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PHOTOGRAPHERS/PIETER HUGO · ポートレート
PH
§ 281 — Photographer Index — ポートレート

ピーター・ヒューゴ

Pieter Hugo 1976-
Country南アフリカ Period2000–2010s Channelイメージを疑う · CONCEPTUAL
Abstract

ピーター・ヒューゴは、南アフリカを拠点に、正面性の強いポートレートでポスト・アパルトヘイトの記憶、白人性、周縁化、電子廃棄物、他者表象の不安を扱う写真家。『The Hyena and Other Men』『Permanent Error』『Kin』では、人物・場所・動物・廃棄物・家族を強い画面の中に固定し、被写体を見ているはずの鑑賞者自身の距離感、判断、欲望まで作品の問題として浮かび上がらせた。

Keywords ポートレート 社会的写真 コンセプチュアルアート 南アフリカ
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 03 背景と時代

ピーター・ヒューゴは1976年にヨハネスブルグに生まれ、現在はケープタウンを拠点に活動する南アフリカの写真家である。スティーブンソンの作家略歴は、ヒューゴの仕事を「ポートレートの可能性と限界」、そしてイメージが人と人の関係をどのように形づくるかをめぐる実践として整理している*1。ヒューゴの写真で問われるのは、写真が被写体を正しく説明できるかどうかではなく、正面に置かれた人物を見たとき、鑑賞者が肌、服装、場所、動物、廃棄物、人種、階級といった手がかりから、相手をどのように判断してしまうかである。ポートレートは人物を紹介する形式であると同時に、見る側の期待や決めつけが画面の前で露出する形式になる。ヒューゴの公式サイトでも『The Hyena and Other Men』『Permanent Error』『Kin』などのプロジェクトは、地域別の記録ではなく、帰属、記憶、継承、西アフリカでの仕事といったまとまりとして置かれている*2

ヒューゴがアフリカ各地を撮る背景には、南アフリカ出身の白人写真家としての自分の位置がある。Saint Lucyのインタビューで彼は、自分の故郷はアフリカだが白人であり、南アフリカの社会的地形の中にうまく収まらないことが写真家になる大きな動機になったと語っている*3。この出自の不安定さは、彼の写真を「アフリカの珍しい現実」の記録ではなく、撮る者がどこに立ち、どの距離から相手を見るのかという問題へ向かわせた。写真という媒体についても、ヒューゴはあらかじめ作品を構想してスタジオで作るより、外へ出て、出会った環境や人に反応しながら制作する方法だと説明している*4。同時に彼は、写真は現実の痕跡を持つが、画面は選択、構図、光、距離によって作られるとも述べており、ドキュメンタリーの証拠性とアートの構成性が切り離せない媒体として写真を扱っている*5。そのためヒューゴのポートレートは、人物を記録するだけでなく、現場に立つ自分の立場と、写真を見る側の判断を同じ画面に引き寄せる方法になっている。

ヒューゴは、アパルトヘイト後の南アフリカ写真を考えるうえで、直接的な告発や報道写真の後に生まれた、より複雑なポートレートの位置にいる。V&Aの「Figures and Fictions」は、2000年代以後の南アフリカ写真を、アイデンティティ、人種、ジェンダー、階級、政治を再考する文脈として紹介し、その中にヒューゴを置いている*6。ヒューゴの作品で問題になるのは、被写体がどこの誰であるかだけではない。南アフリカ出身の白人写真家である彼が、アフリカ大陸、南アフリカの家族、電子廃棄物の現場、周縁化された人々を撮るとき、写真家の立場、被写体の自己提示、鑑賞者の期待が同じ画面に入り込む。正面を向いた人物は、説明される対象であると同時に、こちらの視線を受け止め返す存在として固定される。

§ 02 / 03 表現の核心

正面肖像の系譜──サンダー、アーバス、ルフとの距離

ヒューゴの正面肖像は、ひとりの先行作家だけではなく、複数の肖像形式のあいだで語られてきた。グレタ・ショーマンは、ヒューゴの平板で正面を向いた肖像が、アウグスト・サンダー、ダイアン・アーバス、ロジャー・バレン、リネケ・ダイクストラ、ズウェレトゥ・ムテトワ、ノンツィケレロ・ヴェレコ、アレック・ソスを思わせると述べ、静物にはウィリアム・エグルストン、即物的な建築写真にはベルント&ヒラ・ベッヒャー、ウォーカー・エヴァンズ、ダン・グレアム、ポール・グレアムの連想も示している*7。この列挙は、ヒューゴの作品が「奇妙な被写体を撮った写真」だけで成立しているのではなく、類型、正面性、大判プリント、日常の平板さ、美術館で見られる画面の強さを重ねていることを示している。Prestelの『Between the Devil and the Deep Blue Sea』でも、ヒューゴの仕事ではサンダーの類型的な肖像と、アーバスの私的・心理的な現実を記録する視線が合流すると説明されている*8。ただし、ヒューゴをアーバスの系譜へそのまま置くと焦点はずれる。アーバスやバレンとの近さは、周縁的な人物、心理的な不穏さ、見てよいのか迷う被写体との距離にあるが、ヒューゴの場合はそこに南アフリカの白人写真家としての立場、ポスト・アパルトヘイト、植民地的な他者化、国際的な美術市場で消費される危うさが重なる。ダイクストラ、ムテトワ、ヴェレコ、ソスとの接点も、肖像が個人の内面を明かすというより、姿勢、服装、場所、画面の大きさによって、人物がどの社会的空間に置かれて見えるのかを示す点にある。

正面肖像の性格は、トーマス・ルフと並べるとさらに分かりやすい。ドイツ取引所写真財団の「Look at Me」展は、人物表象を中心に、ピーター・ヒューゴ、トーマス・ルフ、リネケ・ダイクストラ、セイドゥ・ケイタ、アレック・ソス、トーマス・シュトゥルートらを同じ展示に置いている*9。この並置が示すのは、ポートレートが顔の記録だけではなく、正面性、反復、背景の処理、プリントの大きさ、展示空間によって、人物が年齢、階級、人種、職業、都市性、制度的な身分と結びつけられて見えてしまう形式でもあるということだ。ショーマンも、ヒューゴの写真が事実とフィクション、アートと資料、記録と演技、歴史と期待のあいだで鑑賞者に正面から向き合うと整理している*7。ルフの《Portrait》シリーズについて、メトロポリタン美術館は、ベッヒャー的な類型、ミニマリズムの反復、身分証明写真や監視の明るい世界を引き受けた肖像として説明している*10。ギル・ブランクとのインタビューでルフ自身も、パスポート写真のように見せながら、住所、宗教、職業、前科のような情報を与えず、感情も分からないようにしたかったと説明している*11。ルフでは、顔は大きく、均質に、背景や物語をほとんど持たずに提示される。髪、肌、目鼻立ち、服の襟元までは見えるのに、その人物の生活、場所、声、関係は画面から退き、証明写真や監視写真に近い無表情な表面が前面に出る。一方、ヒューゴの《Mallam Mantari Lamal with Mainasara, Nigeria》では、男の身体、ハイエナ、鎖、乾いた地面が同じ画面に置かれ、顔だけを取り出した身分証のような肖像にはならない*14。SFMOMAが収蔵する《Al Hasan Abukari, Agbogbloshie Market, Accra, Ghana》でも、人物の正面性は電子廃棄物の風景と切り離されず、肖像と労働環境が同時に提示される*17。ルフの正面性が、見えているのに近づけない顔を作るとすれば、ヒューゴの正面性は、人物の周囲にある場所、物、動物、労働、歴史を画面に残し、鑑賞者が何を手がかりにその人物を判断したのかを作品の中へ戻してくる。

『The Hyena and Other Men』──市場の見世物から、固定された肖像へ

The Hyena and Other Men』は、鎖につながれたハイエナを連れて歩く男たちの携帯電話写真をヒューゴが見たことから始まった。公式テキストによれば、その写真には銀行強盗、用心棒、麻薬売人、借金取りといった噂がまとわりついていたが、実際にヒューゴが追ったのは、動物を使って群衆を集め、伝統薬を売る巡業のパフォーマーたちだった*12。ヒューゴは当初、市場を移動する一団の活動を追おうとしたが、公式テキストによれば、その方法では自分が関心を持った関係性をうまく写せなかったと説明している。彼が見ようとしたのは、路上の見世物そのものではなく、都市の舗装路を野生動物が歩き、人間が動物を支配しているようにも、動物に生活を支えられているようにも見える関係だった*12。そのため撮影は、動き続ける市場の記録から、一人のパフォーマーと動物を街路や空き地の中で止めるポートレートへ移る。人物、動物、鎖、地面、周囲の街を一枚の画面に固定することで、支配しているのは人間なのか、動物なのか、貧困なのか、見る者の想像なのかを簡単には決められない状態が生まれる。

このシリーズが分かりにくいのは、画面が強すぎるために、鑑賞者が最初に「異様な被写体」を見てしまうからである。ニューヨーカーのエリザベス・ビオンディも、最初は単に壮観に見えたが、よく見ると一団、動物、周囲の環境、日常生活、アフリカ社会の関係を考えさせる写真だったと書いている*13。メトロポリタン美術館に収蔵されている《Mallam Mantari Lamal with Mainasara, Nigeria》でも、男とハイエナは「奇妙な組み合わせ」として並ぶだけではなく、鎖、姿勢、距離、視線によって、支配と依存が同じ画面に固定されている*14。ヒューゴ自身は、二度目の撮影後に「支配」「共依存」「服従」という言葉がノートに繰り返し現れたと書き、この作品を西アフリカのエキゾチックな巡業者以上のものとして位置づけている*12。だからここで重要なのは、ハイエナ使いを珍しい存在として見せたことではなく、見世物として流れてしまう場面を肖像として止め、その中に経済的周縁化、生存、動物との関係、鑑賞者の好奇心を重ねたことである。

『Permanent Error』──電子廃棄物の風景に身体を置く

Permanent Error』では、舞台はガーナ、アクラのアグボグブロシーへ移る。ヒューゴの公式テキストは、この場所を西アフリカ有数の電子廃棄物処理地として説明し、売り物にならない電子機器が最終的にそこへ集まる構造を記している*15。Prix Pictetのページも、このシリーズを「Disorder」の文脈で扱い、アグボグブロシー市場の複数の作品画像を掲載している*16。ここでのポートレートは、汚染された場所にいる人を同情の対象として撮るだけではない。デジタル機器の更新、過剰生産、廃棄、金属回収、移民労働、国際的な不均衡が、ひとりの身体の周囲に集まってしまうことを見せる。SFMOMAが収蔵する《Al Hasan Abukari, Agbogbloshie Market, Accra, Ghana, from the series Permanent Error》は、人物像であると同時に、廃棄物の風景と労働の現場を一つの画面に重ねる作品である*17。ヒューゴ自身は、この場所にいると政治的立場を取らずにはいられないと書いているが、写真は単純な告発ポスターではなく、見る者が日常的に使うテクノロジーの後始末を、遠い場所の身体へ押しつけている構造を示す*15

『Kin』──自分の生活圏に歴史を戻す

Kin』は、ヒューゴの仕事の中で大きな転回点になる。Apertureはこの写真集を、南アフリカ各地で撮られたイメージの集合であり、家族、共同体、自分自身へ焦点を移したプロジェクトとして紹介している*18。Fondation Henri Cartier-Bressonの展覧会テキストも、風景、ポートレート、静物を通して南アフリカを個人的に探索する仕事として『Kin』を位置づけている*19。この転回は、危うい他者表象を避けて私的な世界へ退いたという意味ではない。家族、妻、子ども、使用人、土地、風景、白人性を同じシリーズに入れることで、ヒューゴは「遠い他者」に向けていた視線を、自分が暮らす南アフリカの家族史と社会関係へ戻した。Foto Colectaniaの展覧会ページでは、ヒューゴ自身の言葉として、『Kin』は社会が掲げる理想と、実際に生きられている現実とのずれを問う試みとして紹介されている*20。公式サイトに並ぶ《Tamsyn Reynolds pregnant with our first child, Cape Town》や《Daniela Beukman, Milnerton》などの作品は、家族写真の親密さと、南アフリカの土地や雇用関係に残る歴史的な非対称性を、切り離さずに見せている*21

§ 03 / 03 批評と写真史上の位置

ヒューゴの写真は、国際的な美術館、写真祭、写真集の回路で広く受容されてきた。公式略歴は、Rencontres d'ArlesのDiscovery Award、KLM Paul Huf Award、Seydou Keïta Award、Deutsche Börse Photography Prizeのショートリスト、Prix Pictetのショートリストなどを挙げている*22。Fotomuseum Den Haagは2012年の展覧会で、2003年から2011年の仕事を包括的に紹介する最初の美術館調査展と説明している*23。また、Stevensonの出版リストを見ると、『The Hyena and Other Men』『Permanent Error』『Kin』『1994』『La Cucaracha』『Californian Wildflowers』まで、彼の仕事が写真集として継続的に組み立てられてきたことが分かる*24。この点でヒューゴは、展示の作家であると同時に、シリーズと写真集によって被写体の見え方を組み替える作家でもある。

同時に、ヒューゴの作品には、見ることの暴力やステレオタイプ化をめぐる批判がつきまとう。Artthrobの『Kin』評は、ヒューゴの表象が人種化されたステレオタイプや搾取として受け取られうることを認めたうえで、怒りと覗き見る快楽が表裏一体になりうると指摘している*25。この批判は、ヒューゴの仕事を否定するためだけにあるのではなく、彼の写真がなぜ強く、同時に危ういのかを問う視点として重要である。AnOtherのインタビューでヒューゴは、写真は表面を示し、私たちはそこに意味を与えるが、その意味は正しいことも誤っていることもあると語っている*26。この言葉を踏まえると、ヒューゴの写真は「被写体の本質」を取り出すものではない。むしろ、表面しか見えない写真に対して、鑑賞者がどれほど早く意味を与え、どれほど不安定な根拠で判断してしまうのかを、正面肖像の形式で露出させる。

アーネスト・コールとの違いは、南アフリカ写真の流れを考えるうえで重要である。The Photographers' Galleryは、コールの『House of Bondage』を、1967年にアパルトヘイトの残酷さと不正義を世界へ明らかにし、南アフリカの黒人の日常を鮮明に記録した20世紀の重要な写真集として紹介している*27。Foamも、コールをアパルトヘイト下の黒人の生活を内側から示した初期の黒人フリーランス写真家として位置づけ、鉱山、警察の検問、タウンシップの破壊などを命がけで記録したと説明している*28。ここでコールが暴いた「制度」とは、抽象的な差別意識ではない。パス法、居住地の分離、鉱山労働、白人専用施設、通勤列車、フェンス、過密で空気のない移動手段のように、黒人の身体がどこへ行けるか、どこで働かされるか、どの入口を使わされるかを決める具体的な仕組みである。『House of Bondage』をめぐるKronosの書評も、コールの仕事を、暗い室内、フェンス、過密な交通機関などを通じて、南アフリカ写真を体系的な社会批判へ移したものとして整理している*31。コールの写真は、その仕組みを国外の人々にも伝えるため、国家の暴力が身体と都市空間に入り込む場面を記録した。

コールが明らかにした法と空間の仕組みは、アパルトヘイトの廃止によってそのまま消えたわけではない。人物を人種、貧困、危険、周縁性、アフリカ性、被害者性、異様さといった分類へすぐ結びつけてしまう見方は、制度が変わった後の社会にも残る。ヒューゴはその残存を、コールのような隠し撮りや報道写真の緊急性ではなく、被写体を正面に立たせ、写真家の距離、被写体の自己提示、国際的な鑑賞者の判断が同時に働く場面として扱う。オキー・ヌワフォーは、コール、ピーター・マグバネ、デイヴィッド・ゴールドブラットらの写真にはアパルトヘイトが生んだ動きや事件性が多く見られるのに対し、ヒューゴの作品はポスト・アパルトヘイト期に生まれ、人物を「静かな不穏さ」として固定すると述べている*29。同じ論考は、ヒューゴの正面から向き合う方法が、被写体と対面し、協働しながら、鑑賞者にも正面から向き合うことを求める点で、南アフリカの社会問題を描くうえで新しいとする発言も紹介している*29。近年のKYOTOGRAPHIEの南アフリカ特集も、コールをアパルトヘイト下の生活の記録、ヒューゴを生、死、儀礼をめぐる作品、レボハン・ハンイェを記憶と継承の探究として、三世代の異なる声に分けて位置づけている*30。両者を一本の後継関係でつなぐより、コールは国家制度が身体と都市をどう縛ったかを記録し、ヒューゴはその後の社会で人物がどのような分類の視線にさらされるかを、正面肖像の中で扱ったと見る方が分かりやすい。ヒューゴのポートレートでは、被写体が社会問題の例として処理されるのではなく、人物、場所、物、歴史が一枚の画面に残る。そこで、鑑賞者が何を根拠にその人物を判断したのかが、作品の問題として戻ってくる。

近年の〈光が降りそそぐところ〉は、この問題を家族や死という私的な主題へ移しただけの作品ではない。KYOTOGRAPHIEの展示文は、このシリーズを過去23年にわたる100点超の写真で構成され、初期の明確な主題を持つフォトエッセイ形式とは異なり、生と死、そのあいだの節目へ向かう仕事として説明している*33。IMAのインタビューでヒューゴは、2017年のミッドキャリア回顧展を一つの章の終わりと感じ、その後はアーカイブを見返し、一枚で立ちうる写真を探し始めたと語っている*32。娘の誕生、父の死、家族、老いは、ここでは単なる人生の出来事ではなく、人物がどの時間に、どの距離から、どの光の下で現れるかという、ポートレートそのものの条件へつながっている。ヒューゴはヘルマー・レルスキについて、同じ人物でも光の当たる場所を変えるだけでまったく異なる側面が現れ、レルスキが写真の「真実性」に挑んでいたと述べている*32。ただし、この近作を写真一般の真実論として大きく広げるより、ヒューゴの変化として重要なのは、人物を社会的な分類の中に置く正面肖像から、光、時間、家族、喪失によって人の現れ方が変わる画面へ、ポートレートの働きを押し広げている点である。初期から中期の作品では、見る者が他者をどのように意味づけてしまうかが、場所、動物、廃棄物、衣服、労働環境とともに画面へ戻されていた。現在のヒューゴは、その問題を外部の他者だけでなく、自分の父、子ども、自分自身の老いにも向けている。彼は同じインタビューの末尾で、この作品は自分の人生のある時代に強く属しており、もはや以前と同じように世界を見ていないと語っている*32

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