ローラ・レティンスキー
ローラ・レティンスキー(1962年カナダ生まれ、シカゴ在住)は、スティル・ライフと家庭的室内空間の写真で知られるアーティスト。食後の残物や日常の痕跡を通じて欲望・消費・視覚の物質性を問い、スティル・ライフを現代写真の批評的なジャンルとして再確立した。
スティルライフ(静物)は絵画の最も古いジャンルのひとつだが、1990年代以降の現代写真はこれを批評的な形式として更新した。食後の残り物、日用品、商品、路上の断片といった「取るに足らないもの」を注意深く撮ることで、消費・欲望・日常の物質性を可視化する。シャーロット・コットン『The Photograph as Contemporary Art』が「Something and Nothing」と呼んだ系譜である。
日常の事物・見過ごされたものを主題に、静物というジャンルを現代写真の批評的な形式として更新した実践。壮大な主題ではなく「取るに足らないもの」の注視から意味を立ち上げる。
スティルライフが反転させたのは、何が写真に値する主題かという序列そのものである。食卓の残り物や日用品といった最も地味な事物が、消費・欲望・時間を読むための批評的な被写体になった。
静物は17世紀オランダ絵画以来の絵画ジャンルだが、1990年代以降の現代写真はこれを引用しつつ組み替えた。ローラ・レティンスキーは食後のテーブルに残された果物や食器を大判カメラで撮影し、オランダ静物画の構図を参照しながら、欲望と消費の後の時間を写真の主題として確立した。*1 安村崇は日用品や家庭的な空間を精密にステージングし、ありふれた物の実在感そのものを揺るがせた。
シャーロット・コットンは『The Photograph as Contemporary Art』でこの系譜を「Something and Nothing」——何でもないものが何かになる瞬間——として整理した。*2 ガブリエル・オロスコが日常の事物に見出す詩性、ヴァレリー・ベランが商品や人工物を超精細に描写する仕事は、いずれも「取るに足らないもの」への注視を通じて、見ることと価値づけの関係を問い直す。*3
隣接する系譜として、場面の構築から現実感を問うステージド写真、記述の精度を画面の規模へ展開する大判カラー写真、主題の序列そのものを問い直したコンセプチュアルアートがある。日常の事物がいかに批評的な被写体になったかは、これらのページとあわせて読むと見取り図が立体になる。*2
ローラ・レティンスキー(1962年カナダ生まれ、シカゴ在住)は、スティル・ライフと家庭的室内空間の写真で知られるアーティスト。食後の残物や日常の痕跡を通じて欲望・消費・視覚の物質性を問い、スティル・ライフを現代写真の批評的なジャンルとして再確立した。
1972年滋賀生まれ、東京拠点。日用品や家庭的な空間を精密にステージングし、スケール・配置・フレーミングによって対象の大きさや実在性への確信を揺るがす写真で知られる。
ヴァレリー・ベラン(1964年フランス生まれ)は、ポートレート・スティルライフ・ボディ・商品など多様な被写体を通じて、超精細な描写と人工性の間の不安定な関係を探る写真家。記述の正確さをそれ自体として追求することで、被写体の存在論的地位を宙吊りにする。
メキシコ出身のコンセプチュアル・アーティスト。日常の事物に潜む詩性を写真で記録し、彫刻・絵画・インスタレーションと横断的に展開。代表作《La DS》《Empty Shoe Box》。
アヌシュカ・ブロマースとニールス・シュム(ともに1969年生まれ、オランダ)は、ファッション写真・スティルライフ・アート写真の境界を意識的に撹乱するデュオ。磨き上げられた画面に微妙なずれや不気味な細部を忍ばせることで、商業的イメージの文法を批判的素材へと転換する。
ロー・エスリッジ(1969年アメリカ生まれ)は、商業的・民俗的・美術写真のイメージ語彙を混合することで知られる写真家。ファッション・広告写真と現代アート写真の間の境界を、シーケンスと並置を通じて分析的かつ愉快に問い直す。