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PHOTOGRAPHERS/RYAN MCGINLEY ·インティメイト・ライフ ·UPDATED 2026.07
RM
§ 246 — Photographer Index — インティメイト・ライフ

ライアン・マッギンレー

Ryan McGinley
Country2000s / 2000年代 Period2000–2010s Channel写真史の論点 · コンセプチュアル
Abstract

ライアン・マッギンレーは、ニューヨークの友人や恋人を写した私家版『The Kids Are Alright』から、若者を数か月の旅へ集めるロードトリップ作品へ進んだ。生活の記録、構成写真、ZINEやファッション誌の流通を一つの制作に組み込み、写真のために準備された時間から、即興的な身体の反応が生まれる過程を2000年代の若者像として示した。

この写真家が変えたこと

1970年代から90年代にかけて、ラリー・クラーク、ナン・ゴールディン、ヴォルフガング・ティルマンスらは、友人や恋人と共有する生活を写真へ取り込んだ。ジェフ・ウォール以後の構成写真は、場面の設計と撮影前の制作を作品の中心に据えた。マッギンレーは初期の生活記録からロードトリップへ進み、実在する若者を長期間の旅へ集め、行き先と行為のきっかけを準備し、参加者の反応を連続して撮影した。本人が「pseudofiction」と呼ぶこの方法では、写真のために計画された状況の中で、実際の疲労、笑い、恐怖、失敗が起きる。親密な写真が培った生活の共有と、構成写真のキャスティングやロケーション設計が一つの制作現場に重なり、撮影のための共同生活を組織し、その時間を参加者自身の記憶に近い画面へ変える方法が成立した。ZINE、ファッション誌、初期のオンラインメディアで若者自身の写真が流通した時代に、大規模な制作管理を自己表象の外観へ重ねた点が、マッギンレーの仕事を同時代のユース写真から区別している。

Keywords ユースカルチャー クィア写真 The Kids Are Alright ロードトリップ 演出されたスナップ 身体と自然
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

スケートビデオ、ZINE、ダウンタウンの自己表象

マッギンレーは15歳頃から友人のスケートビデオを作り、技が成功する場面と同じくらい、撮影の前後に人がふざけ、待ち、話す時間へ関心を向けたと回想している*17。ニューヨークへ移った後の撮影対象は、同じ部屋や夜を共有した友人、恋人、スケーター、音楽家、グラフィティ・アーティストだった。そこにはクィアな人々も含まれる。クィアは、異性愛や男女二元を標準とする規範から外れる性のあり方や関係を含む言葉で、ここではマッギンレーが暮らした友人・恋人の生活圏を示すために用いる。

撮られる側はカメラを意識し、ポーズや行動を提案し、自分がどう写るかに参加した。*10マッギンレーも、カメラに慣れた親しい集団の中で撮影したと語っている。*17この関係では、写真家が一方的に若者文化を採集する構図が弱まり、友人たちの自己演出が画面へ入る。初期作品の親密さは、物理的な近距離と、写真を一緒に作る了解から生まれた。*1

1999年の私家版『The Kids Are Alright』では、撮影、編集、複製、配布を自ら行い、生活圏のイメージをまず一冊のZINEにまとめた。1990年代末には小部数出版、スケート映像、音楽誌、ファッション誌、個人サイトが若者の自己表象を流通させ、受け手が同時に制作者になる環境が広がっていた。イヴァン・ヴァルタニアンは、この写真集をメディアの分散と自己表象の連鎖の中に位置づけている*20。写真集を写真家、編集者、キュレーターへ直接送る行為は、ダウンタウンの小規模な流通をホイットニー美術館やMoMA PS1へ接続した*4

2003年のホイットニー美術館個展は、ダウンタウンの友人へ配った私家版が、美術館の展示へ入る転機となった。展示では夜の屋上や室内を写した写真が大判プリントとして壁面に並び、生活圏で共有された小冊子の像が、公共の鑑賞空間で一世代のユースカルチャーを示す作品として受容された。*9

翌2004年のMoMA PS1個展は、初期の親密なスナップから、ヴァーモントで始めた野外撮影へ進む時期に当たる。制度的な評価が高まる一方で、撮影対象は既存の交友圏から、撮影のために集められた参加者と旅へ広がった。*3

ゴールディン以後―AIDS危機を知る世代の生の像

マッギンレーはナン・ゴールディンの『The Ballad of Sexual Dependency』から、自分が暮らすボヘミアンな生活も写真の主題になり得ると学んだと語っている*17。ゴールディンは恋愛、依存、病、死を長い時間の中で編集し、ティルマンスは友人、クラブ、雑誌、美術展示を同じ視覚文化として扱った。マッギンレーの初期写真はこの系譜に近く、数年間の交友圏を密度の高い一冊へまとめた。

年長の兄マイケルをAIDSで亡くした経験は、彼が若い身体を生きて動く姿として撮る背景の一つになった*15。クリス・クラウスは『The Kids Are Alright』の受容を、AIDS危機と9・11後、企業化が進むニューヨークで、若者がなお自由な時間を作れるという物語と結びつけている*19。走る、泳ぐ、抱き合う場面は、クィアな生活を病や被害に限らず伝える視覚像となり、同時に短い青春を理想化する性格も持った。

§ 02 / 04 表現の核心

「Pseudofiction」―写真のために実際の出来事を起こす

2003年、ヴァーモントの家へ友人を招いた撮影で、マッギンレーはスケートランプやトランポリンを用意し、木に登る、水へ入る、走るといった行動の出発点を作った。クリス・クラウスは、この時期を都市の日常記録から大規模な状況設定へ進む転機としている*19。マッギンレー自身は、実際に起きたが写真を作る目的がなければ起きなかった場面を「pseudofiction」と説明した。

日記的なスナップは、撮影者が生活の現場に居合わせた事実を強く伝える。ジェフ・ウォールやグレゴリー・クリュードソンに代表される構成写真は、撮影前に空間、人物、照明を設計し、その設計自体を作品の条件とする。マッギンレーは、参加者、場所、移動、行動の入口を決め、跳躍の形、笑い、転倒、天候の変化を参加者と現場へ委ねた。設計の中心は、参加者が何度も行動し、その反応を撮り続けられる時間と環境だった。

写真に写る行為は、参加者がその場で実際に行ったものであり、同時に撮影計画から生まれている。作品の実在感は、旅程、信頼、疲労、反復撮影を含む制作過程から生じる。アーロン・シューマンも、自然発生する場面の記録と構成された撮影が同じ作品で働く点を論じている*18*8

ロードトリップを、自由な反応が続く撮影現場として組む

2005年以降の全米ロードトリップでは、参加者の選定、二台のバン、撮影候補地、小道具、フィルム、移動予定が事前に組まれた。シューマンは、それぞれの旅がキャスティングとロケーション調査を経て、場面に合う場所を中心に構成されたと記している*18。一枚の写真が即興の逃避行に見える一方、その瞬間を何週間も作り続ける制作体制が背後にあった。

荒野や川では、地形と行為が身体を動かす撮影条件を新たに組んだ。水温、岩の高さ、暗闇、煙、花火、長距離の移動は、姿勢、呼吸、恐怖、疲労を変える。裸体は衣服が示す職業や流行を弱める一方、年齢、体格、肌の色を強く見せる。自然は自由の背景として働くと同時に、参加者へ具体的な負荷を与える撮影条件となった。

《Tree #1》(2003)では、若者たちが枝へ分散し、幹、葉、皮膚の配置が集団像を作る*5。期限切れフィルムやフラッシュによる色の偏りは、整備された撮影を均質な商品写真から離し、旅の時間を私的な記憶に近い色へした*4。計画、身体的な負荷、フィルムの偶発性が一枚の中で同時に働いている。

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

『The Kids Are Alright』から『I Know Where the Summer Goes』へ

『The Kids Are Alright』は、夜の室内、屋上、浴室、路上を近距離で連ね、友人が出入りする生活の速度を一冊へまとめた。人物の経歴を説明する名鑑型の編集を避け、表情、身体、部屋、落書きの反復で共同体の時間を作る。私家版という流通形式によって、撮られた人々の生活圏から美術制度へ移る順序も作品の一部となった。*6

『I Know Where the Summer Goes』(2008)では、都市の継続的な日常が、開始と終了を決めた旅の時間へ変わる。岩場から飛ぶ身体、草原を走る裸体、煙や花火に包まれる人物は別々の日に撮られ、写真集のシークエンスによって一つの夏の記憶へ編集された。写真集は旅行記の地理を示す媒体として機能し、撮影のために作った場面を一世代の青春像へまとめる媒体としても機能した。

モリッシー公演とスタジオ肖像―環境が人物の振る舞いを変える

2004年から2006年のモリッシー公演では、歌手と同時に観客へカメラを向け、涙、叫び、伸ばされた手、失神に近い表情を撮影した。ロードトリップでは写真家の提案が身体運動のきっかけとなり、コンサートでは音楽と群衆が同じ役割を担う。マッギンレーは、人物の内面を説明する肖像に集中せず、環境が行動と表情を変える瞬間を選んだ。*7

《Everybody Knows This Is Nowhere》(2010)は、白いスタジオとモノクロームを用い、旅行、自然、集団行動を画面から取り除いた*14。人物は一人でカメラに向き、顔、肩、視線のわずかな動きで像を成立させる。野外作品と並べると、マッギンレーの主題が特定の若者文化だけに限られず、撮影規則と環境によって人がカメラへ応答する仕方に及んでいたことがわかる。*2

§ 04 / 04 批評と写真史上の位置

クラーク、ゴールディン、ティルマンスとの距離

ラリー・クラークは若者文化を薬物、性、暴力を含む社会環境として追い、ナン・ゴールディンは友人と恋人の生活を長期のスライドショーへ編集した。ヴォルフガング・ティルマンスは友人の肖像、雑誌仕事、クラブ文化、抽象写真を同じ展示空間で扱った。マッギンレーの初期作品は、撮影者が被写体と生活を共有する点でこの流れに連なる。

ロードトリップ期には、撮影前から存在する交友関係に加え、旅の参加者が数週間を共にすることで親しさが形成された。ゴールディンのカメラは続いている生活の一部となり、マッギンレーのカメラは旅を始める理由の一つとなる。親密な写真は、生活の記録に加え、写真制作が新しい共同生活を生む形式へ広がった。

構成写真との違いは制作現場に表れる。マッギンレーは大規模な準備を行ったうえで、参加者が何度も動き、失敗し、休む時間まで撮影した。写真家が管理した中心は、参加者がその場で反応できる時間と場所だった。準備された旅程は、笑い、転倒、疲労、沈黙のように現場で変化する出来事を継続して撮るために使われた。*10

ZINEから広告まで―参加者の記録に見える画像

1990年代末から2000年代初頭には、ZINE、個人サイト、ブログ、初期のソーシャルメディアが、若者自身の写真を広く流通させた。ヴァルタニアンはマッギンレーの初期作品を、メディアが分散し、自己表象が連鎖する視覚文化の中で論じている*20。同時期のファッション誌や広告も、友人の旅やパーティーを参加者が撮ったように見える画像を用いた。マッギンレーは、キャスティング、ロケーション調査、長期の旅という構成写真の制作規模を使いながら、完成画像を参加者自身のスナップに近い距離で見せた。構成写真の準備工程と、ZINEや個人サイトに流通した自己表象の外観が、一つの作品に重なった。

裸足の身体、夏、フラッシュ、ロードトリップという外見は広告やファッション写真へ広く引用され、「自由」を示す記号として反復された*11。その外見だけを借りた画像では、長期のキャスティング、共同生活、移動、信頼形成が画面の外へ退く。マッギンレーの写真では、軽やかな瞬間を反復して得るための旅程、資金、移動、フィルム管理、参加者との関係が制作を支えている。

日本では2016年の東京オペラシティ アートギャラリー「BODY LOUD!」が、初期のニューヨーク、ロードトリップ、コンサート、スタジオ肖像を横断して紹介した。展覧会構成は、若さや裸体という共通した外見の背後で、都市の友人関係、野外の状況設定、群衆、白いスタジオという異なる撮影条件が人物の振る舞いを変えることを示した。*12

同展の資料は、約150点によって1998年以降の変化をたどり、スナップショットの親密さと大規模な演出が一人の作家の中で連続している点を強調した。*13

マッギンレーが定着させた制作方式は、旅程、参加者、場所、行動、フィルムを管理しながら、人物の反応を事前に固定せず撮影を続ける方法である。写真のために生活の時間割が組まれ、その中で実際の行為とカメラを意識した自己演出が重なる。この構造は、ブログやソーシャルメディアの普及によって、日常生活そのものが撮影され、共有され、演じ直される2000年代以降の視覚文化と並行して広がった。*16

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Movements / Contexts
  • ステージド写真 ― ダウンタウンの若者文化を神話的なアメリカの風景へ移植し、自発的に見えながら念入りに演出されたイメージを作った。
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