ウィリアム・エグルストン
ウィリアム・エグルストンは1939年テネシー州メンフィス生まれ。1960年代から35mmのカラーフィルムで撮影を始め、1976年にMoMAでジョン・ザルコウスキーの企画に…
色の技術史であると同時に、カラーが「商業的・俗っぽい」から「芸術的」へ価値転換した制度史。雑誌・観光・広告との結びつきが、長く美術写真からの排除を正当化してきた。
カラー写真の問題の核心は技術ではなく、誰の視覚経験が標準とされてきたかという価値判断の歴史にある。色が商業と結びついているという偏見こそが、長い排除の構造を作っていた。
写真の発明直後から、人びとは色の欠如を補おうとしてきた。手彩色の肖像や風景は写真の現実感に絵画的な魅力を重ねる方法で、20世紀に入るとオートクロームやカラーフィルムが普及し、雑誌、広告、家庭用スナップの領域では色が急速に広がった。しかし「商業的」「派手」「記録として軽い」という偏見が長く残った。*2
転換点の一つが1970年代のニューカラーである。ここでカラーは、雑誌的な鮮やかさではなく、日常や郊外、人工照明、包装材の質感を読み取るための批評的な言語として扱われ、美術館での評価が一気に変わる。ソール・ライターの早いカラー実験が都市の親密な偶然を引き寄せ、のちにエグルストンやショアが日常と郊外を正面から扱えたのも、色が商業の属性ではなく経験の質そのものを運ぶと理解されたからだった。*7
ウィリアム・エグルストンは1939年テネシー州メンフィス生まれ。1960年代から35mmのカラーフィルムで撮影を始め、1976年にMoMAでジョン・ザルコウスキーの企画に…
アニー・リーボヴィッツは、Rolling Stoneで写真家として出発し、Vanity Fair、Vogueへ活動を広げながら、雑誌の表紙や特集の中で人物を強い場面として…