したと説明している*14。ここでは、雑誌のために作られたスターの公的肖像と、スーザン・ソンタグや家族をめぐる親密な写真が、別々のジャンルではなく同じ時間の流れとして並ぶ。

Catherine Zuromskisの論文「"All One Life"」は、『A Photographer's Life, 1990–2005』を手がかりに、リーボヴィッツの影響力のあるスタイルを、セレブリティ写真とスナップショット写真の複雑な関係の中で分析している*30。この視点から見ると、リーボヴィッツの親密さは、単に被写体へ近づいた結果ではない。家族写真やスナップショットのように見える距離感が、雑誌や写真集の制度を通ることで、スターや作家の公的な像と結びついていく。その緊張が、彼女の写真を「私的な記録」と「公的な肖像」のどちらにも回収しにくくしている。

Pilgrimage》では、リーボヴィッツは人物の顔からさらに離れ、ナイアガラの滝、ウォールデン池、ヨセミテ、歴史的人物の部屋や遺品などへ向かった。Smithsonian American Art Museumは、このシリーズを、雑誌や広告のための周到に演出された肖像とは異なり、彼女自身が対象に動かされて撮った新しい方向として説明している*15。同館はまた、人物が写っていないにもかかわらず、これらの写真がある意味で肖像であり、トーマス・ジェファーソン、エミリー・ディキンソン、ジョージア・オキーフ、ピート・シーガー、エルヴィス・プレスリー、ジュリア・マーガレット・キャメロンアンセル・アダムズらに関わる場所や痕跡を含むと説明している*15。人物を撮らなくても、場所や物がその人の記憶を背負うなら、それも肖像になりうる。この展開によって、リーボヴィッツの仕事は、顔の写真から文化的記憶の編集へ広がっていく。

NYUのファインディングエイドは、《Pilgrimage》を、雑誌や広告のための演出肖像とは異なり、リーボヴィッツが対象に動かされて撮った写真と説明し、風景、室内、過去の生の痕跡を帯びた物が含まれると記している*33。Library of Congressの記事も、リーボヴィッツが《Pilgrimage》のためにゲティスバーグ演説の草稿や、五ドル紙幣に用いられたリンカーンのガラス乾板ネガを撮影したことを伝えている*34。ここでは、肖像は顔ではなく、人物や国家の記憶を支える物と場所へ移っている。

§ 03 / 03 批評と写真史上の位置

リーボヴィッツの写真は、まずRolling StoneやVanity FairやVogueの誌面で広く見られ、その後に写真集や展覧会で見直されてきた。ICPは、初期二十年の写真が『Annie Leibovitz: Photographs 1970–1990』として回顧的な本と展覧会にまとめられ、その展覧会がICPとNational Portrait Galleryの共同で組織されたと記している*2。しかし、雑誌で強く働いた写真が、展示室の壁でも同じように見えるとは限らない。New Yorkerのヴィンス・アレッティは、リーボヴィッツの写真が雑誌では強く見える一方、ギャラリーの壁ではしばしば過剰で平板に見えると批判しつつ、《A Photographer's Life》については、公的な仕事とスーザン・ソンタグとの関係を含む私的写真が混ざることで、これまでより興味深い展示になったと評している*16。この評価は、彼女の写真が置かれる場所によって意味を変えることを示している。雑誌では見出しや記事と結びつき、写真集では時間の流れとして再編集され、美術館では一枚の作品として見られる。その移動自体が、リーボヴィッツの受容を形づくっている。

近年の批評では、リーボヴィッツの視覚的な強さを別の角度から読む試みもある。Jörg Colbergの『Photography's Neoliberal Realism』は、リーボヴィッツ、グレゴリー・クルードソン、アンドレアス・グルスキーを取り上げ、作為に満ちた写真が、資本主義社会で共有される信念や価値観をどのように視覚化するかを論じている*35。この見方を採れば、彼女の写真が名声、広告、権力、欲望を魅力的な場面へ変える力を持つほど、そのイメージが何を強化しているのかも問われる。称賛と批判が同時に生じるのは、リーボヴィッツの写真が現代の視覚文化の中心に近い場所で作られてきたからである。

同時代の雑誌肖像と比較すると、リーボヴィッツの輪郭はよりはっきりする。リチャード・アヴェドンは、大判カメラ、白い背景、精密な細部によって人物と視線の緊張を作り、写真を単なる事実ではなく「意見」と捉えていた*17アーヴィング・ペンは、Vogueの肖像を通じて二十世紀文化史の広がりを写しながら、装飾的な背景を避け、抑制された構成の中で人物を見せた*18。National Portrait Galleryのペン展年譜も、彼がVogueのスタッフとして表紙案に関わり、1943年に同誌初のカラー静物表紙を撮影したことを示している*19

リーボヴィッツは、アヴェドンやペンの雑誌肖像の系譜に接続しながらも、同じ方向へ進んだわけではない。アヴェドンが背景を削ぎ落とし、ペンがスタジオの秩序へ人物を集めたのに対し、リーボヴィッツは場所、衣装、身体の姿勢、文学や映画や美術史の参照を増やすことで、人物をより物語的な場面へ置いた。Vogueの講演で、彼女は自分がスタジオよりロケーションを好み、場所が物語を作るかと問われて「できるならスタジオでは働かない」と答えている*25。Crystal Bridges Museumのインタビューでも、彼女はスタジオが得意ではなく、被写体の自宅やその人に意味のある場所から始めることを好み、それを「感情的な道具」と呼んでいる*26。そのため、彼女の演出は単に豪華な背景を足すことではなく、被写体がどの場所、どの記憶、どの物語と結びついて見えるかを作る方法だった。

彼女は商業写真を美術写真へ単純に「昇格」させた写真家ではない。本人の発言に即して言えば、リーボヴィッツはジャーナリズム、ファッション、ポートレート、ストーリーテリングを分けずに扱い、シリーズや場所を通じて人物を見ようとした*25。ジョン・レノンとオノ・ヨーコでは親密な身体の形が追悼の記憶になり、デミ・ムーアでは妊娠した身体がスターの表紙イメージになり、《Wonderland》では俳優やモデルが文学や写真史の物語へ置かれる。これらの例を通して見えるのは、彼女が人物を「その人らしく」撮るだけでなく、場所、衣装、身体、物語、雑誌の読まれ方を使って、見る人がすぐに理解できる場面へ変えていく方法である。その明快さがリーボヴィッツの強さであり、同時に、名声や権力を批評的に解体するより、さらに魅力的な神話として増幅してしまう危うさもそこにある。

§ REL 関連する写真家・運動
関連する写真家
  • リチャード・アヴェドン ― 本文で、雑誌肖像の系譜に接続しながら、背景を削ぎ落とすアヴェドンとは異なる物語的演出として比較される。
  • アーヴィング・ペン ― 本文で、Vogueの肖像と抑制されたスタジオ構成を担った先行者として、リーボヴィッツの場所・衣装・物語を増やす方法と対比される。
  • アンドレアス・グルスキー ― 本文で、作為的な写真が現代資本主義の価値観を視覚化するという批評の中で、リーボヴィッツと並べて論じられる。
関連する運動
  • フォトジャーナリズム ― 本文で、Rolling Stone期の取材・表紙・フォトエッセイが彼女の制作経験の出発点として説明される。
  • ステージド写真 ― 本文で、場所・衣装・身体・物語を組み立て、人物を強い場面へ置く方法として説明される。
§ REF さらに読む
写真集
Annie Leibovitz: Wonderland

ファッション、演劇、セレブリティの演出を横断して、リーボヴィッツの物語的な肖像表現をたどる一冊。

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Annie Leibovitz: Women: 2025 Edition

女性像をめぐる長期的な関心を、ファッション、権力、身体、親密さの交差点から見直せる新版。

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Annie Leibovitz: A Photographer's Life, 1990-2005

雑誌の仕事と私的な写真を並置し、リーボヴィッツの肖像が記憶と生活へ広がる転換点を示す写真集。

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関連データベース・アーカイブ
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